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「会えない時間が愛育てた?父と娘の爽やかでスッキリの復讐劇~『炎に恋した少女』~」【YA67】

『炎に恋した少女』(SUPER YA) ジェニー・ヴァレンタイン 著  田中亜希子 訳 (小学館)
                                                                                     
                          2023年5月28日読了 

今回は読み終わったばかりの本をご紹介します。


主人公アイリスはアメリカに住む16歳の女の子です。

幼い頃にイギリスに住む実父と離れて暮らすようになり、それから派手好きでお金がないのに高級品で着飾ることに生きがいを感じている母親・ハナと、元アイドルでまた一発当てたいと目論んでいるが上手くいかない義理の父のローウェルとともに借金まみれの生活をしていたのでした。
 

当然のごとく、アイリスは実の母からも愛情を受けずに育ち、どこか冷めきった眼をしています。
ハナやローウェルの持つ人柄、本質もしっかり見極めているというある意味かわいそうな子ども時代を送っているのでした。
 
人とはちょっと違う行動や発言で学校も手を焼いていたアイリスには、3歳年上の男の子で唯一の親友サーストンが良き理解者となってくれており、時々人気のない場所で火を燃やすアイリスの行為にも協力してくれるほどです。
 
ふたりとも美術に関する知識に富み、話が合い、これ以上の友達は要らないと思うほどです。
 

そんなアイリスにイギリス行きの話が舞い込んできます。
何のことはない、お金に困ったハナとローウェルがとうとう頼りにしたのが、アイリスの父親でありハナの別れた夫のアーネストだったわけです。(正確にはまだ離婚手続きは終わってはいなかったのですが…)
 

浪費家のハナと仕事もなかなかもらえないローウェルの二人は、アーネストが有名な絵画を多く所有し莫大な資産家であることを知っていたので、これまで近寄ろうともしなかった彼に突然電話をしたのでした。
 

アイリスは小さい頃から、父親は子どものことに頓着せず知らないふりをして、自分たちを追い出したひどい父親だったとハナからずっと聞かされていたので、今更父親に会いたい気持ちなどなく、そんなことよりサーストンとアメリカのこの地で遊んでいた方が気楽でした。

でもお金を無心するためなら何でもやるハナたちが、アイリスに会わせてあげることを条件にイギリスへ行く約束をしてしまったので、嫌々行かざるをえなかったのです。
 

約12年もの長い時間に離ればなれで暮らし、ましてや自分と会おうともしなかった父親に今更何を話そう…。


アイリスはそれよりも、出発前にサーストンとあることで仲たがいをしてしまい、そっちが気になって仕方ありません。
今考えればすぐに話をして仲直りできたはずなのに、なぜか気持ちと反対の行動をとってしまい、猛烈に後悔していて今すぐにでも帰って、連絡が取れなくなったサーストンを探したかったのです。
 

ハナはなぜアイリスを連れてイギリスに渡り、アーネストの約束を守ろうとしたのか。
それは、アーネストが余命いくばくもない病身でいることを本人から聞いたからです。
せめて、残り少ないうちにアイリスに会って話がしたいと頼まれたのです。
 

ハナとローウェルは、こんなグッドタイミングはないと喜びを隠しきれませんでした。元夫の体を案ずることなどいっさいありません。アーネストが死んだ後の遺産相続についての計算しか頭にありませんでした。
莫大な遺産がすぐにでも手に入るのです。
アイリスと会わせることに反対するなんてことはあり得ないのです。

 

しかしハナはアイリスにずっと秘密を隠していました。
というより、嘘をつき続けていたのです。
 
アーネストがアイリスのことに頓着しなかったとか、家を追い出されたというのは全くの嘘。
逆にアイリスが4歳になるまで世話を焼いてくれたのはアーネストの方で、ハナは遊びや旅行のために家を空けがちになりついには浮気をして、突然アイリスを連れて自ら家を出て行ったのでした。
 

ハナはアイリスがアーネストから真実を聞かされないよう気を配っていました。
 
しかしアイリスはハナたちが家にいないわずかな時間に、アーネストの生い立ちやどんなにハナが貧乏から脱したいためにアーネストからもらった金品で身をまとっていたかや、そしてアーネストとアイリスの共通の話題であるアートについて話をしたのでした。
 

そして、アーネストは亡くなる間際にある企みを考え実行し、秘密を友人に託しこの世を去って逝きました。
 

あんなに父親とは会いたいとも思わなかったアイリスでしたが、この短い再会でお互いになくてはならない近親者であり、かけがえのない家族と思えるようになったアーネストを失い悲しみにくれるのでした。
 
しかしアーネストが残した粋なプレゼントとメッセージが彼の死後に友人によって明かされ、アイリスは彼のために葬式の後かがり火をたいて空へと彼の魂を見送るのでした…。
 


この作品はイギリスの権威ある、その年の児童文学に与えられるカーネギー賞の最終候補に選ばれた物語です。
それ以前にも著者は、他の作品でガーディアン賞(英語圏の著者による優れた児童文学に贈られる賞)や様々な賞を受賞している、評価の高い人気作家とのことです。
 

読んでいけば、なんとなくハナへの復讐じみたことが最後行われるのだろうなとは感じましたが、そこまで話を持っていき読者を引き込んでいく技量と隠されたトリックの見事なこと!
誰が読んでも納得の、なるほど~とうならせるエンディングに満足でした。
 

実は冒頭のページで、アーネストの葬儀の最中にハナとローウェルが失意の中に崩れるシーンが描かれているので、読者はアーネストとアイリスの復讐が成功することを早くに知ることができるのです。

もはや、安心して(笑)この物語を読んでいくことができるのです。
(あ~…この描き方は以前紹介した『魔法があるなら』でも出てきた手法ですね。詳しくはコチラ↓)


でも、その最後のショータイムにたどり着くまで、果たしてどんなことがこの登場人物たちの身に起こるのかを知るために、どんどん読むスピードは後半になるほど早くなっていきます。
 
 
また、たびたびアイリスが火をつけて気持ちをスッキリさせるシーンが出てきます。
一見不良の子どものごとく思われる火を使っての遊びに興じるアイリスにも葛藤があり、全く分別がない子どもでもありません。

でもこの火、炎は、彼女の心の中にくすぶっているものやモヤモヤを一気に昇華させてくれるものであり、最後のかがり火のシーンでもそれを感じ取ることができます。
 

何はともあれずっと離れていた父と子が、わずかな時間でも分かり合える存在であることを示してくれたことが、深い愛と哀しみについても知ることができる作品であることは間違いありません。
何気なく手に取った本でしたが、とても素敵な出会いでした。


先週に続いて、またまたご褒美の知らせが届きました。

前記事の『紫式部の娘 賢子はとまらない』に対してのものです。
てか、本当に数字的には申し訳ないくらいのものなんですが、スキしてくれた皆さんのおかげですので、報告をさせていただきました。
いつもありがとうございます。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

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