トッポちゃん (童話)

トッポちゃんはね、オレンジ色した、くまのぬいぐるみ。
ぽわぽわした毛は明るくて、すきとおったオレンジの目が、ちょっとおどけて見えるんだ。

ベッドタイムの前にね、トッポちゃんをまくらの横において、ふとんをかけてあげるの。
歯みがきをして「おやすみ」って言ってから、トッポちゃんの横で寝るんだよ。

昼間のトッポちゃんはね、楽しい所にいるのが好きだよ。
みんながご飯を食べるのを、ゆかに寝そべって見てたりね。
オーブンのそばのカウンターにのって、パンが焼けるのを待ったりね。
時々、みんなにポーンってほおり投げられるけど、トッポちゃんのぽわぽわの体はやわらかくて、けがなんかしないんだ。
お出かけにだって連れて行くよ。
バッグから頭を出したトッポちゃんは、車や人を見るのが好きなんだ。

あれれ、トッポちゃんがいない。
どこに行っちゃったのかな?

「トッポちゃーん!どこにいるの?トッポちゃーん!」

パンの焼けるにおいがする、オーブンのそばかな?
あれ?いないね。

まくらの下にかくれているのかな?
おかしいね。ここにもいないよ。

バッグの中かな?
どうしよう。ここでもない。

だんだん、声がふるえてきちゃう。
「トッポちゃーん!トッポちゃーん!トッポちゃーん!」
きっとどこかでトッポちゃんは、ここだよって叫んでいるよ。早くみつけてあげなくちゃ。

砂浜かな?
ざぶーん、ざぶーんって、波の音がする砂浜には、もうだれもいないんだ。
「トッポちゃーん!」
誰かの忘れたぬいぐるみが、砂に半分うもれて、お日様をあびてるよ。
キラキラした貝殻の間を、小さなカニも忙しそうに動いてる。

犬がかけだしてきて、後ろ足でぬいぐるみに砂をバサバサかけ始めたよ。
「こら、だめだよ。ぬいぐるみが砂に埋まって、見えなくなっちゃうよ」

「トッポちゃーん!」
大きな声で叫んでみても、広い砂浜のどこにも、トッポちゃんは見あたらない。

山に登っていったのかな?
てくてくてくてく、てくてくてくてく。
高い山を登っていくのは疲れるけれど、山の空気は気持ちがいいよ。
曲がりくねった小道のわきには、ちょっぴりすり切れたぬいぐるみがたくさん。小さな花に囲まれて、こもれびをあびてるよ。

おじいさんがしゃがみこんで、破れたぬいぐるみを抱きかかえて言ってるんだ。
「あー、こんな所にいたんだね。会いたかったよ」
ずっと前に置き忘れたぬいぐるみを、今やっと、みつけたんだね。

「トッポちゃーん!」
やまびこが、トッポちゃんの名前をこだましても、やっぱりここにも、トッポちゃんはいない。

遠くに行っちゃったのかな。
山からは、きれいな川が流れているね。トッポちゃんが好きそうな川だよ。
すきとおっていて、魚も見える。川の底の石をなでながら、水が流れていくんだよ。
こんな川のわきにも、忘れられたぬいぐるみがたくさん。

ポツ、ポツ、ポツって、雨が降ってきたね。
あれれ、雨がどんどん降ってきたよ。
すきとおっていた水は、にごっちゃって、もう何も見えないんだ。
「あ、ぬいぐるみが流されていく!」
にごった川は、ぬいぐるみをどんどん飲み込んでいくんだ。
もといた場所からはなれたら、誰にもみつけてもらえないよ。

「トッポちゃーん!」
雨がやんで、川がキラキラ光りだしても、やっぱりトッポちゃんは、どこにもいない。

おばあちゃんがね、優しい声で言うんだ。
「探す時にはね、目を大きく開いてよく見るの。それでも見つからない時はね、静かに目を閉じるのよ」
目を閉じたら真っ暗だよ。でも、おばあちゃんは言うんだ。
「静かに目を閉じると、大事なものが見えることがあるのよ」

真っ暗はつまんない。
箱の中にいるみたい。
箱の中なんてつまんない。
でも、お母さんのさいほう箱は楽しいよ。
大きなボタンや小さなボタン、ピカピカの針もいっぱいだよ。青い糸も赤い糸も、ふわふわの毛糸もあるんだ。

トッポちゃん、もしかして。

お母さんのさいほう箱から、ちょっと見えているのは、ぽわぽわのオレンジ色。

「トッポちゃーん!」


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