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ある記念日の御予約

御予約の後、必ずつける反省ノート。
メニュー、お客様が飲んでいた飲み物、会話の中で出てきた食材の好み。お肉の火入れの具合や提供のタイミング等の反省点を記しているノート。
もう何冊たまっただろう。
読み返すと、胸が締め付けられる御予約がある。

何年か前の御予約。秋。
電話口から聞こえたのは物腰の柔らかい御年配の男性の声。
「出張料理をお願いしたいのですが。」
「ありがとうございます。何名様で御予約なさいますか?」
「2名で出張は可能ですか?」
「勿論です。」
御予約に必要な事を一通りお聞きし、料理への御要望をお聞きすると。
「柔らかくてあまり油っぽくないお肉。そして可能なら牡蠣を」と

普段はメニューのご提案など、メールで後日ご提案させて頂くのですが、メールは得意ではないと仰ったので全て電話でやり取りさせて頂きました。

御予約当日 気持ちの良い秋晴れだった事を今でも良く覚えてます。

お食事の1時間程前に御予約の住所のインターホンを鳴らすと、何度もやり取りさせて頂いた電話の声の想像通りの優しそうなご年配の男性が私を迎え入れて下さいました。

車から大量の荷物を運び入れ、付け合わせの野菜を焼き。メインのお肉を常温に戻し。牡蠣を大根で洗う。
私の作業の様子をカウンター越しに笑顔で見ながら。
御予約の時間の少し前。
カトラリーやメニュー表をセットさせて頂く為食卓へ向かい。「どのようにセットいたしますか?」とお聞きすると
「ここの席とここで」
円卓。向かい合わせの形ではなく少し離れた隣の席。2名様分のテーブルセットをした。
御予約の時間直前
いつもこの時間帯になると前菜の準備を始める。
いつゲストがこられてもいいように。
牡蠣をポシェし、昆布のフォンに浸ける。
ジュレを崩して野菜を用意する。いつでも盛り付けられる。
気が付くと御予約の時間を過ぎていた。

「大丈夫だったら料理お願いします」

「え?僕この後時間全然大丈夫なのでお客様がこられるまでお待ちいたしますよ」そうお伝えすると

「いいのいいの。今日は亡くなった家内の誕生日でね。申し訳ないんだけど家内の分は下げた後私の家の食器に盛り変えてもらっていいかな」

日頃家族や友人から、バカにされる程涙もろい私は泣きそうになるのをこらえながら

「承知いたしました!!」 と笑顔で言い前菜をお出ししました。

ビールを手酌でつぎながら、私に

「美味しいね!これは?へぇ昆布の!!」

優しい笑顔で

プリモ

メイン

「柔らかくて美味しいお肉だね。ソースも」

デザート

「足が悪いし、娘達は本州だし最近はお惣菜ばかりでね」

私とご主人 2人だけの空間

二人分の料理と一人のお客様。

今でも忘れられない一番印象に残っている御予約。

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