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取り返しのつかないことなんて ~映画『サハラを舞う羽根』〜

『サハラを舞う羽根』

監督)シェカール・カブール
出演)キース・レジャー、ウェス・ベントリー、ケイト・ハドソン

あらすじ)19世紀末、大英帝国はエジプトへ覇権をのばそうとしていた。 名将を父に持つハリー・グラシャム中尉は、美しいエネスとの婚約の喜びに酔いしれていたが、戦況が悪化する中、所属する師団がスーダンへ派遣されることが決まる。指令が下された日の夜、ハリーは恐怖心から一人軍を辞めてしまう。

“He is a coward!” 奴は臆病者だ

軍を去ったハリーの元へ送られた三枚の白い羽根。それは軍の仲間から送られた、臆病者を糾弾する羽根だった。愛するエネスからも羽根を受け取ったハリーは自分を恥じ、単身スーダンへと乗り込む。今、自分に何ができるのか?半死半生の目に遭いながら、仲間を助けるハリー。宗教や人種の別を超えて、ハリーを守る黒人戦士アブー・ファトゥマとの不思議な友情。物語は厳しいサハラ砂漠を背景に、ダイナミックに展開してゆく。
ハリーは果たして生きて還り、失われたエネスとの信頼を取り戻すことができるのか?

迫力満点の戦闘シーン等見どころが随所に鏤められた、果敢に戦う主人公の不屈の精神に勇気づけられる、清々しい一作。

取り返しのつかないことなんて
 2008年に急逝したキース・レジャーの主演作。この映画を観ると、つくづく惜しまれる俳優さんですね。優しく繊細な神経の持ち主でありながら、恐怖を乗り越え、仲間のために戦い抜く不屈の主人公を好演しています。戦闘シーンはまさに体を張っての熱演。男泣きする姿には、ぐっと胸に来てしまいました。
 ゴールディン・ホーンの娘、エスネ役のケイト・ハドソンもノーブルな美しさで華を添えています。

 映画の原作はW・メイソンの“The four feathers”原作は新潮文庫から出ており、解説によると、英国で愛され続けている古典名作で、7回も映画化されているとか。機会があれば、映画化された他の作品も見てみたいと思っています。
 ちなみに『サハラに舞う羽根』は原作から大筋は変わりませんが、原作の複雑な状況設定や人間関係はかなり切り落とされて、エンターテイメントとして観やすく仕上がっています。

 映画を観た後、たまたまブックオフで原作の文庫を見つけたのですが、映画以上にロマンチックな要素もあり、なかなか面白かったです。人物たちの心理描写が少し細かすぎ、くどい気もしますが、歴史小説として楽しむと大変興味深い。
 映画にも出てくるオブラーヒムの収容所(捕えられた英国兵が入れられた、サハラ砂漠の収容所)については、原作の方が凄まじい地獄のありさまが伝わってきます。石壁の収容所に大勢の囚人が閉じ込められ、夜は横たわるスペースがないために、立ったままで夜明けまでの数時間を過ごします。まるで、死のダンス。押し合い、へしあいしながら、倒れないよう足踏みを続けます。倒れたら最後、大勢の足に踏み潰されて死んでしまう。そういう夜が半年以上も続いてゆく。
 映画では、ハリーはアブー・ファトゥマの用意した秘薬を使って収容所を脱出しますが、原作の方がもっと苦労してます(^^;) 映画でも十分苦労していると思うんですが、原作はもっともっと、もっと大変。ふつうの人だったら、諦めて死んでますね。

 2003年に映画館で観た後、偶然見つけた原作を読み、今回あらためてDVDで観返してみると、原作を読んだことでずいぶん理解できた面がありました。19世紀末のスーダン状況など歴史的背景が全く分かっていないと、ストーリーが理解しにくいかも知れません。マフディとはなんぞや?というふうに。
 文庫本のまえがきに、訳者による物語の背景の紹介があるのですが、舞台となった19世紀末のイギリス、エジプト、スーダンの情勢が書かれています。そのあたりの知識があると、映画がずっと楽しめるかと思います。
 ただし、まだ映画を観ていない人は、映画を観てから原作を読むことをおススメ。結末が分かったら面白くないし、小説は内省的すぎ、読むのが辛くなるかも…。どうぞ、まずは映画のスペクタクルに触れてください。

 2003年映画を観た当時に記した鑑賞ノートを見ると、「題名が詩的なところにひかれて観てしまった」とあります。  果てしなく続くかのような、広大な砂漠に舞い落ちる白い羽根…

 日本人の場合、白い羽根というと「天使の羽根」を一番に連想しそうですが、本映画サイトによると、闘いに負けた雄鶏の尾には白い羽根があることから「臆病者」を意味するのだそうです。chickenも腰抜けだし、英語圏では鳥にマイナスイメージがつきまといますね。ま、日本でもニワトリは (@@)挙動不審って感じですが。

 面白いと思ったのが、ハリーを守護神のように守り抜くアブー・ファトゥマも、頭の頂に白い羽根をつけていること。ただし、こちらは臆病者ではなく、人ひとり殺したことの印。いわば、その世界では勇者の印なのでしょう。羽根の他にも腕輪や首輪をつけていて、合計で10人殺した計算になるのですが、ハリーにこう言います。
 I am a good soldier. 俺はいい戦士だよ。

 ひとりの男は戦争に行くことを拒み、軍を辞め、
 ひとりの男は人を殺した数を誇り、優れた戦士であると自負する。
 この全く性質の異なるふたりが、広大な砂漠で出会い、ともに戦ってゆく…

 この映画はハリーとエスネの愛の行方も気になるところですが、男たちの友情の物語でもあります。ハリーと親友ジャックの友情にも注目ですが、ハリーとアブー・ファトゥマの友情には人生の不思議を感じる人も多いのではないでしょうか。英国兵から奴隷部族だとして爪弾きにもされるアブー・ファトゥマですが、非常に魅力的で、圧倒的な存在感をラストまで湛えています。

 臆病な心と、大胆さと、不屈の精神と。
 同じひとりの青年から、あれだけのエネルギーが放たれ、状況を打開してゆく。ハリーは変わります。戦争は哀しい、戦争は無益だといっても、それが現実として迫っている中では戦わずして解決されるものは何もない、そんなことをハリーの戦う姿は物語っているように思えます。
 エンターテイメントとして観るもよし、疲れ果てて、もうボロボロって感じの時に観るもよし、取り返しのつかない失敗なんてないのかもね、と前向きになれる大好きな一作です。

 -2003年 新百合ヶ丘ワーナーブラザーズにて初鑑賞-
(この記事は、SOSIANRAY HPに掲載した記事の再掲載です)

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