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【二次創作小説】クロノスタシス


 あ、クロノスタシスだ。


 この言葉を知ってから、その現象を目にする度にそう思うようになった。


 クロノスタシスとは進んでいるはずの時計の一瞬止まって見える現象のことを言う。それは秒針だったり、デジタルなら秒数だったりするけれど、誰もが経験したことあると思う。


 たった今、俺も経験した。


 休日の昼下がり。ベッドから上半身を起こして、掛け時計を見た瞬間のことだ。


 せっかくの休日をまたもや半日寝て過ごしてしまった罪悪感の足枷を引っ張りながら、緩慢な足取りで洗面所へ向かう。鏡を見てみると、酷い顔の俺が映っていた。元々寝起きすぐに顔面は良くない方だが、それだけが理由じゃない気がした。


 別に人生に絶望をしているわけじゃない。だからと言って幸せと心から言える生活を送っているわけでもない。それ故にこのような小さな嫌なことが俺を幸せから遠ざけている気がするのだ。


 顔を洗ったところで心の汚れは落ちないが、少なくとも皮脂の汚れは落ちる。そう自分を鼓舞して、なんとか洗顔を終える。


 枷が取れないままの足を引きずって、一人用のソファに腰を勢いよく腰をかけた。バネの軋む音が静かな部屋に響く。


 まだ眠気が取れきっていない頭を背もたれに預ける。


 今日はなんだか懐かしい夢を見た気がした。一体どんな夢だったろうか。思い出すことができないが、その懐かしいという感覚だけは頭に残っていた。


 夢は見たという記憶しか残っていない時点で忘れてしまったも同然だ。内容がうっすらとでも覚えているならば救いようがあるのだが、感覚だけとなればどうしようもない。思い出すことは不可能だろう。


 仕方ない、空腹を満たそう。


 部屋の中でさえも歩くのは億劫だったが、「腹が減っては戦ができぬ」というやつだ。背に腹は変えられない。


 キッチンへ体を運ぶ。ここまでで疲れた。さすがに何かを作る気力はない。何かとりあえず口に入れるものがあればいい。そう考えながら冷蔵庫を開けるが空だった。試しに冷凍庫も開いてみたが、空だった。


「……マジで言ってんの?」


 部屋には俺一人しかいないが、疑問系の独り言が漏れた。もはや独り言かどうかも怪しいし、誰に聞いてるのかも分からなくて頭がおかしくなりそうだった。


 二度目になるが、腹が減っては戦ができぬ。買いに行くしかない。


 幸いにも昨日はジャージのまま眠っていたので、着替える面倒は避けられた。寝癖は……まあ、気にならない程度だろう。問題ない。俺は財布と鍵だけを持って、アパートを飛び出る。階段を降り、一階の駐輪場を抜けると秋にしては強い日差しが俺を襲った。


 手で太陽光から目を守りながら、空を見上げてみる。夏に戻ったかのような高い空。雲ひとつないその空を、近くの空港から飛び立ったと思われる飛行機が進んでいる。点滅しながら小さくなるその姿は、進む道が決まっており輝いているように見えた。どうやら俺は飛行機に嫉妬しまっているらしい。馬鹿げた話に笑えてきた。


 昼下がりということもあり、コンビニの弁当の棚は寂しかった。しかし特に何が食べたいなどの希望はなかったので、ある中から弁当を一つとおにぎりを二つだけ買った。コンビニを出た後に飲み物を買い忘れたことに気がついたが、まあ水道水でいいだろう。カルキ臭い水道水は嫌だが、今コンビニへ引き返す方がもっと億劫だ。


 帰り道は河川敷を通る。小さい子供や中学生らしい子たちが各々遊んでいた。その姿が今日の日差しのように眩しく、思わず目を背けた。その視線の先には並木があったが、ある一本の下にいる女性に目が止まる。


 紺色のサロペットに黄色いシャツ。ゆったりとした服だが、背が高く見える。一つ結びにしている髪は下ろすとかなり長そうだ。彼女はキャンプ用の小さなパイプ椅子に座り、スケッチブックを片手に持っていた。河川敷の風景と画用紙を交互に見て、手を動かしている。


 その光景に、俺は今朝見た夢を思い出した。


 放課後、誰もが帰った美術教室で自分だけが残っていた。納得するまで描き続けた。あの日々の夢だった。


 もしかしたら夢ではないのかもしれない。俺が忘れようとしていただけで、忘れられていないだけだ。夢だと思おうとしていたけれど、できなかっただけだ。


「どうかなさいました?」


 足を止めて見ていたので、彼女がそれに気づいてしまった。彼女からすれば、得体の知れないスウェット姿の男に見られているのは気味が悪いだろう。簡潔に答えて、早く立ち去ろう。


「いえ、これだというものが俺にもあったんだと思っただけです」


 彼女はきょとんとした顔だったが、俺は軽く会釈をしながらその前を通り過ぎる。


 止まっていた秒針が進んだ気がした。


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二次創作小説第3弾はBUMP OF CHICKENの最新曲「クロノスタシス」を元に書いたものとなりました。別の記事で第4弾と第5弾にしたい楽曲を書いていましたが、あまりにこの曲が良すぎて良すぎて急遽変更しちゃいました。劇場版の名探偵コナン『ハロウィンの花嫁』の主題歌ですね。予告で楽曲が解禁されてから、フルで聞けるのを本当に楽しみにしていました。映画もお金と時間に余裕がありそうだったら、観に行きたいと思います。

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