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巨大なヤンバルクイナと鉄格子

小さな駐車場にバイクを止めた。駐車場の奥の階段を上った先に、ヤンバルクイナ展望台があった。ヤンバルクイナ展望台は、ヤンバルクイナの形をしていた。それは、巨大だった。その、巨大なヤンバルクイナが、こちらに尻を向けて、二本足で立っているのを、駐車場の階段の下から見上げた。見上げた先は、ヤンバルクイナの尻で、何というか、あまり落ち着かなかった。鳥というのは、ところかまわず、糞をする。この巨大なヤンバルクイナが、もし、もよおしたら、この位置は、とても、まずい。そういうことを想像するくらい、展望台のヤンバルクイナは、リアルな造形だった。
展望台の前に回り込んでみた。海をまっすぐに見つめる、巨大なヤンバルクイナの顔が見えた。見れば見るほど、よくできていた。くちばしは、細かいところまで作りこんであって、体の羽の模様も、一つずつ、丁寧に書き込まれていた。本物のヤンバルクイナは見たことがないけれど、この巨大なヤンバルクイナが本物を忠実に再現していることは、疑いようがなかった。
巨大なヤンバルクイナは、展望台、ということになっていた。ヤンバルクイナの横に、コンクリートでできた四角い建物が、無造作に取り付けてあった。建物の中には、コンクリートの階段だけがあった。階段は、薄暗くて、埃っぽかった。階段を、3階分くらい上がると、そこが、ヤンバルクイナの胸の部分にある展望台につながっていた。
展望台は、小さなコンクリートの部屋だった。海に向いて立つヤンバルクイナの胸のところに、窓が開いていた。窓は、横に長くて、上下が狭くて、太い鉄格子がはまっていた。その窓から、遠くまで続く砂浜と、その先に、辺戸岬が見えた。良い景色だった。良い景色ではあるけれど、あまり、展望している気がしなかった。どちらかというと、隙間から、無理して覗いている気がした。
小さなコンクリートの部屋には、背中側にも、同じような、横長の、太い鉄格子のはまった窓があった。そこからは、深い緑の森と、その向こうに、大きな岩壁のような山が見えた。良い景色だった。良い景色ではあるけれど、やっぱり、あまり、展望している気がしなかった。
コンクリートでできた何もない小さな部屋で、細長い窓にはまった鉄格子の隙間から外の景色を見ていると、この部屋に閉じ込められている気がした。オイラ、いつか、あの、窓の向こうの岬に行ってみたいんだ。いい子にしていたら、いつか、ここから出られるかな。なぜか、物心がついたときから、ずっと、この部屋から出たことがない設定になってしまった。
小さなコンクリートの部屋の展望台を出て、ヤンバルクイナ展望台の前の、普通の展望台から景色を眺めた。そこからは、ヤンバルクイナの胸の窓から見えたのと、だいたい同じ景色が見えた。遠くまで続く砂浜と、その先の辺戸岬を眺めた。良い景色だった。開放的で、清々しかった。後ろには、海をじっと見つめる、巨大なヤンバルクイナが立っていた。
この、ヤンバルクイナは、展望台としては、失敗だ。景色が、展望できない。でも、ヤンバルクイナの像としては、大変よくできている。その点に関しては、愛のような、狂気のような、突き抜けたものを感じた。
もしかすると、これを作った人は、最初から、展望台のことなんか、考えてなかったんじゃないか。とにかく、大きなヤンバルクイナの像を建てたかった。でも、展望台に、せざるを得なかった。いわゆる、大人の事情、というやつだ。胸に、意味のない穴を開けたときは、悔しかっただろう。今からでも遅くない。胸の窓も、背中の窓も、ふさいでしまえ。これは、ヤンバルクイナの、巨大像だ。そう、宣言してしまえ。そうしたら、一周まわって、きっと、みんなに認められる。そして、この素晴らしい作品を、大人の事情で展望台にしてしまったやつらを、見返してやるんだ。あなたの熱意は、きっと伝わる。
もし、胸と背中の窓がふさがったら教えておくれ。僕は、もう一度ここに来るよ。約束だ。
それまでは、たぶん、二度と戻ることはないです。

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