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#note文芸部
虚夢十行 〜傘の夢〜
蒸し暑い曇り空から三角が降ってきた。親指の爪サイズのそれは様々な淡い色で丸い角が頭や肩を優しく叩いてくる。物や人に当たるとそれらは色のみ残して消えるため前を歩くサラリーマンのビニール傘は薄いオーロラに彩られていた。染める事を止められた自分の髪も同じように、という小さな期待をたたえ、前髪に目をやる。あ、と声を漏らす間もなく、透明な鋭角が胸を貫いた。針葉の霜に似た優しさと粉砂糖の切なさが熱となり、内
もっとみる虚夢十行 〜レンズの夢〜
「覚えたからな。お前の顔、覚えたからな」
太く威圧的な人差し指の先が向けられる。
注意しただけで、自分より歳下というだけで唾を飛ばさんばかりに怒鳴る男。相手がわめき散らすほど、こちらの頭は冴えてきて、社名付きの名札をすっかり把握してしまったほどだ。あとでしかるべく所に報告しようと顔を上げる。二階建てを超える車輪がクレーマーも、店も、全て薙ぎ払っていってしまった。真っ白の背景。ガラスレンズがこち
虚夢十行 〜テディベアの夢〜
柔らかな衝撃が顔を打った。思わずつぶった目を開く。手足のくたびれた小さなテディベアが顔面を包み込んでいた。気づけば足元にも大小色も様々なテディベアが辺り一面にいるではないか。愛らしさを感じる風景に無邪気なおかしさが湧き立つ。リボンのついたもの。つぶらな目のもの。ビロード生地のもの。片目の取れたもの。耳のちぎれかけたもの。ふと一体のテディベアと目が合う。それはかつて収集車に吸い込まれた友達。ここは
もっとみる虚夢十行 〜新聞の夢〜
新聞の夢
苦味も酸味も感じられないコーヒーに似たものを喉へと流し込む。新聞紙に似た机サイズの灰色の紙をめくれば、『は』が脈打ち、『事』が滲み霞んだ。読めるようで頭に入らず、読めないようで飲み込める。空白は通気孔。大きく取り上げられた記事より隅の写真が瞬く。かぶりをふり、次のページ。読み取れない記事へと目をやれば、見知らぬ大通りと人だかりに放り込まれていた。さて、あの記事は何について取り上げ
虚夢十行 〜花束の夢〜
すみません、と会釈して私はまた歩き始める。手にはさっき急いで拵えたネモフィラの花束。早く渡さなきゃ。相手のいる場所もましてや名前も知らない。そんな知らないだらけの相手だが、浮かべるたびに、ふつふつとした細波で内側から訴えかけてくる。だから私は歩く。化粧品売り場。魚市場。森。公衆トイレ。規則性のない尋ね旅。湖に浮かぶ線路では相手の陽炎が浮かんだ。花弁の青は滲んで濃さを増す。
急げ片足。もう一度瞬き
虚夢十行 〜絆創膏の夢〜(執筆者:すいか)
絆創膏の端を摘み、右から左へと滑らせれば、三色スミレが沸き立つ泡のように顔を覗かせた。
進ませるたびに現れる蕾は小さな膨らみを綻ばせ、紫や白、黄色の混ざる花弁で表面を覆っていく。青空を映すだけの無機質なガラス張りのビルの間を通り抜ける風。慎ましい三色のロールシャッハを揺らすも、それらを表皮に咲かせた回路や回線の剥き出したオートマトンの砂埃を払い切ることはできなかった。
あとがき(実話)
虚夢十行 〜序〜(執筆者:すいか)
意味を探してしまう。
何気なく置かれたものにメタファーを感じたり、沸騰するケトルの湯気に巻き上げられ消えゆく昨日の夢にしがみつき、示唆するものがあるのではと勘繰って『夢占い』を検索欄に書き込んだりして、意味を探す、いや、もしくは、作りたがる。
私は『私』という形を表面ではしているが、そこに言いようのない不安定さを感じてくる時がある。手を離せば、スライムのように形が崩れ、そのまま床に飛