見出し画像

苦労をすれば報われる

鳥の口、というのは、変わった形をした岩のことで、それだけ、といえば、それだけ。でも、それだけでも、行く時間があったら、見に行く。それが、観光というものだ。
トクジム自然公園の小さな駐車場に、バイクを止めた。鳥の口に向かって、遊歩道を歩いた。遊歩道は、海沿いの、崖の稜線に沿って続いていた。道は、背の高い草に囲まれていた。景色は、あまり見えなかった。ところどころ、草が生えていないところがあって、そこから、時々、海が見えた。海の向こうに、鳥の口も見えた。鳥の口は、その、変わった形の岩が、鳥のくちばしのように見えることから、その名前がついている。でも、鳥のくちばしというより、スパナみたいだった。
遊歩道を進んで、草の生えていないところから海を見るたびに、その向こうに、鳥の口が見えた。見える景色は、毎回、ほとんど一緒で、鳥の口は、近づいた分だけ、少し、大きく見えた。遊歩道の向かう先から推測すると、この先、進んでも、見えるのは、もう少し大きくはなるだろうけど、きっと、鳥の口だけだ、というのがわかった。ここに来た目的は、鳥の口の観光だ。そういう意味では、鳥の口は、もう見た。鳥の口というより、スパナみたいだった。以上、観光、終わり。もう観光は終わったのに、この遊歩道をどこまで進むのか、少し考えた。この先、進んでも、たぶん、同じような景色が見えるだけだろう。でも、もしかしたら、すごい景色が見えるかもしれない。そこに遊歩道があって、先に進めるなら、時間があれば、進む。それが、観光というものだ。
先に進むと、やっぱり、同じような鳥の口が、何回か見えた。少し大きく見えるけど、新しい発見はなかった。遊歩道の最後は、上りの階段になっていた。階段は、岩場の上に続いていた。その先に、展望台のようなものが見えた。展望台は、ずいぶん上の方にあった。上るのは、楽ではなさそうだった。展望台へ続く階段は雑草に覆われていて、あまり人が通った気配がなかった。それに、マップルに載っていた鳥の口の写真は、さっきまで見ていた鳥の口の写真だった。もっと良い景色があるなら、そっちの写真が載っているはずだ。これらの条件から推測すると、たぶん、あの展望台からは、大した景色は見えない。そう思った。
でも、あの展望台は、鳥の口の反対側にある。もしかしたら、鳥の口の、すごい景色が見られるかもしれない。それに、高いところからは、良い景色が見えることになっている。そこに展望台があれば、行く。それが、そう、観光というものだ。
背の高い草をかき分けるようにして、階段を上がった。石を積んでできた階段のすぐ近くまで、密集した草が生えていた。不意に、ハブがいるんじゃないか、と不安になった。おきなわワールドで、ハブのショーをやっていたお姉さんが、ハブは、普通に、その辺にいます、と言っていた。でも、お姉さんは、こんなことも言っていた。ハブは、温度に反応して獲物に飛びつくので、足元は、ブーツなどを履いて、体温が表に出ないようにすれば、大丈夫です、と。ショーで、お姉さんは、それを実証するために、お湯を入れた風船を、ハブの前にかざして、噛みつかせようとした。怠け者のハブは、ピクリとも動かなかった。だから、ショーを見る限りでは、お姉さんの言っていたことが、本当かどうか、わからなかった。でも、お姉さんは、間違いなくそう言ったのだ。私は、バイクのブーツを履いていて、ふくらはぎの真ん中くらいまで、しっかり覆っている。だから、ハブは、大丈夫だ。ね?お姉さん。
お姉さんの後押しを受けて、ハブの恐怖と戦い、生い茂る草をかき分けて、階段を上った。展望台に着いたときには、汗だくだった。その展望台は、草に覆われていて、やっぱり、景色はあまり見えなかった。何より残念だったのは、鳥の口が見えないことだった。草に隠れて見えないのではなくて、展望台の位置からは、鳥の口が、視界に入らなかった。全然見えないとは、思わなかった。なんで、こんなところに展望台を作ったのか。
こんなこと言うと、負け惜しみに聞こえるし、実際、負け惜しみだけど、私には、こうなることは、わかっていた。だって、階段草ボーボーだし。でも、展望台があれば、行く。それが、観光というものなのだ。悔いはない。悔いはないぞおっっ。
それなりの結果を得るためには、それなりの苦労をしなければいけないのは、当然だ。でも、苦労さえすれば、必ずそれなりの結果がついてくるわけじゃない。苦労の仕方が間違っていたら、結果には、つながらない。
展望台の草の隙間から、海の景色を少し眺めて、草ボーボーの階段を引き返した。石でできた階段は、高さも、大きさも、ばらばらで、下りるのが難しかった。足元に注意しながら、草をかき分けて、ゆっくり進んだ。展望台から少し降りたところに、草の生えていないところがあった。顔を上げると、眼下には、ここまで歩いてきた風景が広がっていた。その景色は、素晴らしく、きれいだった。
これが、観光というものだ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?