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のんびりと残り時間

はての浜ツアーが終わって、ホテルに帰ってきた。バイクに荷物を積んで、時計を見た。このままフェリー乗り場に行くと、時間が余ってしまうけれど、どこかに寄り道するほどの時間はなかった。グーグルマップで、ホテルとフェリー乗り場の間の観光地を探した。アーラ浜が見つかった。ネット検索は禁じ手なので、アーラ浜に関しては、場所のことしか、わからなかった。でも、久米島のビーチなら、景色が悪いわけがない。フェリーが出るまでの時間をのんびりと待つなら、こういうところの方がいいだろう。とりあえず、行ってみることにした。
アーラ浜が、あまりメジャーな観光地ではない理由は、きっと、アクセスの難しさのせいだ。ナビを設定したら、曲がり角が何回もある、複雑な道が表示された。覚えるのは無理なので、yahooカーナビの音声の言うとおりに走った。彼女は、いつも完璧さ。
ところが、そんな完璧な彼女は、時々、僕を試すみたいに、冷たく突き放す。今回も、そうだった。
道が、直進すると、未舗装路になるところがあった。舗装された道は、その手前で、左に曲がっていた。彼女は、何も言わなかった。
まっすぐ進む場合は、彼女は、何も言わない。そうだとしたら、この未舗装路を、まっすぐ進めばいい、となる。きっと、そんなに遠くないところに、アーラ浜があるのさ。
でも、道なりに進むときも、彼女は、やっぱり、何も言わない。直進の未舗装路のことを、彼女が、道だと思ってなかったら、この沈黙は、道なりに左に曲がる、という意味になる。個人的には、そっちの方がうれしい。未舗装路を走るのは、あまり好きじゃない。
自分の直感を信じるなら、ここは左折だ。だから、まっすぐ進んだ。私は、自分の直感を、全然信じていない。こういうときは、特に、信じてない。彼女が黙っているなら、彼女を信じて、まっすぐ進む。きっと、200mも進めば、アーラ浜に出るはずさ。
出なかった。
しばらく進むと、未舗装路は、小さな砂浜で終わっていた。アーラ浜がどういうところかは知らないけれど、そこが、アーラ浜ではないことは、すぐにわかった。慎重にUターンして、走りにくい未舗装路を引き返した。寄り道する時間がないからアーラ浜に向かっているのに、こんなことに時間を使ってしまった。これでは、アーラ浜でのんびりする時間がなくなってしまう。浜に着いたら、急いで、のんびりしないと。
アーラ浜は、そこからすぐだった。時間も、のんびりするには、十分あった。
アーラ浜は、左右を山に囲まれた、小さな砂浜だった。もちろん、誰もいなかった。流木の上に腰を下ろして、海を眺めた。
ここで少しのんびりしたら、そのあとは、フェリーに乗って、船酔いして、那覇港に着いたら、そのままレンタルバイク屋に、バイクを返しに行くことになっていた。飛行機に乗るのは明日だけど、ツーリングは、ほとんど終わったみたいなものだった。
距離にしたら、3日もあれば十分な沖縄を、一週間かけてツーリングした。ツーリングの計画は、観光地の滞在時間を長めにしてあったので、どこかの観光地で、思ったよりも時間を使ってしまっても、次の観光地で、簡単に挽回できた。それがわかってからは、観光地でも、あまり時間を気にしなくなった。ツーリングも、最初のうちは、天気に合わせて、計画を変更したり、ジタバタしたけど、後半は、普段よりも、呑気にツーリングできた気がした。そんなふうに、あまり時間を気にしない一人旅をしてみたら、ツーリングをしていない時の自分が、少しでも計画通りに進まなかったら、すぐにイライラしたり、ちょっとでもミスしたら、どうしてうまくできなかったのか、ずっと後悔したり、そんなことばっかりしている気がした。帰ったら、また、ガチャガチャと忙しくなるのか、と思うと、それだけで、疲れた。
いつも、ロングツーリングが終わるときは、もう終わるのか、と思う一方で、体力的に疲れていて、そろそろ終わりにしないと、というのもあって、名残惜しさよりも、やりきった充実感の方が大きい。いつも、ツーリング楽しかったなあ、と思いながら、帰路に着く。
だから、アーラ浜で、流木の上に腰を下ろして海を眺めているときに、帰りたくないなあ、と、思ったのは、自分でも意外だった。今回も、疲れていないわけじゃなかった。充実感もあった。今回のツーリングも、楽しかった。ツーリングは、終わりだ。それは、いい。でも、帰りたくなかった。まだ帰りたくない、じゃなくて、帰りたくない。家には帰りたいけど、ツーリングの前の生活に、帰りたくなかった。
仕事のことは、大好きではないけれど、そんなに嫌いだとは、思っていない、つもりだった。勤務態度だって、モーレツ、というわけではない。どっちかというと、お気楽、だ。だいたい、毎年、有給休暇を5日続けて取るような、ふざけたサラリーマンだ。働きすぎ、なんてことは、ないはず。なのに、それでも、帰りたくないなんて、これは、どういうことでしょう。すぐにはよくわからないけれど、この気持ちは、大事な気がした。胸の奥の、そんなに奥じゃないところに、しまっておこう。そして、時々、取り出して、じっと眺めることにしよう。
さて、フェリーの時間だ。
腰を上げて、バイクに向かって歩いた。
ビュッフェ形式の朝食は、いつも食べすぎてしまうけど、今朝は、いいホテルのビュッフェだったので、それよりもう少し、食べすぎてしまった。フェリーで何が起きるかわからないけど、おいしかったから、悔いはないぞ。

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