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「KIGEN」第八回


「最初に見つかった隕石、確かにそれなり大きなサイズですけど、大気圏突入時、幾つかに割れてると思うんです」
「まあそうだろうな」
「それなら僕は、その散らばったと思われる欠片を探してみたいんです。出来れば地球に飛来して来た当時の形を復元してみたいです」
「大それた夢だな。だが実現はほぼ不可能に近いぞ」
「ですからこういう民間人の情報サイトも洗って、火球の目撃情報と方角、それに隕石と、隕石と思しき物体の落下地点を地図にまとめて探してみるんです」

 絶妙に噛み合わなかった。三河は矢留世の遣らんとする事の無謀さを理解させて、諦めさせようとしているのだ。だが矢留世は大それた夢から指針を一ミリもずらすつもりが無く、あくまで実現する為の手順を考え巡らすことに懸命になっている。チーム発足当初から変わらぬままに両目をきらきらと輝かせてやる気をみなぎらせている。その労力が無駄になる可能性を全く鑑みていないのか、敢えて自覚しないのか、こう活き活きと活動されてははっきり口に出して問い質すのも恐ろしく、三河は結局この数日間、彼のペースに付き合わされている。

「早々に一個目が発見されて、実際に隕石だと判明したからな。周辺を探す人間もまだ多いだろう。つぶてみたいなもんなら、わざわざここへ報告上げずに、御守りみたく持ってたい奴も居るんじゃないか」

 三河が言うなり矢留世はパイプ椅子をがたんと言わせていきなり立ち上がった。

「そんな!それじゃ到底復元できないじゃないですか」
「だからそう言ってるじゃないか」
「御守りって、本物かどうか分かんないんですよ、ちゃんと僕等に報告してくれないと」
「じゃあお前ならどうする?回収される可能性のが高い隕石の欠片を見つけて、律儀に知らせようと思うか?」

「む」

「出来れば自分で持っておきたい。もしかすると本物ではないかも知れないけれど、本物だとしたら凄い。そうであって欲しい。本物の隕石の欠片なら、密かに持っていたい。一度そう思い始めたら、余程律儀で真面目な人間でないと、自分の欲を抑え込んでまで御丁寧にお知らせしようとは思わんだろう」

 矢留世は肩を落とした。黒目迄しょんぼりさせていきなり急降下する。何故こうもわかりやすく正直なのかと、三河は段々面白くなってくる。最近早朝ランニングもサボり気味ですっかり重くなった体を少し揺らして、テーブルに手を着き立ち上がると、意気消沈したままのチームリーダーの肩をとんと叩いた。

「だから俺らも足で探す方がいいんだよ、リーダー」
「え?」
「幸いにして現場が近所だ。幾らでも通えるだろう。気長に探せば一個くらい見つかるんじゃないか。夢の欠片が」
「課長」

 忽ち息を吹き返した矢留世は、急いで荷物をまとめると、小さな会議室を後にした。足音は一気に軽快になる。


 本当は、ライバル意識もあった。

 子どもの頃からの夢を叶えてやっとの思いでJAXAに就職した。思いがけず生態系観察部というまだ新しい小さな部署に配属されて最初は戸惑ったものの、己の遣るべきことは決まっている。宇宙の謎を一つでも多く解き明かす。そして同時にこの地球誕生の過程を紐解く。そう思い定めてどんな小さなミッションも懸命にこなしてきた。入社と前後して打ち上げが成功した惑星探査機が無事地球に帰還した時は涙ながらに感動して、自分もあのチームに加わり、いち研究員として何かを成し遂げてみたい、貢献したいと強く願った。だが彼の希望は叶えられず、挙句応援に派遣されたのも主任の自分ではなくて部下の方だった。悔しい気持ちが無かったと言えば嘘になる。だが腐っていても何も始まらない事だけはよく知っていた。前を向いて頑張っていれば、いつかチャンスが巡って来る。その時こそ、この、内側で熱く燃える宇宙へのロマンを存分に解き放って、偉大な宇宙の謎を一つでも多く解き明かしてみせる。そう心に決めていた。


 そんな自分に巡って来た今回の責任者である。世間の関心を引くには、あっちに比べると物足りないかも知れないが、とことんまでやって損はない筈だ。一つのチャンスと思って全力で務め切ろう。矢留世は飽くなき探求心と冷めない夢を原動力に、また一歩踏み出した。



 春休みを終えたかなたは中学校へ入学し、科学部に所属した。だが奏には物足りない。本当は帰宅してロボット工学と研究に没頭していたかった。しかし部活動への参加は必須で、義務教育の身として避けられなかった。億劫な面もあったが、どうにか続けてあっという間に入学から二ヶ月が経ち、世間は梅雨入りした。

「いちごう、ただいま」
「おかえり奏、手洗った?うがいも忘れずにね」
「もう、お母さんの真似しないでいいから」
「はいはい、口答えだけは達者なんだから」
「あはははは、母さんそっくり」

「え、そう?調子に乗っちゃうなあ」
「こら、変なことばっかり言い合ってないで、早く手洗いして来なさいっ」
「奏逃げて、本物だよ」

「何なのよもうっ」

 古都吹家ことぶきけには変わらず平和な日常が続いていた。他の家と少し様子が違うとすれば、頭数の一つにロボットが含まれていることだろうか。いちごうは今、服を着ている。誕生後すぐに、奏と渉はシリコン素材を駆使して、一見すると人と思い込めそうな、まるで皮膚に見える表面を仕立て上げた。その上から服を身に付けて、先ずは智恵美に紹介を試みた。その反応を元にして更なる改良を加える算段だった。身長175センチ、体重94キロのいちごう。渉と並んでも大差ない。足のサイズはその体を支えるためにやや大きく出来ている為、市販の靴下が入らず、渉の下手な裁縫で作られた見様見真似の靴下モドキを履いていた。

第九回に続くー



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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

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