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”戦略”を定義する

1. マクガフィンとしての戦略

マクガフィンという言葉を知っていますか。演劇の技法で、登場人物への動機付けや、話を進める為に用いられる仕掛けのことを指します。泥棒には宝石、冒険には攫われた王女、など、舞台装置の役割で何かと出てくる仕掛けがありますよね。

でも、ルパン三世を見ている時、あなたはルパンが狙っている宝石の値打ちを考えているでしょうか。スーパーマリオをプレイしている時、あなたはピーチ姫の安否を案じているでしょうか。麦わら海賊団の八面六臂の活躍に胸躍らせている時、”ひとつなぎの秘宝”ってそもそも何!?って考えていますでしょうか?

そんな人、いませんよね

マクガフィンは作劇において話を進めるために用意されますが、それは代替可能であると言う性質を持ちます。要は、いろいろな都合で必要だけど、正直なんだっていいモノなのです。

ちなみに、このマクガフィンという概念はヒッチコックというまぁまぁ有名な映画監督が概念化しました。ヒッチコックはマクガフィンは代替可能である(=なんでもいい)あるのに加えて、観衆の関心を過度に集めるべきでないとも述べています。観ている側からは、「結局何だったんだっけ」みたいになるくらいがちょうどいいのだというわけです。

僕はビジネスにおける戦略という概念は、演劇におけるマクガフィンみたいだな、と思う時があります。作劇(≒ビジネスをすること)の都合、無いと進まないので作るけど、誰もそれを大事だと思っていない。時間が進むにつれ存在ごと忘却してしまう。正直、なんでもいいと思っている。僕たちはたしかに、ビジネスはやっているが、戦略を実行しているのかと聞かれると、ピンとこない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。日常の業務にはカタルシスがあるが、それが戦略を実現しているからなのかと言われるとそうでもない。

戦略は、会社の頭脳である企画とか役員と呼ばれるようなプロフェッショナルが大変な労力をかけて作り上げているもののはずです。それが大変空疎なもののように感じられてしまうのは、いったいなぜなのでしょう。

私は、つまるところ、戦略という言葉をきちんと定義して使わないからだと考えます。


2. 戦略を定義する

何でもかんでも「きちんと定義しろ!」と言って、何か言った気になるのはあまりよくありませんね。僕は、名前空間の広い抽象語彙は、使うべき時に使えば良いと思っています。たとえば、クライアントの前で耳障りの良い言葉を並べて煙に巻いて誤魔化したい時とか、正確性より感性の一致を求めるような親密なコミュニケーションをしたい時とか、仲間内でコンテクスト依存の強い内輪ノリをする時とかですね。

でも、ビジネスにおける言語は圧倒的にローコンテクストで具体的な語彙の利用を志向するべきです。特に”戦略”みたいに、大事なのに輪郭がぼけている言葉を放っておくのは、百害あって一利なし、本当に良くないと思います。

というわけで、戦略ってどういう意味なんでしょうか。

僕は楠木建さんの『ストーリーとしての競争戦略』を読んで感銘を受け、その多大な影響の元で次のとおり定義します。

戦略とは、長期利益を獲得するために、どのように他社と差別化するかを考えることです。

長期利益というのは、要するに持続的にいっぱい儲かっている状態のことです。企業はミッションを実現することを存在目的としますが、ミッションは市場への価値提供という形態で実現されます。価値を持続可能な形で提供するためには、長期利益を獲得することが不可欠となります。

差別化とは、儲けの競争において優位に立つために生み出す、他社との【違い】です。これは、しっくりくるのではないでしょうか。違いがないところに優劣も序列もありえませんね。

さて、それではどんな違いが競争優位を生むのか?というと、これはざっくりいうと、ポジショニング理論(ポーター)とリソースベースドビュー(バーニー)の大きく二つの潮流があります。

前者は、まず儲かる業界に身を置き、どんな顧客にどんな価値を提供するかという自己のポジショニングが正しければ競争優位が導けるとし、後者は組織の持っている資源が経済価値が高く稀少で模倣が難しいものであれば競争優位が導ける、とするものです。


バーニーとポーターの二つの理論、つまり業界構造とポジショニングによる競争優位論と企業資源による競争優位論は、実際のビジネスにおける長期利益の実現の6割程度を説明できると実証されています。要は、80年代に確立されていた経営学の理論で説明できる競争優位が6割、説明できないのが4割ということです。現実世界の6割を説明できる理論ってすごくないですか?


入山先生の世界標準の経営理論によれば、現代的な経営学の潮流は、情報の経済学とか新制度派経済学に影響を受けた、エージェンシー理論とか取引コスト理論が圧倒的で、ポーターとかバーニーはゴリゴリの古典の様相を呈しているようです。とはいえ、今でもその輝きは失っていないように私は思います。


3. 戦略を定義してきちんと使う

論を進める上で大切なのでもう一度書きますが、戦略とは、長期利益を獲得するために、どのように他社と差別化するかを考えることです。なので、戦略立案とは、長期間儲かるために、どんな違いを生むのかを徹底的に考え抜くことです。

具体的なポジショニングとか資源といった、企業が操作できる変数をいじることで、どんな違いを生むのか、それがなぜ競争優位を導くのかという点は、まさに企業人たちのオリジナリティの発揮しどころになるわけです。

2023/08/15時点での僕は、競争優位の理論としてはRBVを信奉しています。RBVでは、先ほど書いたとおり企業の持つ資源を重視しますが、その中でももののやりかたとか、文化みたいな、無形の集団的特性が最大の競争優位の源泉になると考えます。システムとか人材みたいな、移転可能性の高い有形資源は、一時的な競争優位をもたらすことができても、いずれ圧倒的な財力を持つ他社に模倣されるためです。(これはポジショニング理論でも、同じことが起こります。圧倒的に優位な他社にポジショニングを模倣されるのと同じです。)

しかし、企業に浸透している文化のような、なにか形容し難い集団に共通するものの考え方(僕はこういう集団の性質をエートスと呼ぶことを好みます)というのは、譬え”えいや!”とそのまま従業員を別の企業に移転させたところで、再現することが難しいものです。それはひとえに、エートスが人間というブラックボックスの織りなす複雑系ネットワークの中で形成される極めて複雑でカオティックなものだからです。

人間が関係性の中で生み出す集団のエートスは、相互に絡み合ってさまざまな集団の特徴を形成します。しかし、どの要素がクリティカルに競争優位に作用しているかを検知することは、因果関係を把握することが難しい以上ほぼ不可能です。そのため、再現することも模倣することもとても難しいのです。


4. 僕が「速さ」にこだわりたい理由

僕はアジャイルやリーンといったソフトウェアプロダクト開発の手法の有効性を強く信じています(それはなんか別のところできちんと書くとしまして)。アジャイルとかリーンといった手法が理想とする人間集団のエートスは、ひとえに「速い」ということです。

あらゆるプロセスを加速し、プロダクトの市場への曝露頻度を最大限まで上げることで、市場からのフィードバックを受ける頻度を上げる。起案->市場投入->効果測定->省察の仮説検証サイクルを限界まで高速にする。これを徹底すれば、財力もリソースも100倍上回っている競合がいたとしても、試行回数で100倍上回ることで、僕たちは市場により受け入れられるものを作ることができる。すごく単純ですが、僕はそのように考えます。


速い」ことは、変化に適応し続ける力となります。徹底的に速めるために、フォーカスしてやり切る、陳腐化したものを捨てる、を延々と繰り返すことで、組織に「速さ」を前提とするエートスを根付かせる。持続的な競争優位を確立することは、ソフトウェアプロダクト&クリプトという極めて不確実性の高い環境下で戦う僕たちにとって、変化する市場ニーズに適応し続けることと同義です。これを実現できれば、きっと巨人にも簡単に真似することはできない競争優位になるでしょう。


5. まとめ

戦略という単語は、マクガフィンのように捉えどころのない概念だと感じている人も多いと思います。便宜上存在しているだけで、日々のビジネスに影響がないとさえ思っている人も多いでしょう。その理由を僕は、きちんと定義して使わないからだと考えます。

戦略とは、長期利益を獲得するために、どのように他社と差別化するかを考えることです。そして僕はRBVに基づき、「速さ」を重視するエートスを何より大切な資源として捉え、ソフトウェアプロダクトを扱う僕たちの競争優位を確立するものだと信じています。

ここ最近、戦略という言葉に向き合い、真剣に考える日々が続いたので、備忘としてこのエントリを残しておきます。

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