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朱鳥 蒼樹 掌編選

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掌編小説を集めました
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#創作掌編

守り神《創作掌編》

 うっすらと東の空が明るくなる頃、僕は人が一人余裕で入ってしまいそうな大きなトランクを持って外へと出た。石畳を踏む音は僕以外にない、まだまだ町は眠りの中だ。
 僕は振り返って今しがた出てきた門を見上げた。黒いカラスと小さなスズメが鳴き声も上げず静かにこちらを見下ろしている。門に掲げられた聖なる印も色を失って黙っている。生命の呼吸が聞こえないこの場所で今動いているのは僕だけ。僕はこの時間にしか動けな

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無常と願い《創作掌編》

生は刹那的
終わりがいつ来るとも知れない
少しでも永くあれと
願わない者はいないだろう

しかし、生が一定不変のものであれば?

終わりの見えぬ生を
少しでも永くあれと願うだろうか

無常の世を生きるから
願いが生まれる
限られた時間の中
私たちは祈るのだろう

《灰蜘蛛ノ手記》

傘の花《創作掌編》

その日は曇り空だった。灰色の雲に手が届きそうなほど低く、タメ息がまとわりつくような雨模様。

――心が弾むおまじない、かけてあげるね。

そこに現れた小さな泡吹きさんは、持っていた小さな筒を吹い上げた。

ぷくぷくぷくぷくぷく

中空に舞い上がった泡が雨に当り弾けて落ちる。

重い雫、
軽い雫。

その雫を受ける大地にはとりどりの花が咲いていく。花弁に弾かれた水が奏でる音楽は優しく、まとわりつくた

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喫茶室の片隅で…《創作掌編》

カッフェで一息つひてゐる時であった

私は壁に近ひ一人掛けの席につひて、ウインナ珈琲を飲み乍らぼんやりと向かひの席を見てゐた

(電球が切れてをる)

其の席は横に四つ並んだ席の左から三つ目、一番左の席も心なしか照明が暗く思はれた

(誰もおらぬ)

私は電球灯らぬ寂しひ席を眺める
佇む椅子の背が泣ひてゐるやうだった

誰も其の声に気がつかぬのだ

サックスの物憂げな歌が響く其処は
底知れぬ寂寥を

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芸術者とは《創作掌編》

創ることとは戦うことと見つけたり。

技量、技法、巧拙……。
最高峰の戦いにおいてこれらはさして役に立たぬ。皆々がそれぞれに持っているものにどうして優劣をつけられようか。

創作とは謂わば自分との戦い。誰に何と言われようと己を貫き、血反吐を吐きながらも、完成の時まで進むこと。

ここに二人の絵師がいる。

魂の叫びを自分の命を、己の全てをかけた絵で人々を魅了する絵師が一人、

巷間の美を追究し、人

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こころうり(創作掌編)

こころうり(創作掌編)

 『当店で販売致しております《こころ》は非常に繊細でございます。ご購入をお考えの方は以下の点にご注意ください。

  1、割れ物注意、天地無用
    お持ち帰りの際は十分お気をつけください。

  2、手作り品のため所々に綻びがございます。
    あらかじめご了承ください。

  3、初期不良以外での返品・交換はできません。

  4、オーダー品のお届けには
    お時間をいただいております

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DeathMask(創作掌編小説)

DeathMask(創作掌編小説)

 幼い頃、貴方はこんなことを言われたことはあるだろうか。

 「自分がやられて嫌なことを他人にしてはならない」

 こんな言葉、詭弁だ。例え自分がこの言葉を守って正直に生きていたとしても、他者が自分と同じように守ってくれるとは限らない。よりよく生きるために己に課したルールがある日突然僕を裏切ることだって考えられよう。僕の首をキリキリと絞め上げて、どうだ痛いか、苦しいか、と嘲笑する。その表情を想像し

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