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おこしものつくりから考えた暮らしの色々と土地との縁。

昨日は『おこしもの』という愛知県の一部に伝わる郷土菓子をお友達とお友達のお母さんから教わりながら一緒に作らせてもらった。

これは桃の節句にお供えする和菓子の一種と聞いた。

たまにスーパーで見かけたことがあったようなが気がするが、作るのも食べるのも初めてだった。


いわゆる郷土料理をその土地に昔から住む人に教えてもらいながら、一緒に作るという機会はとても貴重だなと思った。

色んな年代の人が集い、ワイワイお話しながら作業を進めていくことはとても楽しい時間だった。

初めて会う人もいたが、多くの人は上の子ども達がまだ1歳の時に出会っており、一緒にママサークルをしていた仲間だった。その後それぞれ仕事復帰し、忙しくなり、さらにコロナ禍になり、なかなか会えずにいた仲間だったので、久々の再会の方がたくさんいた。

お互いに久しぶりに会うので、それぞれの子どもの特徴や成長過程で気になっている点や伝えておきたいことなどをそれとなく皆が伝えてくれていた。
私も子どもがどんな感じかはさらっと伝えておいた。

なので、皆が集まった時も、すごく優しく楽しい雰囲気で集うことができた。

いい出会いに恵まれたなと思った。

こういう出会いの種をしっかり撒いておいてよかったなと思った。

子どもの赤ちゃんの頃を知ってくれている人と再び会うことができて、また育児や仕事や生活の色々を語り合って、笑い合える人たちがいることをとても幸せに思った。

過去の自分、グッドジョブ!と思った瞬間だった。


元々、両親が関西出身で、関西で生まれた私は、5歳くらいで関東に引っ越した。私が大学を卒業する頃までは祖父母の家も関西にあったので、私は関東と関西を行き来することが度々あった。
その中間である愛知県はただ通り過ぎるだけのところだった。

大学生になり、愛知出身の人たちと出会う機会があり、愛知(厳格に言えば岐阜だったと思う)でキャンプをしたり、遊びにいったりしたけれど、それでも愛知県は自分の生活にググっと入り込んでくる場所ではなかった。

しかし、結婚し、どういうわけか、愛知県に縁ができ、転居することになった。

それから、約8年が過ぎた。

その間私は、2人の子どもを生んだ。

車社会でもあって、長年のペーパードライバーも克服した。

気がつけば、この土地にだいぶ居ついていて、居心地の良さも感じている。

赤ちゃんだった子どもも小学生になった。

地域や人との色んな繋がりができ、色んな人に助けてもらいながら生活できている。

いつまでもよそ者であると思いながら、でももうよそ者ではなくて、だいぶこの地域の生活者になっているのだなと思う瞬間がたくさんある。

少し話が戻るが、関西出身の母が関西で過ごした時間よりも関東に引っ越してからの時間が長くなった時、驚いていたのを思い出した。「もう30年も関東にいるんやで~。こんなに長く関東に住むなんて思わんかったわ~。」といつまで経っても標準語にはならなくて、いつまでもバリバリの関西弁を話しているのは面白いなと思いながら、聞いていた。

人生って本当にわからない。

何が起きるかわからない。

自分の目標や夢とかそういう漠然としたものはあるけれど、それに縛られすぎると色んなことを制限してしまうことがあるのかもしれないと思う時がある。

これからどこに住むとかどこに住みたいとか考えるけど、そんなこと誰もわからない。

今わかることは、この縁もゆかりも感じていなかったこの土地とふいに縁ができて、その縁が続いているということ。

そして、その縁により、私の今の暮らしが成り立っているということ。

不思議だけど、すごく有難くて、幸せだと思う。

とても素敵な人たちに出会い続けることができているから。

昨日のおこしものつくりを通じて感じたこと。

そして、この土地がまた更に好きになった。


今日も読んでくださり、ありがとうございました。

そら



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