見出し画像


一日の営業が終わりコラフを出て歩き出した陽菜に、横からぬっと現れたクボが、おぅ。と声をかけた。手にはうまい棒が握られている。
ゆっくりと歩みを進める陽菜のそばにクボは体を寄せ一緒に歩き出すと、一本どうだ?とタバコを差し出すような仕草でうまい棒を陽菜に向けた。
クボが差し出したうまい棒を陽菜は見つめる。たこ焼き味。。納豆味、売ってなかったのかな。。
喉が少し渇いていたことと今はたこ焼きな気分ではなかったので陽菜は少し微笑みながら丁重にクボからのうまい棒をお断りした。
夜の仙台はまだ少し肌寒い。クボさんは黒い無地のシャツの上に中国とも日本とも、どちらにも寄せた様なデザインの龍や漢字の様な刺繍がされたジャケットを羽織っている。
固く結ばれた髪の毛は同世代の女性達の様に巻いたり染めたりせず、そんなもんなんぞ興味はない。と、生まれたままの状態を維持しているようだ。
そんな遠めに見れば少し凛々しくも見える女性が、たこ焼き味のうまい棒を隣で食べている。クボさんはへんてこだ。自分のこと「わし」とか言うし。
店から少し歩いた辺りでクボが陽菜に話しかける。
「なぁ、新人、きみはカレーがすきなのか?」
陽菜にとってはもう当たり前の様なものだがクボはアルバイトを始めてからずっと陽菜の事を新人と呼ぶ。
クボが陽菜の事を名前で呼ばない理由が陽菜の成長を認めていない為なのか、単にふざけているだけなのかはもはや陽菜にとってはどうでもよかった。
クボさんはクボさんなのだ。
「クボさん。クボさんは水無月コウタロウって知っていますか?仙台出身の小説家。その人が書いた小説にカレーがでてきて、わたし、そのカレーが好きなんです。野菜カレー。」
それを聴いたクボはどうにも解せないというように眉間にきゅっと皺を寄せたかと思うと
「カレェ。。」と呟いた。
自分が何か変な事を言ってしまったような感覚に陥った陽菜は、クボの顔をちらと見て、なんですか、と弱弱しく言葉を返した。

「新人、今から、わしは、君の家に行かせてもらうことにする。」

あまりに予想外な言葉をしかしクボは堂々とはっきり陽菜に放った。
なんでですか。といいかけた陽菜だったが、クボには言っても無意味な気がしたし抵抗する元気もなかったので、そうですかと呟いた。
クボさんは、クボさんだ。

「ナポリタンってのはな、日本食なんだよ。」唐突にクボはそう言った。
「パスタを使ってるだろ。あれが間違い。いや、誤解の種。新人はチキンライスを知ってるだろ?ケチャップライス。考え方は同じなんだ。
米をパスタに置き換えただけ。だけど、ナポリタンって名前とパスタってだけでなんだか外国の食べもんみたいに見えてきてしまう。正体は屋台で売っている焼きそばとなんら変わらないんだ。」
クボは目の前の道路の先の先をじっと見つめながら淡々と少し熱をもった口調で話した。
「わしはパスタ料理の中ではペペロンチーノが好きなんだ。正確にはアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ。具材はニンニクと鷹の爪、
オリーブオイルをパスタの湯で汁で乳化させ、それをソースとして扱っているシンプルなものだ。少ない素材で勝負する。この料理は出来栄えで作り手の腕が分かる。」
「、、クボさん、詳しいんですね。」
陽菜の返す言葉をよそにクボは表情を変えずに話を続けた。
「パスタにも色々な形や細さがある。マカロニサラダのマカロニもグラタンに入れられているペンネも全部パスタさ。新人もよく見るだろう?棒状の長いやつ。あれがスパゲティ。
まぁ、正確には麺の太さによって更に呼び方も違って来るんだが、ペペロンチーノもナポリタンもどちらもスパゲティと呼ばれるパスタを使っとる。
だがな、新人。ナポリタンにはペペロンチーノの様に料理としての質やこだわりが見えない。ナポリタンはケチャップで炒めただけ。味気がないから具を足した。が、ペペロンチーノは少ない食材ながら完璧な比率をもって料理として存在している。ナポリタンはパスタ料理としてスパゲティを使っているがあれは素材を生かす事を考えてない偽者だ。だから、わしは、ナポリタンが、嫌いだ。」
「そう、、ですか。。」
どうしてこの人は突然こんなにも語りだしたのだろう。でも、クボさんはナポリタンが嫌いで、ペペロンチーノが好きなんだと陽菜は認知した。
「なぁ新人、そのカレーっていうのには、明瞭なこだわりはあるのか?」
クボは点滅しかかった信号の前で足を止め、陽菜をくっと見つめた。
いつも飄々としていたりよくわからない人なのだが、突然の真剣な表情に陽菜は動揺とちょっとの怖さを感じ口元をきゅっと絞めてクボを見返した。
「私は、難しい事はわからないけど、カレーは、とっても美味しいですよ。。」一瞬の沈黙の後陽菜はクボに言葉を返す。
クボはその言葉を聴くと理解したともそうでないともとれる微妙な表情をしてから目線を正面に戻し、ふぅ。と息を吐いた。
信号をクボと二人で待っていると道路を挟んだ向かい側に、あのインドかネパールか分からないコンビニ店員が立っていた事に陽菜は気付く。
彼の隣には彼よりも少し背の高い顔立ちのいい女性が立っていた。内容までは分からないがどうやら日本語で互いにやり取りをしているようだった。

〇信号が青に変わりました○

信号機から流れる若い男性のアナウンスが耳に入り、陽菜はクボと共に再び歩き出した。
弾む会話を楽しむ二人とすれ違い、反し妙に黙りこくったクボとそれを気にしないフリをしている陽菜は自宅へと到着した。

自費出版の経費などを考えています。