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コロナの幻

コロナ禍は、私たちの日常から、いろんなものを奪っていって、本当に憎いけれど、今まで当たり前だったものが、当たり前じゃなくなってしまって、この先どうすればいいんだろう、ということもある。
例えば、在宅勤務。
通勤時間を自分の時間にできて、どうでもいい用事で気軽に呼びつけられて邪魔されることもなく、無駄な雑談に付き合わされることもない。建前で出席させられている会議なんて、実際に会議場で着席しているだけ、と、オンライン会議に出席しているだけ、では、快適さが、全然違う。こんなの、知ってしまったら、もう、元には戻れない。人によっては、これを、コロナ禍だからといって悪いことばかりじゃない、というのかもしれないけれど、これは、そんな呑気な話じゃないんだ。
僕、知ってるんだ。みんな、会社の方が、仕事しやすいって。管理する側はもちろんだし、される側も、家だとつい仕事をさぼってしまう、とか、小さい子がいるから仕事しにくい、とか、なんだかんだ、出勤した方が都合がいい人の方が、多いんだ。コロナ禍は、本当に最悪だから、一秒でも早く終わってほしいけど、でも、そうしたら、きっと、また、出勤しなくちゃいけなくなるんだ。コロナ禍の間だけつらいなら、それが終わる明日を信じて、頑張れる。でも、コロナ禍が終わると同時に始まる悪夢が予約済み、しかも無期限、って、そんなつらい話があるか。在宅勤務、という、私にとって理想の勤務形態が、一瞬だけ手に入った後で、幻に戻ってしまって、その幻の日々を恨めしく思いながら、残りの会社人生を過ごすのですよ。私も最初は、無邪気に在宅勤務を喜んでいた。ところが、気が付くと、絶望に向かうレールの上を走る列車に、まんまと乗せられていた。コロナ禍の野郎、なんて狡猾なんだ。どっちを向いても、絶望だ。
そんなコロナ禍の野郎に、いいようにされたまま終わってたまるか。今の間だけでも、せいぜい利用させてもらおう。ということで、ツーリングに出発する日は、万事お繰り合わせの上、在宅勤務で、早上がりにした。こんなことする奴がいるから、在宅勤務はダメなんだ、と言われそうな気がする。違います。普段は、ホントにちゃんと仕事してますよ。ちなみに、私の友達は、ある日、オンライン会議に出席しているときに、気が付くと、イヤホンだけ耳につけてベッドの上で仰向けに横たわっていたらしい。その時、これはあかん、と思ったそうな。もちろん、彼は、出勤派です。敵だ。
私は、在宅派なので、そういう隙は見せません。たとえ、今日の5時には仕事を終えて、ツーリングに出発するとはいえ、勤務時間中は、きちんと仕事をしますよ。ええ。ただ、どうしてだろう。今日に限って、あまり調子が良くない。昼ごはんの時に、妻に、今日は集中力が続かない、と言ったら、当たり前だ旅行の出発の日に仕事するなんて信じられない、と言われた。そうなのか。俺、仕事と遊びの区別ができない人みたいになっているのか。それじゃあ、まるで、遊園地で家族を横に待たせたまま延々と仕事の電話をしているオッサンみたいだ。そんなふうになるつもりは、なかったんだけどな。
調子は悪かったけど、予定していた仕事は5時には終わった。5時ちょうどに、躊躇せず、パソコンの電源を切った。
荷造りは、前の日に済ませてあった。当日にならないと準備できない物を揃えるのに、30分もかからなかった。忘れ物はないかな。絶対、何か忘れているぞ。まあ、何とかなるだろう。さあ、出発だ。
夕方の6時前に家を出ると、周りは通勤ラッシュだった。そんな中、小さなボルティに、大荷物を載せて、7月なのに、3シーズン用のジャケットに、オーバーパンツを履いて、汗だくになりながら、バイクに乗る男。自分が、通勤ラッシュ側にいて、そんな男を見かけたら、苦笑いしながら、こういうだろう。今から北海道にでも行くつもりか、と。そして、そういわれたら、今の私は、待ってました、とばかりに答えるだろう。はい、北海道に行きます、と。嫌な奴だ。
そんなことを考えながら、高速道路に向かったけれど、実は、そんなに浮かれていなかった。仕事の調子が悪かったのと同じように、バイクに乗っていても、油断すると、通勤しているような気分になった。今日は、どうしても外せない用事があって、今から敦賀まで行くんですよ、という感じ。昼間は、がんばって仕事して、夕方からは、いっぱい遊んで、というのは、口で言うほど簡単じゃなかった。
仕事終わった後は、すぐに遊びに行く、というのは、どこかで聞いたことがある。なんだっけ。…。思い出した。ワーケーションだ。バケーション先で仕事して、仕事が終わったら、日常を離れてリラックス。リモートワークならではの、新しい働き方。コロナ禍が吐き出した、幻の一つ。最初に聞いたとき、そんなうまい話があるか、と思った。遊園地で家族を横に待たせたまま延々と仕事の電話をしているオッサンを、もっとダメにしたやつにしか聞こえなかった。今回、実際に、仕事が終わって一時間後にツーリングに出発してみて、わかった。あれ、やっぱり、嘘だ。お前のそれは、ワーケーションじゃない、といわれるかもしれないけど、似たようなもんだろ。ワーケーションは、コロナ禍が吐き出した幻じゃなくて、どっかの頭いい人が考えた、それっぽい嘘だ。在宅勤務と違って、少なくとも、私には、関係のない話だ。
敦賀のフェリー乗り場に着いたのは、10時過ぎだった。バイクは、13台、止まっていた。7月中旬の、水曜日の、北海道行きのフェリーに乗るバイクが、13台。多いのか、少ないのか、わからなかった。みんな、今日の昼は、何をしていたんだろう。仕事は、休んだのかな。

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