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「食の風景・美味しいは楽しい」―掌編―

 では僭越ながら、私に千五百文字だけお付き合い頂きたく存じます。

 私には六つ上の兄がおります。下には十七離れた妹がおりまして、間の者を足しますと、全部で八人兄弟となります。これに両親を合わせますと全部で十人の大所帯でございます。ところが歳の離れた兄弟故、上の方と一番下は、一つ屋根の下で一緒に住む事はありませんでした。

 さて皆様は、この世で一番好きな食べ物は何ですかと聞かれて、はっきり答える事が出来ますでしょうか。私はこの度お題を頂きましてから、美味しくて楽しくて一番好きな食べ物は何だろうと考えたのですが、中々これだと天辺に掲げる物が出てきません。それが今日どうしたものか、洋式トイレに腰下ろしていて、とうとうはっと閃いた訳なのです。いえ別にTOTOさんと掛けてなんかいませんよ。家のトイレはINAXですから。


 私の両親は浜のキャンプが大好きでした。毎年夏になると、テントから飯盒からクーラーボックスから浮き輪から、全て自前のキャンプ道具を自家用車へ詰め込んで、人はその隙間にどうにか混ざって出発するような具合で、今ではとても真似できない有り様で一路海を目指したのです。この自家用車も母のお腹が大きくなるだけ段々大きくならざるを得ないという次第でして、最後に辿り着いたのは八人乗りでございました。
 海が見えるとみんな燥ぎ出します。車酔いしてヘロヘロの私も窓の外に青い空と青い海の広がった時には酔いも薄らいで白い歯零したものです。キャンプ場へ総がかりでテントが二基建ちますと、今度は食事の用意です。到着の日は携帯ガスコンロで素麺が多かったですね。昼時にやって来るものだから、子ども等には簡潔に済ませてすぐ海へ走り出せる献立が好評だったんです。
 一頻り遊ぶと、サンダルの足元に海水と砂着けたまま火熾しと夕食の準備が始まります。父がいつの間にやら場所を決めて薪と炭を並べ始めるんです。母は赤ん坊背負って肉と野菜、味噌汁なんぞ用意します。子どもたちも好き々々手伝ったり又遊んだり。夏の長い陽がゆっくりと、水平線の彼方へ姿消す頃、足元で熾した火の赤が目立つようになるんです。ぱちぱち云わせながら、中で燻って、バーベキューの網の下で、真っ赤に燃えてるんです。私はあの色が好きでした。綺麗で、熱くて、温かい。

 紙の皿と割り箸と紙コップが各々行き渡ると、父がせっせと肉野菜を焼いてくれます。散々活動した後ですから、皆よく食べました。牛肉と鶏肉、豚トロなんかもありました。ピーマンもキャベツも香ばしく茄子もあります。母は焼き茄子が好きで、下の子が競って焼きます。お母さん焼けたよ、食べてみて。はいありがとう。お母さんにもお肉をあげて。あ、それ私のお肉だよ。まだ肉あるよ。ウインナーが好物の弟がいて、焼けたら真っ先に割り箸伸ばすものだから、父が慌てて止めます。子守りは一頻り食べた兄弟へ順繰り代わっていきます。保育園児だって面倒見るんです。なにせ大勢いますから、協力すれば何だって出来るみたいな心強さが、わが家の柱には昔からあるのかも知れません。肉を焼くのも入れ替わり立ち替わり。いつ仕込んだか、炭の中からアルミホイルが掘り出され、中身はじゃが芋です。これが意外な人気を見せて、取り合い。ほくほく皮まで美味しい、唯のじゃが芋。来年はバターも持って来よう。誰かが言います。

 個性豊かで、好き嫌いも様々で、いつも同じ方向いてる訳じゃないんです。けれど楽しむ事が大好きで、誰かを喜ばせたい気持ちが心にあって、そんな集まりです。私にとってこの世で一番好きな食べ物は、家族とキャンプで食べたバーベキューの味だろうと思いました。
「美味しいは、楽しい」。

 最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。