見出し画像

旅館で過ごす1人時間

2年前にはやりのままに買い、いまでも愛用している黒色のサコッシュを右肩にかける。サコッシュの中にはクレジットカードと念のために持ち合わせた現金1万円しか入っていない小さな財布と、ティッシュとハンカチ、スマートフォンとポータブル充電器。

右手には小さなボストンバック。2日分の下着とユニクロで買ったリラコ1本と、着慣れたTシャツ2枚、試供品の基礎化粧品。それから今日の荷物で何よりも重たいのが選び抜いてきた3冊の文庫本。長編の伊坂幸太郎、ずっと読むタイミングのなかった乙一、初め読むミステリー作家を今日の旅に同行させた。

1年に一度、いや気を抜けば2年に一度の頻度だけれど、彼女がとことん文字を浴びることに専念する贅沢旅行がはじまる。

普段は宿にお金をかけな旅を好むが、この旅はいつもより4倍くらいの値がする旅館を選ぶ。豪華な食事が部屋に運ばれてきて、1人では広すぎるところでポツンと食事をとる。室内についた露天風呂にも気が向いた時に入る。

これを孤独だと思う人もいるだろうが、彼女にとっては震えるほどの贅沢だった。

好きな順番で、こぼすことをみられている目も気にせず、満足したときのげっぷはここぞとばかりに盛大にかます。茹で上がるほど湯船につかっていたいし、風呂のなかで本も読みたいから、これは誰かと来ていれば多少は気を使うし、紙類の持ち込みは禁止されていることがほとんどなので、これもやはり部屋で完結することが贅沢に値する。

2泊、食事のためにある程度の生活リズムは崩れないが、帰る日のチェックアウト1時間前にフロントからコールをお願いしている。宿泊中、アラームをかけないことはもちろん、スマートフォンもほとんど触らずに、時間のわからない生活を過ごすためと、眠たくなったら寝る、夜だから寝ると言う概念を捨てるためだ。なんせ読書は明け方が1番はかどる。

チェックイン前に買い込んだ菓子類は、部屋についてすぐに全てを開封し、堅揚げポテト、じゃがりこ、バームロールにルマンド、駄菓子屋にあるようなイカゲソ、コアラのマーチ…大人だからできるんですぜ、なんて満足げな彼女。冷蔵庫には350mlのコーラが3本、500mlの炭酸水が5本、2Lの麦茶が1本。近くのコンビニで調達とはいえ、持ち運ぶのは少々重たかったが、これからこもる時間を思えば、自分の城に好きなものを運んでいる自分の行動はわくわくを募らせることでしかなかった。

こうして、彼女はチェックインしてすぐさま一度風呂に入り、リラコとTシャツに着替え、家で言う風呂上りと同じ状態にする。まだ布団はしかれていないから、窓際の椅子に座り、さっそくコーラを1缶あける。

「ああ、今から飲み始めちゃうなんて3本じゃたりなかったかな。まぁそしたら自販機で買おう」

どれから読もうかな、と3冊を並べる。今日は君にしよう。
彼女は1冊に手を伸ばした。


いいねを押してもらえると、私のおすすめスタバカスタムがでます。カフェラテ以外が出たらラッキー!