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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい…
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#家族

掌編「桃、菖蒲。いざ勝負。」

 僕はお雛様が好きだった。子どもの頃、三つ上の姉の御蔭で、毎年家にはお雛様が飾られていた。勝手に触らない約束を守れば、好きなだけ見てて良かった。お雛様とお内裏様の、白くてきれいな顔立ち、それに立派な冠や衣装。年に一度灯りの下へ出されては、じっと並んで、僕らの生活の中に溶け込んでいる。だけどその佇まいには気品があって、雛壇の上だけは、やっぱり特別なんだと子ども心に思った。なにより、必ず二人寄り添って並んでいるところが好きだった。  それから、桃の節句にお雛様と分けっこして食べ

短編「ことに朝は忙しい」

 ソウのお母さんはふくよかなお腹とお餅のように柔らかい頬が自慢で、子どもは全部で十一人いる。ソウは十一番目の子どもだ。  ソウは保育園に出発する時間が迫っているため朝ごはんを急いで片付けなくてはならないのに、末っ子の甘えん坊がどんな時でも発揮される。 「お母さんボタンがとまらないから僕保育園行くのやだ」  お母さんは家族みんなの朝ごはんから身支度まで全部ひとりで請け負っていて、ソウ一人にばかり構っていられない。フライパンの目玉焼きをじゅうじゅう言わせながら、後ろ振り返って

掌編「五月五日の擦り傷に誓う」

 君が初めて笑った日の事を、僕は一生忘れないよ。 「パパの馬鹿ぁー」 「ごめんって」 「あっち行けー」 「だからごめんって、今度は放さないから」 「嫌だぁもう帰るー」 「今来たばかりだよ」 「嫌だぁー、ママー」  敷物の上で赤ん坊を抱いてこちらを見守るママに手を伸ばす君を見て、僕はすっかり弱り切ってしまった。  僕ら夫婦に初めての子どもが誕生したのは四年前だった。産まれたての小さな男の子は、噂に聞くよりも真っ赤だった。そして噂に聞くよりも何億倍も可愛かった。目を閉じたまま

掌編「早代さん」

 朝風呂を使うと、その日一日の心持ちが大変良かった。特にまだ日の長い今の季節なら、灯りが要らない。自然光に包まれたタイル張りの、さほど広くも無い小さな世界だけれども、英助はその狭い処も自分好みであると思っていたし、なにしろ妻が、気に入っていた。石鹸を泡立てて、肌に順繰り纏わせる。首筋から肩へ、それから胸元、腋、腕を右と左と、泡が減れば、又石鹸を手に取った。植物由来の香りが、泡の弾ける都度鼻腔をすうと爽やかに抜けてゆく。英助は自分がこうして毎日朝湯を浴びることの出来る環境に或る

短編「暮れなずむ朝顔列車 if・怪談」

※この短編は「暮れなずむ朝顔列車」のアナザーストーリーです。#眠れない夜に と云うものに相応しい物を描いてみ見ようかなと初めて怪談めいたものを描きました。先出の短編のイメージを保ちたいと思われる御方はお読みになられない方がよろしいかと存じます。あっちはあっち、これはこれと面白がって頂けるのであれば幸いにございます。果たして怪談と呼べるものか分かりませんけれど・・・。先出の短編を未読の御方は、是非とも先に、元の物語をお読み頂く事をお勧め致します。それではどうぞよろしくお願い致し

掌編 手紙「子どもたちへ」

 前略 近所の草木が一斉に芽吹いて、わが家の周りもいよいよ春めいて来ました。今年の桜の開花は早いようですが、あなた達の通う学校の桜はどうですか。  今日は、容易に会いに行く事が叶わなくなったあなた達の門出を、それでもお祝いしたくて、こうして手紙を書く事にしました。年に何度も会いに行ったり、またこちらへも遊びに来てくれていた日々の事を思うと、その日常はすっかり様変わりして、懐かしい気持ちにさえなります。けれど、去年は一度だけ、緊急事態宣言の解除されている間に、会うことが出来ま

掌編「ねえさん」

 進は独身だが、三つ上の兄には嫁と、夫婦にとって宝物の様な一人娘が居る。兄等の暮らす家が進の暮らすマンションと同じ市内にあって、進は二人が付き合い始めた当時から嫂と仲が良い。結婚後に生まれた姪ともお菓子や玩具を沢山貢いで仲良くなった。兄との関係も、休日が合えば飲みに行くかと気軽に足を揃える位に近いので、矢張り世間一般と比べて同程度か、或いはそれ以上に良いといえた。  進は毎年冬の寒さが和らいでくると、ああ、そろそろ姉さんの誕生日かと思い出す。別段手帳にもスマホにもメモはして

「食の風景・美味しいは楽しい」―掌編―

 では僭越ながら、私に千五百文字だけお付き合い頂きたく存じます。  私には六つ上の兄がおります。下には十七離れた妹がおりまして、間の者を足しますと、全部で八人兄弟となります。これに両親を合わせますと全部で十人の大所帯でございます。ところが歳の離れた兄弟故、上の方と一番下は、一つ屋根の下で一緒に住む事はありませんでした。  さて皆様は、この世で一番好きな食べ物は何ですかと聞かれて、はっきり答える事が出来ますでしょうか。私はこの度お題を頂きましてから、美味しくて楽しくて一番好

短編「書斎にて」

 平日、晴れ。所々に雲。今日は執筆に集中するからと家族へ公言して書斎に籠った。ところが筆が進まぬ。一向に言葉が降りて来ん。私は一度筆を握れば原稿用紙埋め尽くす迄書斎を出るのが嫌である。今日は朝枕に頭を着けている内から文字が溢れる予感で一杯であったのだ。だからこうして散歩に大層むいた日和であるけれど、それを敢えて遠ざけて書斎へ籠る事に決め、煎餅座布団へ尻を着けて居るのだ。それだのに、どうした事か、座った途端に此の様である。全体何が原因かと首を傾げる。筆は一旦手から離されて机の上

「家族の明日を探す旅」

「うちはみんな、生一本に出来上がっているから」 母がそう言って、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑う。 晩秋に始まった自家用車での家族旅行は、高速道路をひた走り、中国地方から、遠く山梨を目指していた。両親と、子どもが五人。旅の目的は、「家族の明日を見つける」だった。 料理一筋の父。何があったか言わないけれど、何かあったらしい。育ち盛りの子どもたちはみんな感性が鋭い。それでこの家族、揃いも揃って宥める人が居ない。みんなして、焚き付けるばかり。 「旅に出るぞ」 誰も