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”業務改善”を定義する v.1 複数の合理性を架橋せよ


「業務改善」や「戦略策定」みたいなクリシェを羅列したジョブディスクリプションが所狭しと並んでいる様子に、御し難い違和を感じる。稚拙な抽象化は、本質的な思考を妨げるからだ。試しに、具体的にどんな経験を求めているのかを書き下そうとしてみれば、無限の多様性が広がっているはずで、ここで立ち止まってしまうことの弊害もわかるだろう。戦略という言葉については、経営学的な知見が豊富にあるし、以前自分の考えも簡単にまとめたので、今回は業務改善について深く考えていく。


1. 業務改善とは何か

業務改善とは、そもそもどんなことを指すのだろうか。ひとまず定義を与えてみよう。「複数の人々が定常的に行っている処理を、より効率的に実施できるように変更すること、あるいはその処理自体が不要な状態にすること」こんな感じでどうだろう。

この定義で重要なことは2つ。まずは、業務には必ず複数人が定常的に関わっているということ。1人で完結することや、突発的に発生することは業務ではない。ただし、突発的に発生することを抽象化してなんらかの連続性を見出すことができれば、それは業務になりうる。(例: 社長からxxを調べろと指示される、社長からyyをまとめろと指示される→社長調査業務)

もう一つは、業務改善について考える時は、業務そのもののレイヤーで行われるべき効率化と、その一次元上のレイヤーで行われるべき効率化という、複数の次元を行き来する必要があること。難しい言い方になっているが、業務そのものを一生懸命効率的にこなせるように改善するのと同時に、「そもそもこれやる必要あるんですか?」みたいな発想も必要だという話だ。

この定義を踏まえて、僕が業務改善を行うにあたって重要だと思っている能力を3つに整理する。1つは「複数の合理性」の均衡を探る力、もう1つは「抽象次元で問題解決をする力」、そして最後に「標準化を適切に行う力」である。最後の話は別のnoteで書いたから、今回はまず「複数の合理性」について考える。長くなったので、「抽象次元で問題解決をする力」の方は別で書く。


2. 複数の合理性の均衡を探る力:想像、架橋、翻訳


2.1 複数の合理性とは何か?

まず、複数の合理性の均衡を探る力について考えていく。業務はその定義通り、その遂行にあたって複数人の関与を必要とする。同じプロセスに対して複数の人間や機能が関与する場合、非対称性に基づく不完全情報ゲームが行われるため、その業務に対する「合理性」は単一にはなりえない。簡単に言うと、業務改善をするとき、それぞれが「業務」に対して所有している情報量が異なるため、神の視点で万人にとって絶対的に正しいことを措定することは極めて難しいのだ。

改善の対象となる「業務」は、一般的には何らか問題を抱えているとみなされている。どうしてこんなに時間がかかるのか、なんでこんなに人間が必要なのか、なんでこんなに品質が低いのか、といったように、誰かが難癖をつけているから、「改善活動」が仰々しく行われるわけである。しかし、ここは錯誤が生まれやすいポイントだ。一般的にある形式に落ち着いている業務は、そこに関与する複数の人間/機能が持つ「複数の合理性」の手打ちとして完成しているのであって、誰の目から見ても「非合理」な業務は(滅多に)存在しない。つまり、現状はある種の均衡として生じていて、外部から持ち込まれた単一の合理性で一挙に解決できることはまずないということだ。

たとえば、「新人教育」という「業務」を想定しよう。あなたの会社は、新しく入った社員の戦力化に過大な時間を要しているという問題意識がある。そして、教育用のマテリアルが整備されていない、質問を受け付ける環境が整備されていない、ドメインそのものが複雑で理解に時間を要する、などこの問題を引き起こしている複数の要因にあたりをつけている。

マテリアルが整備されていないことは、人事の問題だから、人事に問題提起をしてみる。しかし、人事からすると各チームが何をしているのかそもそもわからないから、オンボーディングの資料を作れと言われても困ってしまうと言う。あるいは、質問を受け付ける環境が整備されていないからシニアなメンバーのメンター制度を作ってみるのはどうだろうか。しかし、メンターは新人の世話をするということの意味がうまく掴めず、制度は一向に活用されなくなってしまった。事業ドメインをわかりやすく解説する資料を事業部横断で作ってみたが、メンテナンスされずあっという間に陳腐化してしまった。

「なんでこうなってしまうのか」と言いたくなるような捩れには、複数の合理性の衝突が発生しているものだ。人事は資料作りに手を出して収拾がつかなくなるくらいなら、各々に任せている現状の方がマシだと思っている。各チームは、オンボーディング資料が放置されるだけならその手間を買わずに現状通りにアドホックな対応をする方がベターだと思っている。新人教育という業務にかかわる人々のそれぞれが、自分の把握できる情報から可能な限り「合理的」な選択をしていくと、それぞれの持つ「複数の合理性」が均衡する点に全てが落ち着いていく

こうした状況を「問題だ」と指摘することは容易いが、根本的な解決には一向につながらない。それなりに論理的な思考に長けた人間が解決を試みれば、責任の明確化、分業の徹底、運用の定義などを行い、一定期間それなりに回る業務を作れるかもしれないが、「業務」に複数人が関与する以上、複数の合理性の衝突という問題が必ず再現するからだ。


2.2 合理性を「翻訳」するとはどういうことか

だからこそ、根本的な改善が行われた業務は、複数の合理性による問題が再現することを前提にした上で、それに関与する人々が常に自律的かつ継続的な改善に従事できる状態になっている必要がある。トヨタ式改善だろうが、ナレッジマネジメント論だろうが、大切なのは「業務」をどうこうすることではなく、「人」が問題を解決できるようになることだと結論づけているのは、対処すべき問題は変わってもそれを解決する「人」の経験は常に参照可能なものとして蓄積していくからである。

では、そのような「人」の集まりを育てるにはどうしたら良いのであろうか?僕の答えば、人々が「複数の合理性」に分断されている状態を解消し、一つの大きな「合理性」のもとで繋がっている「チーム」であることが理解されている状態ににすることであり、これを合理性の「翻訳」と「架橋」という二つのプロセスで考える。

「翻訳」は、まず関わっている人々が現状とどのように向き合っているのか(いかにして現状に「合理性」を見出しているのか)を知り、それを異なる人々に伝わる言葉に変換することで行われる。基本的なところでは、その人たちの顔と名前を知ること、そして、どんな場所でそれをやっているか、どんなツールを使っているか、どんな気持ちになるか、どんなことが嫌だと感じるのか、どんな工夫で今を凌いでいるのかを知ること。これによって、まずは、人々がいかに一見して不条理な現実に対して「合理性」を見出しているのかを理解するのだ。

先ほどの「新人教育」の事例に戻ってみよう。あなたが人事に話を聞いてみると、どうやら過去人事が一度オンボーディング資料を取りまとめしようと試みたことがあるらしい。しかし、あなたの会社では組織再編が頻繁に発生しており、その度にオンボーディング資料を再編成したり集め直したりする労力が非常に大きかったので、これを取りやめたのだという。また、あなたの会社では人事が事業部室より「弱い」発言権しか持っておらず、横断的に事態を取りまとめて改善するイニシアチブを持つこと自体が難しい状況になっているとのこと。これが、現状を肯定している「合理性」である。

これを聞いたあなたがするべきなのは、まず人事の「合理性」を事業部室に通じるように「翻訳」して伝えることである。その際に気を付けるべきなのは、人事が言っていることをそのまま伝えるのではなく、事業部室の人がわかる言葉に直して=「翻訳」して伝えることだ。例えば、「組織再編が頻繁に発生していて負荷が高い」という人事の合理性は、組織再編に係るルーティーンワークを生業としている人事にとっては自明かもしれないが、そうではない事業部室にとって伝わりづらい内容だろう。何度も確認しておくが、「業務」は不完全情報ゲームで、そこで下される判断は全て限定合理的なものである。だからこそ、合理性の孤島をつなぎ直し、万人に開かれた言葉にその合理性を開き直す「翻訳」の工程を要するのだ。



2.3 「翻訳」のテクニック:定量化、具体性

「翻訳」の真髄とは何と言っても定量化にある。数字はユニバーサルな言語だからだ。例えば、他社で「組織再編」が年間に発生する回数のベンチマークを取って、それとあなたの会社の直近1年の組織再編の回数を比較してみる。この程度の情報なら、情報が手に入らなくても、あなたの知り合いを4〜5人辿れば簡単にベンチマークを取ることができるだろう。例えば、あなたの会社がベンチマーク先と比べてN倍頻度が高いことがわかったとしたら、それはかなり有効な「翻訳」となる。「組織再編」が多くて大変らしいくらいでは解釈に揺れが生じてしまうから、「翻訳」するときは、定量的な数値を客観的に評価することを心がける。

更にもう一つ、「翻訳」の際に気を付けるべきなのは、徹底的に「具体性」にこだわることである。複数の分断された「合理性」の間を行き来するためには、身も心もその「合理性」の内に浸る必要がある。例えば、「人事が事業部室より「弱い」発言権しか持っていない」ことが主導権を取りづらい背景だという話を受けたが、それは、具体的にどんなシーンで感じるのか?誰のどのような発言や態度がそれを反映しているように見えるのか?その発言のURLはどこにあるのか?そのせいで他にどんなやりづらさを感じているのか?などだ。

このような面倒を厭って、30分~1時間程度の机上/書面インタビューで「問題発見」したつもりになってはいけない。その程度の労力しか費やしていない状態では「合理性」に対する表層的な理解しか得られず、あなたがその「合理性」を「誤訳」してしまう可能性があるからだ。

先ほどの「人事が事業部室より「弱い」発言権しか持っていない」という問題を例に挙げると、少し状況を詳しくみると、実際は「社歴の長いAさん、Bさん、Cさんが何かと人事のやることに文句をつけてくる」という問題だったりするのが世の常である。これを直裁には言いづらいので、何となく公共的な装いである「弱い」発言権という言葉で表現していただけだったのだ。これを「人事が事業部室より「弱い」発言権しか持っていない」という問題に「誤訳」して、人事の権限整理のような仕事に着手するのは決定的に間違っている。本当にやるべきなのはA, B, Cに対して同様に彼らの「合理性」を把握して融和を図るという極めてローカルな対処である。蛇足だが、基本的にあらゆる問題はローカルであり、無用に問題の規模や対象を広げようとする(=抽象化しようとする)のは、本来の具体的な問題から目を背けようとししているだけの場合が多い。これは気をつけなければいけない。


2.4 合理性を「架橋」するとはどういうことか

「定量化」と「具体性」という「翻訳」に必要な2つの技術を体得すれば、あなたはその「合理性」を代表して会話することの正統性を得やすくなる。周りの人も、あなたであれば、きちんと自分たちの状況を理解してくれていると信頼するようになる。聞き手も、伝わる言葉であなたが説明してくれることに対して安心感を覚えるだろう。繰り返し異なる「合理性」の間を行き来して「翻訳」を行ったあと、仕上げにやることは1つ、分断されていた合理性を一つの大きな「合理性」のもとに繋ぎ直す=「架橋」するのだ

「架橋」、すなわち橋をかけること、これは複数の合理性が本当は分断されたものではなく、実は一つの目的を実現するために存在していると認識することである。「新人教育」の例を最後まで利用すれば、「最も速やかかつ効率的に新人を戦力化する」という合理性で、全ての人はつながっている。本来、この目的をより効率的に達成するために分業が行われるのであり、分業の結果この最上段の合理性がいくつかに分割されることはあっても、それぞれを加算すれば、必ず元の合理性に辿り着くはずなのである。

機能不全を起こしている「業務」は、しかし、この複数の合理性が歪んだ形で均衡することで部分が目的化していたり、或いはこの大元の合理性が忘却されている場合すらある。(e.g. 言われたことをやっているだけで、これを何のためにやっているのかわからない。)これでは、望んだ結果を生み出せないのも宜なるかなといった感である。

大切なのは、複数の合理性を架橋する一つの大きな「合理性」を、それに関わる人全てが再度認識しなおすこと、すなわち自分たちが同じ目的のもとに集う「チーム」だと理解することである。そして、各々のチームへの「合理性」の配分を、大元の目的から出発してやり直すことだ。この合理性の架橋が行われてはじめて、責任分解点や業務分掌といった実務的な方法論が有意味なものになる。「架橋」の具体的なテクニックは、普通に仕事をしていれば気がつくようなことを淡々と述べるだけになるので、これ以上は省略する。

「業務」に携わる人を「チーム」へと変貌させるためには、合理性のせめぎ合いをコントロールすることが不可欠だ。一度「架橋」した合理性もすぐ部分最適の罠に陥って、すぐにトータルな最適化が困難なサイロ化に陥る。合理性が部分化して分配される以上、そこにせめぎ合いは常に生まれるのだから、「翻訳」も「架橋」も一度やって終わりではない。だからこそ、こうした人を「つなぐ」スキルは、未来永劫必要となることが運命付けられている。少なくとも、私はそう思う。

3. さいごに

本稿では、「業務改善」を定義したあと、複数の合理性という概念をもちいながら、「業務」に生まれる分断のメカニズムを明らかにした。分断の解決のためには、本来の目的=合理性のもとで人を繋ぎ直すことが必要であり、そのためのテクニックに合理性の「翻訳」や「架橋」がある。文中でも述べたことだが、複数人が関わっている以上、複数の合理性にもとづく問題は必ず再現する。だからこそ、立場の異なる人間が如何にして業務と関わっているのかを理解し合い、トータルな視点での最適化と継続的な改善活動を可能にする「チーム」を育むことが「業務改善」の目的に置かれるべきである。

次回は、「抽象次元で問題解決をする力」について掘り下げて考えていく。今回は「人」にフォーカスを当てたが、こちらでは、「業務」そのものを如何に改善していくかにフォーカスすることになる。


参考文献


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