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手紙小品「入道雲背負う夏蔭、アイスの棒落っことした」


 暑中御見舞い申し上げます


 毎日飽きもせず太陽が昇りますね。灼けたコンクリ、草履の裏からでも熱気を感じて、私はいつも砂漠のエリマキトカゲを思い出します。
 こう暑いとあなたは溶けてしまうんじゃないかと心配します。無事ですか?ちゃんと、と言うのも少し可笑おかしいですけれど、クーラーの効いたお部屋で寛いでいますか。大事な事です。無理は禁物ですから。


 けれど、時には日差しの下へ出てみるのも面白いです。なにしろ夏の空は格別です。あなたはもう大きな入道雲を見ましたか。ひた向きな向日葵を見つけましたか。金魚の昼寝に出くわした事がありますか。私は生憎あいにく金魚の鼻提灯を見た事はありませんけれど、聞けば聞く程に、わくわくする季節だなって思うんです。
 そうして汗をかいた後は、冷たい氷がとびきり美味しい御馳走になります。いちご、ラムネ、宇治抹茶。どの味にしましょう?町の軒端で、駅のホームで、神社の境内で、夕涼みにちりんと一つ風鈴が鳴ったら、どこからともなく蚊取り線香の匂いが鼻先を掠めてゆきます。うちとおんなじです。


 長い日がゆっくり、ゆっくりと落ちて、わが家の庭からも熱が取れたら、夜は一緒に花火を楽しみませんか。美味しい素麺と冷やした西瓜も用意します。どんと大空へ打ち上がる一発も豪快で良いけれど、手元で慎ましく弾ける火花も素敵です。それでね、翌朝庭へ降り立ったら、蟻の行列が出来てるんです。
「あ!誰かアイスの棒、落っことしたね」
 多分、祭り帰りのきつねの子が落っことして行ったんです。屹度きっと見惚れていたんですね。誰にって?内緒です。

 さて、夏はまだまだこれからです。楽しくて、暑くて、熱い夏。一緒に味わい尽くしましょうね。けれどくれぐれも逆上のぼせないようお気を付け下さい。それでは、蝉しぐれの木の下でお待ち申し上げます。麦わら帽子をお忘れなく。                                                                   敬具                           


   令和四年七月 盛夏                   いち 

あなた様



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