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[4月1日〜]キャンプを通してお守りになるような一日を創りたい


2023年の最後、クラウドファンディングを仕掛けることにしました。
(準備し始めたのは9月くらいだったでしょうか。
はあ〜〜よく心折れずに地道に頑張った!と言いたいところですが、実際は驚くほど早かった)

今までの私ならしなかったような選択により私的なライフチェンジなども重なって、今は考えることが山のように積み上がり、毎日パンク寸前にして一日が終わります。


雑多な思考に囚われず、これは大きな意味を持ちそうだ、と思って始めた挑戦をしたためておきたいと思い、公開までの気持ちをnoteに綴ろうと思います。




クラウドファンディングの内容(1分読了)


「ヤングケアラーズキャンプを開催。お守りになるような一日を創りたい」

ヤングケアラーとは、病気や障害のある家族・親族の介護などで忙しく、本来受けるべき教育を受けられなかったり、同世代との人間関係を満足に構築出来なかったりする未成年、または未成年時代にそのような状況にあった人たちのこと。兄弟姉妹が障害児な場合はきょうだい児と呼ばれ、ヤングケアラーの中にはきょうだい児でもある人たちもいる。

ウィキペディア


もしかしたら、だれかの姿が思い浮かんだ人もいるかもしれません。


私は前述の「ヤングケアラー」ではありませんでした。

しかし思わぬところでその存在に救われ、私もいつか家族や大切な人のケアをするようになる。これは決して他人ごとではないと自覚しました。
そして何度も、彼らの存在とこの事実を「知っている」ことによって心の負担が軽減されました。


私がそうであったように、彼らにとっても、私のようなヤングケアラーでない存在に救われる日があって欲しい。
お互いがお互いを知り、その姿から学びあい、吸収する土台をつくりたい。

あなたの在り方で、愛し方でいい

と伝えたい。


今回イベントではなく夜を越えるキャンプを選んだのは、自然に触れ、広い世界の中で自分の存在を感じ、心を交わす場に最適だと考えたからです。

不安な夜も、お守りになるような一日の記憶に包まれ眠りにつけるように、子どもたちとのピローミストの制作も予定しています。


これからも続く長い人生の中に、孤独を感じる日が一日でも少なくありますように。

勇気を出して生きるお守りとなる一日を手渡すような、そんな思いを込めたクラウドファンディングです。


家族との時間は変化する


少しだけ私の話になりますが、進路に悩みながらも18歳で上阪し、一人で暮らし始めて早7年が経ちます。

20歳くらいからは本当にあっという間のように感じますが、文字にしながら振り返ってみるとあまりのロングストーリーに、「あっという間」がいかに相応しくないか・・・・・・(思わず太字にしたくなるほど)


家族と過ごす時間もずいぶん減りましたが、本当にありがたいことに、「家族を大切しているか」自分に問う機会をつくってくれる方が絶えず周りにいてくれたおかげで、家族との時間は変化する、私は今をどう生きるのかということから目を逸らすことなく25歳を迎えようとしています。


しかし、心や考えは周到でも、家族との時間の変化は全く予測しないタイミングでやってきます。


私にとってのその瞬間は、厳格だった父に認知症の翳りが見えたときでした。

家族との時間は変化するということをまだ悠長に捉えていた私は、隠れていた絶望を見たようで、母からの電話の後、一人暮らしの1Kのキッチンの前で座り込んだことを今でも覚えています。

私が7年もの間、家族以外の人とのロングストーリーを膨れ上がらせていたのだから、家族も当然、貴重な時間を重ねています。


思いがけず、境遇の違う子どもたちに救われていく


次々に訪れる試練と焦燥感、迫り来る大きな恐怖の中で、自分はこれからどう家族と向き合い生きるのか、今までの選択はこれでよかったのかと自問自答を繰り返していました。

そして、偶然「ヤングケアラー」という存在に出会いました。


私よりも若い年齢から家族と向き合い、孤独感や不安と闘う遥かに成熟した彼らから、心の持ち方を何度も教わりました。


そして、怖いのは「気づかなかった」「知ろうとしなかった」ことだとも知りました。

両親の年齢や、会わなくなった時間の変量など、「気づいたらできないことが増えていた」「久しぶりに帰省したら違和感だらけだった」とそうなってやっと目の当たりにするのは、とても怖いことだと思うのです。


大人になってからの家族との時間の重ね方を必死に考えた出来事を経て、今だからこそ考えるべき家族との付き合い方があると実感しています。
愛し方も、ずっと同じという訳ではなく、変化していくものなのかもしれません。


同じ思いをする人が一人でも少なくなるよう、異なる境遇を積極的に理解し、ともに生きる重要性をより多くの人と考えたいと思いました。

あなたがこのプロジェクトに関わることで、未来の自分をも救うかもしれないのだというメッセージを、社会に届けたい。


気づいたときに知ろうとし、愛し方を考えるだけで、全く異なるロングストーリーになると思うのです。


なりたい私(理想の自分)がお守りを渡してあげたいと叫んでいた


ヤングケアラーの存在を知ってからしばらくは調べものに耽る日々が続き、つくりたい景色や見たい笑顔が浮かんでは、ヤングケアラーではない私がこのメッセージを届けていいものかと、簡単なテーマではないからこそ深く考えました。


ヤングケアラーは、ケアを長く続けた方の社会復帰と生き方にも大きく関わりを持っています。

自分が解決したい社会課題をどんな未来にするために向き合いたいのか四六時中考え、アンケートを実施したり、教育職や介護職を通じ小さな子どもたちをたくさん見てきた方にお話を聞いたり、実際に家族のケアに長い間携わっていた方からお話を聞いたりしました。
そうしていると、私だから届けられるメッセージがあると確信に変わっていきました。


社会課題について学ばなければならないと感じている方が多くいること。

話さないのではなく話せないことがあり、「話せないこと」が話さない性格に変えてしまうこと。

同じ境遇で話すと心は楽になるけれど、気分が明るく前向きにならないこともあること。


試行錯誤する中で心ない言葉を浴びせられたときには、まるで当事者かのように辛くなりました。
誤った知識や見解からうまれる言葉を聞いて欲しくないとも思いました。

「あなたがやらなくても、ほかのだれかがやってくれる」と案じられたこともありましたが、そのだれかがいなければ、秘められた才能や個性も大きな機会損失に繋がっていきます。


手を差し伸べることに理解は必要です。
しかし、必ずしも同じ境遇であることは重要ではないはずです。
寧ろ人と関わり合って生きる中で、同じ境遇ではないことのほうが多いと思います。


人とともに成長し、自分らしい感情を豊かに育む。
「人とともに生きる」ということを大切にし、大人になってもそうでありたいと心に決めずっと追いかけている「なりたい私」がお守りを渡したいと叫ぶ声を、今はどうしても大切にしたいのです。


つくりたい景色と見たい笑顔


クラウドファンディングのページの文中にも書いていますが、キャンプが終わる頃には自分の言葉で語り、人の言葉から伝わる温度を感じられる。

自分の心地いいと感じること、好きなものを知り、感情を豊かに育てていく、そんな時間に出来たらいいなと考えています。


短い時間だから、人に話せないことがあってもいいし、話すことをミッションにしなくてもいいと思っています。

それでもきっかけとなる一日をつくり、長く繋がっていたいと思います。


「あなたなら、どうするか」


どの地点からでも過去の自分を正解にしてあげられる

これは私が伝えたいもう一つのメッセージです。


私が急に絶望の淵に立たされたとき、もし周りに家族の大切さを多様なかたちで問いかけてくれる存在がなかったなら。
私はいつか、自分を親不孝者だと責め続けていたと思います。

今は私にとっての「家族」と「家族と過ごす時間」について立ち止まりながら考え、今まで以上に言葉を交わすようになりました。


できる限り多くの生き方を知り、あの人ならどうするだろうと考えられることは、いつかの自分を必ず手助けしてくれます。

関わる環境や人を選び、ものごとについて考え、自分が自分であることによって自分自身を認めてあげられるというのは素晴らしいことです。
そんな機会が多くあって欲しい、このクラウドファンディングから始まったらいいなと思います。


キャンプの一日の空気や子どもたちの今を生きる姿を見て、私たちもまた、社会課題に対する意識を変え、大切な人へ愛を繋ぎ、見たい笑顔のために未来をつくっていけると信じています。



4月から公開を予定しているため、たくさんアドバイスをいただけると嬉しいです。(スタートは4月1日頃を予定しています!)
そして、読んでくださっている方の大切な人とシェアしていただけると嬉しいです。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


soyoという名前を聞いて友人が描いてくれた絵。
なんともシュールで愛らしいです


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