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秋の気候 秋雨と秋晴れと食糧たち


<秋の気候 秋雨と秋晴れと食糧たち>

梅雨が明け、暑さのピークに達するとともに立秋を迎える。
立秋もまた初めて秋の気配がほの見えることで、朝露にひかる草花を眺めながら、畑仕事がすすむ朝涼の季節だ。ひと仕事を終えて耳をすませば爽籟が聞こえてくる。

夏野菜と言われる野菜たちは旧暦では秋のものが多い。たとえばスイカの旬は8月半ばのため、秋の季語だ。
夏の代名詞であるキュウリは暑さに弱いためバテ始める。トマトは湿気に弱いから梅雨があけて元気を取り戻して、一番美味しい季節になる。ただし、梅雨明け直後はナスには少し水が足りなそうだ。

暑さのピークに合わせてモモの旬を迎える。次にブドウ、ナシ、リンゴと続く。たいていの果樹は乾燥の方が好きなので、山間地の斜面に果樹園が多く、長野などはフルーツ王国の名にふさわしく季節が進むにつれて、店先や食卓に並ぶ果物が変わっていく。

西日本の瀬戸内海周辺ではこの時期に旬を迎える青いスダチが並び始めて、肉にも魚にも野菜にも合う。醤油とお酢と味醂でつくるポン酢はさらに相性が抜群だ。食あたりの多い季節にありがたい。
昔からお盆の花として飾られるホオズキは食べられない毒草が多かったが、最近では食用ホオズキの栽培が人気で、暑さの中でほおばるのが手頃なフルーツだ。

8月も季節が進めば夕暮れどきに涼風が吹く。隣り合った季節が交差する頃を「行き合い」といい、夏から秋へ向かう空を「行き合いの空」と呼んだ。夕涼みに眺める夏から秋への空の変化は見ていて飽きない。
青空を刷毛で撫でたような巻雲。雲を形成する圏界面の高さは8月ごろの空が一番高い。秋の空は青く澄み切っていて、天高いイメージを抱く。昔から、日本人は様々なところで夕涼みを味わった。縁涼みに門涼み、橋涼み、磯涼みなど。涼むこともまた生きだった。

雑節に「二百十日」「二百二十日」というのがある。立春から数えて210日目と22日目。八朔(旧暦八月朔日、新暦9月1日ごろ)と加えて嵐が来る農家の三大厄日と言われている。
ちょうどこの8月末から9月にかけての時期は、台風が日本列島を通りやすくなるころで、秋雨前線も天気図によく顔を出すころだ。秋の長雨がさまざまな名前で呼ばれるように、この季節の雨は恵みであり、災いでもあり、さまざまな想いをヒトに抱かせる。

「雷火事おやじ」の最後は親父ではなく「大山嵐(おおやまじ)」のことで「大気の中にできる巨大な渦」を指した。
台風は地表から上空まで突き抜けた背の高い渦のことで、温帯低気圧になると上空は偏西風で波打つのが分かる。台風の目の周囲には猛烈に発達した雲が壁のようにそそり立つ。

昔は日本から離れている台風の観測には定点観測船だったが、危険が非常に多かった。陸上よりも海上の方が危険だ。そこで現在では飛行機による観測や富士山山頂からのレーダーに取って代わった。それによって日本に来る前にその姿を捉えることができるようになったので、昔の人々は強い風と雨、台風の目の渦と壁が台風だった。
現在ではどちらも終わりを迎えつつあり、気象衛星による観測がもっぱらだ。

台風の基準は「西部北太平洋に発生する熱帯性低気圧のうち、中心付近の最大風速が秒速17.2m以上のもの」だが、これは日本独自の基準で、名称も日本だけだ。
「タイフーン」「ハリケーン」「サイクロン」は国際基準によって最大風速が秒速32.7M以上に達したもので、発生した海域がそれぞれ北西太平洋、北大西洋・北東大西洋、インド洋・南西太平洋で名称が変わる。これ以外の海域では海水温が高くなりづらいので、あまり熱帯性低気圧は発生しない。
かつての天気予報では「弱い」「中型」「小型」などの表現を用いていたが、防災面での油断が出ることを懸念して現在では使われなくなったという。

台風自体は実は渦を巻いているだけで、自力でほとんど動けない。春先には赤道近くで発生し、偏東風にのってフィリピンの方へ流されていく。夏に近づいていくとフィリピン近くの海域で発生し、今度は偏西風に流されて日本列島へと流されていく。

野を分け、草木を吹き分けるような風を野分といい、その風になびくススキの様子を模した模様が刺し子模様にもある。古来は台風そのものを野分と呼んだ時代もあった。

穂をたっぷりつけたイネにとって、この台風を乗り切れるかどうかが最重要課題である。南の海上で台風が発生したと聞けば、誰もがそわそわし始める。
特に最近のイネは極々早稲と呼ばれるほど非常に早くに収穫期を迎える品種がある。ときには8月末には収穫を迎える。そういった品種にとって台風はゼロか百かの分かれ目となってしまう。
中稲や晩稲品種ならまだこの時期は青々としているおかげで、そう簡単には倒れない。しかし穂も茎葉も枯れてきていると倒れてしまい、元に戻らなくなってしまう。

もちろん、他の野菜を栽培している人たちにとっても気がかりはそう簡単に収まらない。特に果樹類は落ちてしまえば1円にもならない。
そのため、風を沈む豊作を願う行事や祭りが各地域に残っている。風鎮祭や風祭り、風日待ち、とうせんぼうなど名前もさまざまだ。有名なのは毎年九月一日に開催される新潟県の彌彦神社の風神祭。また富山県富山市のおわら風の盆では越中おわら節に合わせて、踊り手が優雅な舞を奉納する独特のものもある。

秋の七草「萩、すすき、葛、なでしこ、おみなえし、藤袴、桔梗」は秋が深まるとともに野山では咲いていく。台風が来るたびに花が散って、次の草花が咲く。その繰り返しによって山と大地が彩られていく。

本州に最後の台風が来るかどうかの季節になると、ツバメなどの春にやってきた鳥たちが去っていく。それを待ってたかのように赤トンボたちが里に現れる。すると今度は秋冬野菜のシルバーウィークを迎える。秋のお彼岸、秋分のころはちょうどイネの収穫とともに秋冬野菜の直播きにぴったりの時期で、秋の忙しさが本格的に始まる。するとつい最近まで動き回っていた虫たちも次第に土の中にこもり始める。朝陽に照らされた白露が足元を濡らすころだ。

秋ナスは嫁に食わせるなというが、秋茄子は栄養豊富でうまい。美味しいものを惜しむ意地悪から来たという説と身体を冷やす夏野菜を控えてお嫁さんを守る優しさという説がある。いったいどちらが正しいのかわからないが、陰陽両面、表裏一体の東洋思想ならそのどちらもというのが実際のところなのだろうか。

ナスは暑さにピークでは元気をなくしていたが、秋雨が降るたびに元気を取り戻し、少し暑さが緩む頃にはたくさん実をつける。火をしっかり通して、暖かい煮物や焼きなすにすれば、身体を冷やさずに済む。

夏の暑さも彼岸までというように9月も後半になるにつれ、入道雲は見られなくなり、鰯雲など秋の空が広がる。するとキノコラバーたちがそわそわし始める。いよいよ本格的なきのこシーズンだ。
とくに最近少なくなってきたマツタケが足元に姿を表す頃だ。

里山に行けば、クリがどこにでも落ちているのが分かる。集落の近くには栽培種の大きめのクリが、山の入り口には小さなクリが台風が来るたびに地面に落ちる。台風などで落ちたイガグリが開いて、ぷっくらとした栗が微笑んでいるように見える。これを笑み栗という。

鶏肉やサトイモなどと一緒に食べると栄養面でもバランスが取れる。
よく出回っている天津甘栗はチュウゴクグリ、洋菓子に使われるヨーロッパグリなど里山にあるクリとは違う品種。日本のクリには日本の里山の味わい深さと優しい甘みがある。こちらは旧暦9月13日の十三夜に栗名月として供えられる。

キノコのピークに達する頃に、里山のイチョウが次第に黄色づき始めて、実をつけ始める。特有の匂いと硬い殻をうまく取り除けば、栄養豊富な果肉が出てくる。これを恐竜たちも食べていたという。

秋が深まると、日が傾いたと思ったらあっという間に空が茜色に染まり、日が沈んでしまう秋の夕暮れのことを釣瓶落としと言う。
井戸から水を汲み上げる滑車につかった桶のことを釣瓶と呼び、水を汲み上げて後、井戸の底に落とすときにサーっと一気に落ちていく様子と秋の夕暮れを重ねている。子供ころ、涼しい秋に十分に楽しんだものの、夏のように長く遊べずに帰らなくてはいけなくなるあの寂しさを思い出す。大人になっても同じで畑仕事が出来る時間帯が次第に短くなっていく。

里山では彼岸花が散り、金木犀が咲く。畑作業を一休みして、高く澄み切った青い空を仰ぎ見ると北から渡り鳥がやってくる様子を見ることができる。その年初めて訪れる雁を初雁(はつかり)と呼ぶのは、旬の季節の食べ物と同じように人々が楽しみにしていたことがわかる。
この雁を運ぶ北風を雁渡しと呼び、北から雁とともに冷たい乾いた風が日本列島をすり抜けていく。

秋が深まれば全国各地の神社や集落で豊作を喜び、神様に感謝する祭りが行われる。花卉の色あざやかなキクが店先でも公園でも、観光地でも飾られる中、人々は収穫に頬を緩ませる。

日本海側では冬の告げるハタハタが収穫を迎える。このハタハタを塩漬けにして発酵させて作る魚醤は「しょっつる」という日本の古来から伝わる伝統発酵食品。北国の寒い地域の鍋に欠かせない。野菜の甘みを引き立たせる。

秋が深まるとやっと野山のキクが咲く。キクが咲く頃に広く晴れ渡る秋晴れのことを菊晴れという。こういった秋日和には畑もアウトドアもぴったりだ。収穫物を持って、豊の秋を味わいたい。

山間部では秋冷を感じ始め、霜が降り始めるといよいよ冬となる。
西日本ではふいに強い雨が降り、少しばかり大地を潤すとあっという間に去っていく時雨が降る。昔から冬を連れてくる雨と言われ、虫もヒトも獣も冬支度を本格化させていく。北国からはジョウビタキなどの冬鳥が冬越えのために渡ってくる頃だ。

山奥で十月ごろから始まった紅葉も里山に降りてくる山粧う季節。
春とともに日本の秋の紅葉の帳は世界中から賞賛されるほど美しい。日本ほど多種多様な広葉樹が広がる山はない。それが京都や鎌倉といった古都の寺社仏閣だけに限らず、つまり人の手で植えられ管理された場だけではなく、里山にも人がほとんど手を入れていない山にも広がっているのは世界でも日本だけだろう。
多種多様であると言うことは紅葉の色も多種多様で、色づくタイミングも、葉を落とすタイミングもそれぞれだ。
それを見事に一致させて、いっときだけ見頃を迎えるように管理された京都の寺社の庭園は人と自然が織りなすコミュニケーション術の妙である。

里山の柿は朱色に、紅色に、黄色に、黄緑色とさまざまな色が混ざり合う柿紅葉となって、人間だけではなく虫や鳥たちがじっとそぞろ寒を感じながら、じっくりながめて冬を待つ。ゆっくりと静けさを増しながら秋は冬と移ろっていく。


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