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「暮らしと喜び」

 
 昨年後半、小さな綻びから傷が広がるように、上を向いても上を向いてもどん底に突き落とされる思いがして、挙句自分のミスも重なり出費は嵩むしで、一体何の試練がやって来たのかと思っていた。これはよっぽど大きな、例えば宝くじの一等に当選するような、どかんと大きな幸福でもやってくるんだなとか、そうでもなければ割に合わないものなと鬱屈した精神で考えていた。私に宝くじを買う習慣はない。

 だが年の終わりに待ち設けた食事会があって、私は随分はしゃいでいたのだけど、そこで仕事関連の話をしている場面を垣間見て、なんだかしみじみ思った。
 
 みんなそれぞれに日々の生活があって、仕事があって、悩んだり苦しみながらも楽しみを見出して、暮らしの励みにしながら頑張っているんだと。
 
 それは人生に於ける当然の仕業なんだけど、当時の私はそんな当たり前のことさえ忘却するほど知らず自分を追い込んでいたらしかった。

 
 みんな頑張っている。そうだ、みんな日々を生きているんだ。
 

 そんな思いが胸を占めて、いつしか私は勇気づけられていた。と同時に、人の暮らしを実感できたことが嬉しかった。とにかく何でも一生懸命頑張ろうとシンプルなことを思った。

 
 年が明けて、年末年始の気忙しさから徐々に解放され自分にゆとりが出てくると、脳内が整頓されていった。そのうち、一度に大きな幸福を手に入れようと欲張るのはよくない。必要もない。少しずつでいいんだ、ここからまた上昇気流に乗るように、色んなものが上向いていくように一つずつ向き合っていこうと思った。とても穏やかに、静かにそう思えた。年始の目標に一万回笑うことを思いついたのもこの頃だったかと思う。
 
 そうしたら本当に嬉しい事が沢山舞い込むようになった。私にとってそれは全て十分に大きな幸せだった。ただよくよく思い返してみれば、落ち込んだ心を残したまま過ごしていた時分から、なんだか随分沢山の喜びをあちこちから受け取っていた。夢みたいな出来事もあった。今をもって真相はわからないものの、励みになるものが与えられていた。
 
 そうだよ、十分与えられているじゃないか。うん、気が付いて良かった。


 
 うさぎ年の一月が終わろうとしている。うさぎのように見事な跳躍を見せられるかどうかわからないけれど、楽しく生きたい。人生は楽しんでいい。この先に楽しみが沢山待っている。それがどうにも嬉しいこの頃なのだ。
 
                           文・いち
 

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