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掌編「好きなのを持って行きなさい」

 今年もそろそろだと、空を見上げて思う。

 農家の石井さんの奥さんは、畑で季節野菜を作っては、町にある道の駅へ毎朝運び届けている。 他には自宅用と、御近所へ配ったりするだけで、それほど大きな畑ではないけれど、無農薬に拘って、毎日愛情込めて育てている。旦那さんはサラリーマンでもあるので、畑は殆ど奥さんが世話している。

 石井さんがそれに気が付いたのは、数年前の、ある朝のことだった。畑の一角で世話する南瓜が減っている。間引く積りの小振りな子ばかり、少しだけ。出荷する分には困らないし、もしかしたら気のせいかも知れないと思って、その時はあまり拘らないことにした。けれども数日後、またしても幾つか見当たらなくなった。動物の可能性を一瞬だけ考えて、こんなに上手に間引いてくれるはずが無いと一人で笑った。動物なら本能的に一番熟れて美味しそうなのを頂くはずだ。

 石井さんは首を傾げた。流石におかしいなと思う。けれど、道の駅のお客様へは届ける事が出来る。家族へ食べさせる分もある。それならばいいかなと思った。南瓜の収穫が終わるまで、その不思議な日々は続いた。けれど石井さんは、誰にもそれを言わなかった。あることに、気が付いたからだ。

 その朝も、やっぱり南瓜が少し、減っていた。そして、南瓜畑の傍に、その日は切り取ったような南瓜の破片が落ちていた。一個だけ。三角だった。次の日は、歪な四角みたいなのが一つと、三角が一つ。どこかで見た様な形。けれど思い出せなかった。

 石井さんは段々、南瓜の収穫が終わるのを心配していた。ここに南瓜が無くなったら、どうするんだろう、平気かしら。と思っていた。けれども南瓜の収穫が終わるころ、ふいに数は減らなくなっていた。

 そんなサイクルが、毎年続くようになって三年目に、石井さんはやっと気が付いた。そして、それならばと、南瓜の種類を増やした。緑だけだったものが、この年からオレンジと緑、二種類になった。

 南瓜が好きに持って行かれるようになってから、石井さんの南瓜は以前にまして美味しく出来るようになった。道の駅のお客さまにも評判であると、店員さんが教えてくれた。家族にも好評であった。思わぬ産物であったけれど、どんな御褒美よりも嬉しいと石井さんは思った。

 石井さんは今朝も同じように畑へやって来て、作物を一つ一つ手入れする。その一角には、緑色とオレンジ色の南瓜がごろごろ並んでいる。数日前から少しずつ、今年もまた間引かれるようになった。

 私の作ったもので良ければ、好きなのを、持って行きなさい。そうして好きに、作るといいのよ。みんな慌てなくても大丈夫。南瓜はまだまだできるわ。石井さんは心の中でそんなことを思いながら、手を動かす。十月の最終日まで、二週間くらいねと一人で笑った。

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