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学生時代、『哲学の道』のそばに住んでいた。

哲学の道の傍らには、用水路が流れている。
水面に桜や紅葉の葉が流れると、それはもう、美しい用水路だ。

しかし、『哲学の道』と名付けられた道の先にも、用水路は続いて流れる。『哲学の道』の続きなのに、『哲学の道』とは呼ばれない、その『なんでもない道』。

日中は観光客がごった返す『哲学の道』に対して、その『なんでもない道』は犬の散歩やウォーキングする近所の人くらいしか歩いていない。

夜ともなると、より人通りは少なくなる。

そんな『なんでもない道』を夜な夜な、散歩するのが好きだった。
『哲学の道』と同じ用水路が流れている『なんでもない道』。そこになんの差があるのだろうか。

これこそ「哲学だ!」

学生時代の私は、そんなこと思いながら歩くのが、心地が良かったのだ。

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昨日の晩、大雨が降った。

私は毎日、家からオフィスまで自転車で通っている。仕方がないのでオフィスに自転車を残し、トゥクトゥクを呼んで帰宅した。

雨上がりのプノンペンの朝は涼しい。

自宅に自転車がないのに、気がつき、悩む。

運動不足なので、歩いたほうがいいのはわかっている。しかし、『忙しい』を言い訳にして、トゥクトゥクを呼ぶべきが考えていたのだ。

「あまり歩きたくはないなぁ。」

そうも思いながら、家の前を歩き出す。

我が家は、ノロドム通りとスティアロス通りというプノンペンの目貫通りの間だにある、バサックレーンという地区の中にある。トゥクトゥクドライバーも迷子になるくらい、ちょっとした迷路のようになったエリア。

車通りも少なく、散歩をするのはもってこいの『道』なのだ。

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スマホを見ながら歩く自分がいたのだが、「それじゃダメ」なきがして、そのアプリごと消去する。

「ここ最近、気分が冴えない。忙しいからのだろうか?

とても仕事には恵まれているのに、モチベーションが上がらない。

自分の思うような結果が得られない気がする。。。

何かに焦っている。」

歩いても、あまりいいことは頭に浮かばない。
平凡な人生の、平凡な悩みばかりだ。

人とは違った生き方をしたくて、ここまでやってきた。しかし最近、自分の凡庸さにうちのめられそうになっている。

気分がいい時の散歩は、本当に心地が良いものだろう。
しかし、気分が悪い時の散歩ほど、悪いものはない、、、と思っていた。

ところが、頭の中にはろくなことしか浮かばないのだが、思いとは裏腹に、気分と身体は軽くなった気がしてくる。

人間の体は、自分で思う以上に単純なものかもしれない。

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はっきり言おう。以前出した、グッドデザイン賞が落選した。。。
Facebookのタイムラインを見ると、友人たちの受賞の報告が流れる。

とりあえず、歩きながらFacebookアプリは消去。

悔しい。

自分が今歩いている道は『なんでもない道』なのかもしれない。とはいえ、その傍らの用水路に流れてくる桜の花びらは、同じものだ。

そんなことを思い出しながら、散歩をしてみる。

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