空の下のマサコ

故郷である日本と、家庭生活を営むアイルランドと、夫の出身国シリア。それぞれの、異質な当…

空の下のマサコ

故郷である日本と、家庭生活を営むアイルランドと、夫の出身国シリア。それぞれの、異質な当たり前が入り乱れた、日々の情景に、あたたかく人を招きます。新潟県の離島、佐渡出身。

最近の記事

息子を追悼して

バイクの事故で23年の命を終えた息子。誰かの心に触れるものがあればと思い、親族と友人たちに送った手紙をここに。 タミームを心に留めてくださった人たちへ。 8月6日(2022年)、土曜日の夜11時頃、警察が悲しい知らせを伝えに来ました。タミームがバイクで事故にあい、亡くなったと、静かにもはっきりと伝えられました。 車との接触事故でした。 タミームは正しい車線を走っていたということ。免許の履歴から、タミームがいつも安全に気を付けていたことがわかり、小型バイクから大型バイクの免

    • ラジオクロックを捨てた

      長いこと使っていたラジオクロックを捨てた。20年以上、ベッドのわきに置いていたものだ。毎日、何度もそれを眺めては時間を確認し、ラジオ番組を聞き、音楽を聴き、目覚ましとしても使っていた。シュルルーと音を出してCDがまわるのが面白いのか、たいていの子供は、これを前にすると、あらゆるボタンを押して操作するのを楽しんだ。 アイルランドは夏時間と冬時間が一時間変わる日がある。その日もボタン一つで時間が変更される優れものだった。夜間に部屋がまっくらでも、時間を表示してある部分は小さな明か

      • 小さな島の小川にて

        小さな島がありました。 小川が流れておりました。 やさしい風がフーっと吹いて、明るい午後が始まりました。 小さなお姉ちゃんを追いかけて、小さなわたしは走ります。 「川で遊ぼう」 小石をなでて流れる水が、ところどころでチョロチョロと、すきとおった音をたてました。 流れに足を突っこんで、バシャ バシャ バシャ。 足踏みするのはお姉ちゃん。 水しぶきをたっぷり上げて、にごった水といっしょになって、こちらへ向かって走ります。 追い立てられて流れてくるのは、泥に混ざったドジョウたち

        • 影 (詩)

          起きがけに 強い朝日を背に受けて 壁にうつった影と出会う 伸びた髪と 細った肩 ちょっとかしげた頭は動かず 体温すら持たない影が 小さなため息で呼吸をし 絞れば涙の一粒くらい 出そうな姿でそこにいた 見つめられるために 影はあるのでなく 照らす光の強さを 表すためにあるようで 私は影を背にして 朝日の方に向き直る 光が真正面から私を迎えた

        息子を追悼して

          雨つぶ (詩)

          雨つぶが 空の上から旅をして 私のもとへ落ちてきた 自分を生んだその雲に 抱きかかえられる事もなく ポツリポツリと生まれては 見知らぬ大地にただ向かい 望まれもせず 喜ばれもせず ただひたすら うるおすために しっかりしろと雨つぶが 私の頬を濡らした

          雨つぶ (詩)

          ダーちゃんは走る

          「こっちの道をいく?それともこっちがいい?」 ダーちゃんと一緒に、彼の小さな幼稚園への道を歩く。他の三歳児が歩かないと思われる距離を、ダーちゃんは駄々をこねる事もなく、いつも気持ちよく歩く。 お弁当を入れた彼のバッグは、私の肩にかかっているから、彼は身軽だ。外に出る時はしっかり防寒具なりに身を包むのが習慣として固定しているダーちゃんは、軽くてあたたかいジャケットに、動きやすいスポーツシューズ、お気に入りの帽子をすっぽりかぶるという姿で、てくてく歩く。彼は愛くるしくハンサムで、

          ダーちゃんは走る

          朝のルーティーン

          「ガオー!ぼくはトラだぞー」 私をこわがらせる為にすっかりトラになりきっている三歳のダーちゃんが、玄関のドアを開けた私に開口一番、低い声をあげて、我が家に入ってくる。 彼はいつも、何かしら私に見せる物や、話すことを持ち合わせて我が家に現れる。ドアを開ける私の挨拶が終わらないうちに、待っていましたとばかりに新しいおもちゃを見せながら、夢中でそれを説明する日もある。大好きなサッカーチームのジャージーをご自慢で見せる日もある。新しい靴や帽子を身につけていれば、それを私に告げるのを忘

          朝のルーティーン

          とっておきの ひとつぶ (童話)

          小鳥は今日も 木から木へ 大好きな 木の実を さがしゆく しげった 葉の下を くぐりぬけ たわわに実る 赤い実 「みつけた!」 細くて 高い木の てっぺんにも 大きくて つやつやの実 「あっ! みつけた!」 風に吹かれて 荒くれたった 古いみきにも 最後の ひとつぶ 「み、つ、け、た!」 時には だれかが落とした ずいぶん変わった形の木の実が 頭の上に ボトン 目の前に ポトン 「みーつけた!」 集めた木の実は 元気のもと 大事大事に 山にする 朝一番は 明るいひ

          とっておきの ひとつぶ (童話)

          トッポちゃん (童話)

          トッポちゃんはね、オレンジ色した、くまのぬいぐるみ。 ぽわぽわした毛は明るくて、すきとおったオレンジの目が、ちょっとおどけて見えるんだ。 ベッドタイムの前にね、トッポちゃんをまくらの横において、ふとんをかけてあげるの。 歯みがきをして「おやすみ」って言ってから、トッポちゃんの横で寝るんだよ。 昼間のトッポちゃんはね、楽しい所にいるのが好きだよ。 みんながご飯を食べるのを、ゆかに寝そべって見てたりね。 オーブンのそばのカウンターにのって、パンが焼けるのを待ったりね。 時々、

          トッポちゃん (童話)

          私たちの名前

          日本を紹介するようなイベントに出かけた。例年、見物するだけだったけれど、今回は書道の筆を持ち、墨を使って、来たお客さんたちの名前をカタカナで書いてあげるというサービスのお手伝いだ。事前の練習も指導もない。 三十年間、筆を触っていない私の手は、思うようには動かず、少しは感じよく書けるはずだと思ったのは、私の思い込みに過ぎなかった。 「ハロー。私の名前はジャックです」 「ジャックね」 目の前に現れるお客さんたちは、子供も大人も、みんな結構ワクワクしている。自分の名前が、自分の読め

          私たちの名前

          ぬくもり (詩)

          西の空に顔を向け  一人散歩する 今日という日を照らしきった太陽が なごりを惜しんだぬくもりで 私を包む 抱きしめ返すことはできないけれど 残り火のようなその色に 私は染まって歩き続ける ありがとう そのぬくもりをありがとう

          ぬくもり (詩)

          わっさわっさと葉をゆらし (詩)

          わっさわっさと葉をゆらし その木は空に伸びている 圧倒的な高さを持って わっさわっさとゆれるのを 楽しむように伸びている 飛びゆく鳥がよけるか休むか 風の多いこの土地で 折れる事もなく 山ほどの葉をかかえ こうべを垂れつつ空に向かう 優しい風にさわさわとゆれ 激しい風にしなりつつ その木はそこに立ってきた わっさわっさと葉をゆらし その木は今日も伸びている 羽を休める小鳥が一羽 その木と一緒にゆれている

          わっさわっさと葉をゆらし (詩)

          神は私を創られた (詩)

          神は私を創られた 羽ばたくように創られた 閉じた翼を引きずって それを広げる空を見た 胸の鼓動がトクントクンと 飛ぶべきこの身を告げていた 目を閉じても広がる空が 私を待っていた 神は空を創られた 私が羽ばたく大きな空を 神は私に創られた

          神は私を創られた (詩)

          空の高みに (詩)

          ばたばたと翼を動かし ぐるぐる戸惑い続けた一羽が 差しこむ一瞬の光のすき間に 静寂と飛び散る無数の羽を残し 広い空にとび出した 羽ばたく音も 鳴き声も すべてを空は包み上げ 限りなき高みに憩う喜びを その翼に与えられる

          空の高みに (詩)

          ひとつぶ (詩)

          落とさぬように 消えぬようにと つままれる 思い出の中の ひとつぶ

          ひとつぶ (詩)

          ハロー ミスターケイブマン (童話)

          小鳥は空を見るのが好き いつもいつも広い空 飛んでるような気持ちになる 草地を歩き 空を見る 木によじ登り 空を見る 岩に腰かけ 空を見る 小鳥は飛んだことがない ちょっと折れた小さな羽は 広げたこともない ある日 気になる丘の上に登ってみると、 ほら穴があって、 ちょっとのぞいてみたら、 ケイブマンがいた! 「ハロー ミスターケイブマン!」 飛べない小鳥を手のひらにのせて ケイブマンはゆっくり歩く ケイブマンのほら穴はすっきりきれい 石が光り 風が入る いくつもの穴

          ハロー ミスターケイブマン (童話)