見出し画像

システムインテグレーターとエンタープライズSaaSの交差点

こんにちは、相良です。日本と東南アジアを拠点にシードスタートアップへの投資を行うジェネシア・ベンチャーズでキャピタリストをしています。

SaaSを愛する多彩なメンバーが寄り集まって誕生したブログリレー企画 #SaaSLovers にお声掛けいただいたので、国内SaaSの黎明期にあたる2013年から2018年にかけて在籍したTreasure Dataで運良く積み上げた事業経験とVCとしての視点を織り交ぜつつ、予てからぼんやり考えていた掲題のテーマについて筆を執ってみたいと思います。

要旨は以下の通りです。

ITサービス市場においてSaaSのプレゼンスは依然として小さく、飛躍的な成長ポテンシャルがある。SaaSのGo-To-Market戦略はSMBかエンタープライズかの実質二択で、現在はSMB向け、もしくはSMBでマーケットエントリーして中長期でエンタープライズを狙うスタートアップが多い一方、初手からエンタープライズを意識したハイエンドSaaSがもっと増えてくると面白いし、ひいては社会全体のDXを大きく後押しするものと思う。現状のSaaSスタートアップには無くエンタープライズソフトウェアの市場に厳然と存在する鉄の掟は「役務の有償提供」であり、その点を突き詰めるとSIer(システムインテグレーター)とSaaSプレイヤーの境目が融解する世界線の到来は十分に推測できる。エンタープライズに寄れば寄るほど、SaaSはSoftware as a ServiceからSoftware and a Serviceへとその様相を変化させる。

ITサービス市場の大きさと、SaaS市場の現在地

これだけSaaSがポピュラーになってきた今、感覚的にはIT市場全体の中で大きな割合を占めているような錯覚に陥りがちですが、実はITサービス市場(5兆6,664億円/2018年)の大きさに比べれば取るに足らない規模(4,798億円/2018年)にしか成長していません。比率にしてたったの8.5%です。十分の一の規模にも満たない。

画像1

ITサービス市場って何、というとシンプルにシステムインテグレーター各社の売上を合計したミクロの市場を指しています。つまり、SIerが提供するハードウェアやミドルウェア、ソフトウェアに人月稼働分を加えた収益だけで5.6兆円の市場規模があるということですね。巨大産業、とラベリングするに値する規模だと思います。

界隈の方々がSaaSをどのように見ているかはわかりませんが、個人的にはITサービス市場の構成要員であり、従来コンピューターメーカーやSIerが提供してきた(あるいは提供できなかった)モノ売り+人月ビジネスをクラウド型でサブスク化して持続可能なモデルに昇華しているプレイヤーという見方をしています。IaaS、PaaSの上位レイヤーとしてのSaaSですね。この感覚は前職Treasure DataがマネージドデータベースをSaaSとして提供販売する商売だったことと決して無関係ではないと思います。

SaaS企業のGo-To-Market戦略

さて、SaaSは何をやるかが決まればあとはGo-To-Marketが全てと言っても言い過ぎではないと思いますが、実質的に取り得るオプションとしてはSMBかエンタープライズかの二つしかありません。言い換えれば、手を掛けずに安く売るか、手を掛けて高く売るかの二択ということです。

SaaSには「死の谷」というものがあり、安くもなく高くもない中価格帯(ACVで200万円周辺=MRR15-20万円)のプロダクトは顧客獲得コストと一社当たりから得られるLTVのバランスが取りづらい(ユニットエコノミクスが合わない)ため持続可能性が見出しにくいです(この価格帯では必ず成功しないというわけではなく、あくまで総論として)。

画像2

Low Frictionで手を掛けずにSMBを美しく刈り取れるSaaS企業も中には存在しますが、戦略構築は容易い一方で実行難易度が最高レベルに高いため、低単価&省力営業志向でスタートしたもののプロダクトの磨き込みやターゲティング精度が十分でなく、顧客獲得に小さくないコストをかけてしまう状況が続いた結果(販売手法の型化が思うように進まなかった結果)として中規模以上の営業体制を構築して単価を上げる方針にシフトせざるを得なくなるスタートアップは少なくないように感じます。

製品選定の基準を人に求めてしまう商習慣がこれまで根強かった日本のマーケットであればなおさら、ですね。じゃあどうすればいいかと言えば結論はシンプルで、初手からエンタープライズを意識した事業戦略を立てよう、ということになります。

画像3

とは言いつつ、受注サイクルが1年を超えてきたり導入にあたっての条件の一つに「他社事例」が含まれたりするエンタープライズにいきなり攻め込んでもかなりの消耗戦・兵站勝負になることは必至なので、現実的なGo-To-Marketは以下のようなステップを踏むことになると思います。

1. エンタープライズ攻略の布石となり得るKOL(Key Opinion Leader)企業(多くの場合メガベンチャーや新規上場会社)をリストアップし、ABMで攻略する。

2. KOL企業への導入事例とISMS/ISO 27001の認証を引っ提げてエンタープライズの中でのアーリーアダプター企業を5社-10社程度獲得し、カスタマーサクセスの過程で必要機能と価格テーブルを練り込んでいく。

3. ミドルレイター企業をABMで刈り取るとともに、Single Sign ONやAudit Log、Role-based Permission(権限管理)等のセキュリティー機能を追加して既存顧客のアップセルを積み上げる。

SIer(システムインテグレーター)のこれまでとこれから

上記のドミノを倒す過程で、SaaSスタートアップに立ちはだかる大きな壁が二つ存在します。「プロダクト単価の壁」と「役務提供の壁」です。一つ目のプロダクト単価の壁は、どれだけ上位機能を実装したところで、ピュアなプロダクトだけで積み上げられる単価には限界があるということです。

またユーザー企業としても、SIerへの(継続利用型ではない)スポット発注が常態化し、そのための予算構成が慣習化しているという事情から、要件に応じてお財布を使い分けたい(あるいは金額を柔軟に配分したい)というニーズを持っていることは容易に想像できます。

二つ目の壁は役務、つまり人月サービスのことですが、SaaS企業がいくら魅力的な機能を詰め込んだ完成度の高いプロダクトを実装しても、エンタープライズはそれだけ(プロダクト単体)で購入を決定することはほとんどないという実態があります。

ほぼ例外なく、導入支援(いわゆるインプリ)やアフターサポート、運用代行、既存システムとのインテグレーションやカスタマイズ等、広範に渡る役務の提供を求められます。そして従来、パッケージ型のソフトウェアやハードウェア、ミドルウェア製品の開発を手掛けるメーカー/ソフトウェアベンダーはこの機能をSIerに外出しすることで高い利益率を担保してきました。

この役務提供機能においてSIerの果たす役割は甚大であり、冒頭に挙げた数兆円のマーケットの大半はここに帰着します。ITサービス市場は文字通りサービス(役務)によって構成、成立しているということですね。この辺りは大手SIer各社の決算資料を見てみるとわかりやすいです。

画像4

上図はNTTデータ社のIR資料からの引用ですが、「製品及びサービス別」の明細を見てみると2兆2,400億円(2020年度通期予想)もの売上が役務によって構成されています。一部、純粋な自社プロダクトの売上が含まれていると思われますが(「統合ITソリューション」に包含?CAFISのネットワーク利用料もここに入るのかな)、その大半が役務、サービスの提供によって賄われていることには変わりがありません。

クライアント業種も公共インフラや金融、製造流通という調べるまでもなく巨大なマーケットに照準を絞っており、数年〜10年スパンで数億〜数十億円という案件を効率よく獲得、差配している絵がクリアに浮かび上がってきます。また、いわゆる2025年の崖問題に際してレガシーシステムの「モダナイズ」が行政によって要請、推奨されている状況に鑑みると、向こう5年程度は従来型SIビジネスの活況が続くものと思われます。

ただし、絶好調に見えるSIer各社も中長期の視点で見ると決して盤石とは言えないように思います。規格化されたハードウェアやパッケージソフトウェアを仕入れて販売する(資産計上した上で5〜10年単位で減価償却する)、あるいはスタンドアローンの基幹システムを相当の人月をかけてフルスクラッチで開発し、技術的負債を認知しながら絆創膏を貼り続けていくスタイルは、社会の変化スピードが速く外部環境や顧客ニーズが短いサイクルで移ろいゆく時代に適合しないためです。

また、受託商売というビジネスモデル上、ユーザー企業が圧倒的上位というパワーバランスが厳然と存在することで、オペレーションや業態そのものを痛みを伴いながら抜本的に変えていくような提案をしづらく(本来のDXはこうした要件を含むはず)、仮にできたとしてもスキルセットが不十分でデリバリーにまで至らないというイノベーションのジレンマがあります。

画像5

もう一つ、個人的に最も負が大きいと感じているポイントは契約形態です。契約(基本契約後の個別契約)時点で策定する要件定義書に基づいて稼働工数を計算し、それに人月単価を掛け合わせて契約金額を決めている一方で、その品質や要件定義書に表しきれない行間の揺らぎ部分に関してユーザー企業からリクエストが入った場合にはOKが出るまで追加の工数を無償で稼働せざるを得ないという形態。これは明らかに構造的欠陥であり、委任請負契約(SI型)→利用契約(SaaS型)へのシフトが社会的に必要とされる大きな理由でもあると考えています。

Software as a ServiceからSoftware and a Serviceへ

SaaS企業、SI企業それぞれの課題(壁)を詳述してきましたが、結論としては各々のデメリット(課題)を解消しつつ同時にメリットを担保する折衷案を組めれば大きな商機に繋がるのではないか、そうしたスタイル・スケールでSaaS事業を立ち上げられないかという提唱をしたいと思っています。

具体的には、役務の提供を有償で積極的に請けながら(Professional Service)、その過程で得られるフィードバックをプロダクトに還元して一社あたり顧客単価の最大化を目指すエンタープライズ向けのSaaSビジネスが増えてくると面白いと思います。

SaaSは、ユーザーとの嘘のない関係を構築、維持することで継続収益を得る(機能だけでなく体験や関係性を売り、その見返りとして継続収入を得る)という美しいビジネスモデルであり、矛盾のない持続可能な事業体である一方、プレイヤー側(投資家含)がややもするとモデルとしての美しさに固執してしまうキライがあるように感じることもしばしばなので、上記内容に共感していただける、清濁を併せ飲む胆力を持った大人な起業家の方がいるようでしたら、ぜひ一緒に重厚長大な既存産業をSaaSでアップデートしていきましょう!

Software as a Service改めSoftware and a Serviceで、ARPA1億円×100社で100億円の売上をつくるという前人未到のチャレンジをしてみたい起業家の方からのお声掛け、切にお待ちしています。

最後に、もしよければ Team by Genesia. にご参加ください。私たちは、このデジタル時代の産業創造に関わるすべてのステークホルダーと、一つのTEAMとして、本質的なDX(デジタルトランスフォーメーション)の実現を目指していきたいと考えています。TEAMにご参加いただいた方には、ジェネシア・ベンチャーズから最新コンテンツやイベント情報をタイムリーにお届けしていきます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?