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「少女たちの痛みを知るために~『二つ、三ついいわすれたこと』~」【YA④】ネタバレあり

           『二つ、三ついいわすれたこと』 ジョイス・キャロル・オーツ  著 
                                                                            神戸 万知  訳 (岩波書店)
                           2017.6.5読了
アメリカの少女たちに向けたヤングアダルト作品です。
といっても、最近はアメリカだろうが日本だろうが、中・高生くらいの子たちを取り巻く環境や問題はあまり違いがないのかもしれませんね。
この物語の中には、自殺や自傷行為、レイプに近いことをされたり、ネットでのいじめ(はじめはごく親しい者だけに共有された秘密が、自然に拡散されていき、嘲笑され、ありもしない悪意のあるうわさを広められる)などが、それぞれに抱える私生活での悩みとともに描かれていきます。


かつて子役で名を馳せたティンクが転校してきてから、物語は動き出すのですが、きっとその前から問題が個人個人にくすぶり続けていたのでしょう。
ティンクは役者をとっくにやめているにも関わらず、周りはなかなかそうとは見てくれません。
どこか壁を作っているティンクでしたが、美しくスタイル抜群のメリッサや、ちょっぴり太めを気にしていて大人しいナディアたちのグループが意を決してティンクに話しかけると、思いがけずティンクは心をひらいてくれたのです。
 
しかし本当のティンクの心の中は誰も知りうることができませんでした。一番身近にいるはずの、女優でもある母親は最もティンクのことを理解できていなかったのでしょう。
 
そのティンクが自殺をしてしまいました。
その衝撃の事実は、グループの彼女たちを動揺させ、悩みをもっと深くさせていきます。
 
メリッサは痩せていてブロンドの髪が似合う美しい少女でした。そして頭もよく、誰もが羨む上級大学に早々と合格しました。
学校の劇団でも、「高慢と偏見」の主人公に抜擢されるほどでしたが彼女は辞退してしまいます。
 
先生たちも一目置くメリッサでしたが、本人はとてもナイーブで自分はそんなにすごい人間ではない、ここまでのパーフェクト人間ではありえないと自分で自分を卑下します。
その上両親が不仲であり、認めてもらいたいと思っている父親が、家を出ていってしまいました。
 
そんな自分と周りとの思いのギャップに悩み、家庭の不和も手伝って、メリッサを自傷行為へと駆り立てていくのです。
そして父が自分たち親子より新しい別の女性を選んだ事実を知ると、メリッサの衝動は、ティンクの自殺という出来事も影響してか、失望の頂点へと導いていきます。
しかしいよいよという時、愛すべきティンクがメリッサの最悪の事態を避ける手立てをしてくれて…。
 
 
それはナディアにとっても同じでした。
クラスメイトらも超え、他の同学年の者たちから「尻軽」と呼ばれてしまう彼女。
あまりに幼稚で、考えなしのためにとった行動が、知らず知らず彼女を周りが貶めていきます。
 
茫然自失の彼女を救ったのも、ティンクでした。
 
ティンクが彼女たちに残した言葉
「あんたたち、私がいないとてんでダメなんだから」
 

わずかな希望が静かに残る物語です。
当事者たちにとってはささいなことから次第に心の傷口が広がっていき、ついには避けがたい大きなうねりとなって押し寄せてきます。
子どもたちのことは、大人にはまったく見えてきません。
日頃からどれだけ心を寄せているかで、いざという時に子どもへの手助けができるのではないでしょうか。
 
ぜひ思春期の子たちと、特にその親に読んでもらいたいなと思います。

 


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