【絵とお話】夜、風船のヒモを切る
こんにちは。
作家ユニットソラニエの、尾崎レミです。
やったー短編を書いたので載せよう!!と思ったんですが、挿絵を描いたらファンタジーになってしまいました。。
この話は全くファンタジーではなく、文体的には結構リアルです…。
表現って難しいですねえ〜…。。(でも絵はやっぱり楽しかった)
普段の戯曲の書き方に近いです。
いつもと比べて少しだけ長めですが、お暇があれば、
読んでもらえたら嬉しいです。
身体中に付いた、風船の糸を切る女の話。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
暗闇に、ぱち、と明かりがつく。
帰宅、1日の終わり。
体に纏わりつく何本ものヒモを手で払い、女はカバンを置く。
ヒモの先には風船が付いている。
どうしてそうなったかは分からない。
ある日突然、服の袖や時には指、長い髪の毛に風船のヒモが引っかかっていることに気付いたのだ。
最近は数が増えてきたのか、一日の終わりには女はまるで風船を配るピエロのようになった。
はじめは発見する度にほどいて飛ばしたり捨てていたが次第に面倒になり、
大体いつの間にかどこかへ飛んでいってしまうのでそのままにしていた。
「はー…」
女は疲れきって床に座る。
視界で揺れる風船が煩わしくてイライラするが、今日はもう何も考えたくなかった。
でも特に何かあった訳じゃないし、私が特別な訳でもない…といつもの言葉を反復する。
例えば自分のミスじゃないのに取引先に謝りに行ったりとか、
帰省する度に結婚はいつなのと繰り返す親とか、
電話で聞いた疲れてそうな彼氏の声とか、
結局それを我慢できずに喧嘩になって何日も経っていることとか。
どこにでもある、まるでテンプレみたいな出来事。
しかしテンプレすぎて、もっと人生オリジナリティー出してこいよとかよく分からないダメ出しをする自分もいて、多分疲れてるんだなってため息をつく。
沸かしてたお湯をカップラーメンに注ぐ。
袖についた風船が我が物顔でゆらゆらと揺れる。
ふと、机の上の小さな鏡に自分が映った。
体中についたヒモ…それがたくさん上の方に伸びている。
それはどう見ても操り人形のようだった。
私は操られているのか?
上に操っている奴がいるのか?
よく分からないことを考えているうちに、操られてたまるかと怒りが込み上げてきた。
袖についた緑色の風船の束を掴んだ。
「今日メイク濃くない?」
「君は薄化粧の方が似合うよ」
昼間の上司の声がする。
…こいつ、飛ばすだけじゃ忍びない。
女はカップラーメンに刺していたフォークで風船を思いっきり刺した。
パアン、といい音が鳴る。
思ったよりも綺麗に割れるので女は少し楽しくなって、次々に刺して行った。
風船がどんどん割れていく。
殺し屋になった気分だ。
「お前の為にメイクしてるんじゃねえよ」
心の中で言ったつもりだったが割と大声で口から出ていた。
次はピンクの風船に狙いをつける。
ピンクは紐が長く、いくつかが天井近くに浮いていた。
なんであんなに上の方に浮いているのか。
「彼氏いるんだぁ、絶対カッコいいでしょ」
可愛い女の子の声が聞こえる。
最近飲み会で知り合った子だった。
「仲良くなれそうだね!」
風船は天井からゆらゆらと女を見下ろしていた。
女はなるほど、と思う。
「軽いなあ、嘘なのかあ…」
分かってたけど、と女は苦笑する。
ピンクの風船を手繰り寄せると、風船は女の手にガブリと噛み付いた。
「バレちゃった?」
声は可愛いままだ。それが恨めしい。でも。
「私には必要ないな」
そう呟いて風船の糸を切った。
風船たちは振り返りもせず飛んでいく。
ふと思い立って、女はクローゼットからスカートを出した。
一目惚れした白いスカート。
ずっとしまってあったそのスカートには黄緑色の風船が一つ付いていた。
風船を掴むと「似合わないなあ」と一言。
全く知らない声だった。
「…いや、お前誰だよ」
そう呟くと笑えてきた。
女はスカートを見る。
一目惚れのスカートはやっぱりキラキラとしていて、
女はあっさりヒモを切った。
いくつもの風船が女の部屋の窓から飛び立っていく。
伸び切ったラーメンを啜りながら女はそれを見つめる。
仕事を放棄したピエロだな、と思う。
しかしもう体にヒモは一つもない。操り人形じゃない。
それに私はこんなものを配るほど悪趣味ではない、と女は考える。
「私は風船の殺し屋だ」
風船がなくなりすっきりした部屋で、
女は満足そうに寝転がった。
ゴロゴロと寝転がる。食事後の至高の時間…
が、ふと見ると伸ばした足の近くに、風船が残っていることに気付いた。
その風船は床のすれすれを彷徨うように飛んでいる。
もう少しで潰れてしまうぐらい熟れたトマトのような、真っ赤な色だった。
そういえば、と女は思い出す。
真っ赤な風船は数日前からずっとこの部屋を彷徨っていた。
昨日も一昨日も体に付いてた風船をゴミに出したが、
どうしてか、フラフラと浮かぶその風船は捨てる気にはならなかった。
逃げるように彷徨う風船のヒモを手繰り寄せて、
真っ赤な風船を見つめる。
聞き取れないぐらい小さい声が耳に響いた。
「いつも、ごめん」
…そっか、そっかそっか。
女は少し笑う。
「私の方こそごめん」
そう言うと女はその深い赤を、潰れないように優しく両手に乗せた。
「あ、いや…用事はないんだけど。明日空いてるかなって」
真っ赤な風船は窓から出てゆらゆらと夜空に飛んでいく。
部屋には楽しそうな女の声が響いている。
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