見出し画像

ビブラートは「心の震え」

日本のヴァイオリン人口は約10万人、そのうちプロの方は約1,000人と言われています。
約9万9,000人は「アマチュア」として、人生の彩りのために演奏しており、私もその一人です。


しかし、趣味といえども、華やかに見えるものほど、その背景には過酷さがあるものです。
ヴァイオリンも、もれなく、水鳥が水面下で脚をばたつかせているような「がむしゃら感」があります。


趣味であれども、人前に出る以上、その優雅なイメージを決してアクセサリー感覚でまとうことはせず、その「がむしゃら感」をしっかりと経験していたいなと思っています。


そして、その苦しみは、人生におけるヒントも授けてくれるのです。


***


ヴァイオリンという楽器は、左手で「ビブラート」をかけます。
音を波打つように揺らす繊細な技術を、多くの人は、利き手でない方で習得します。
不自由な方の手で、細かな動きを習得するのは、とっても困難なことです。
私も大苦戦しました。押さえ方の基礎を繰り返し見直しながら、ある程度滑らかに動くようになるまで、3年はかかりました。


ビブラートがかかるようになると、ようやくヴァイオリンっぽい音が出て、結構嬉しくなります。
そして、今度は「幅」「速さ」「強さ」など、質の部分が知りたくなってきます。
アマチュアで「ビブラートの正解が知りたい」と願う人は多いです。
楽譜には書いていないことなので、自信が持ちづらいですし、やっぱり誰かに教わりたい、と思っちゃうんですね。


けれど、ビブラートは、「やっちゃダメ」な方法はあるけれど、正解はない「感性」の部分の技術です。
分かりやすく答えを提示するのはかえってタブーな領域で、先生方もあえて明言することを控えている印象です。


なので、「自分はどうしたいのか」「どう表現したいのか」を、自分で研究する必要があります。


そうなると困ってしまうのが人間で、何だか試されているようで、ビブラートをかけること自体が怖い時期がありました。




試行錯誤して何年か過ぎた時、ついに、ヒントになる言葉をくださった先生がいらっしゃいました。




「ビブラートって正解がないんですよ。けれど、最近『ビブラートは心の震えを表現するためにかける』っていうのを聞いて、納得したんですよ。感情の高ぶりが抑えきれなくて手が動いてしまう、というようにかかるのがビブラートなんですよ。」




そのお話を聞いて、今まで理屈で考えていたことが、ストンと落ちた感覚がありました。
「言葉にできない心の奥底から湧き出る感情を、そのまま表現したらいいんだ」と思えて、すごく気持ちが楽になったんです。



確かに、ビブラートは、音の響きを重ねたり、音の入りを散らしたりと、技術的な側面もたくさんあります。
けれど、本質的には、自分の心が打ち震えている時に、自然にかかるものなんです。



心と身体を一致させる、という視点が加わった瞬間でした。



それから、1音1音に命を吹き込むように、ビブラートをかけるようになりました。
より主体的にかけるようになったんです。
そうすると、心の動きと手の動きが一致してきて、しっくりくる方向性が見つかることが増えてきました。
果てしなきビブラートの研究が、少しだけ進みました。



自分自身の中に答えがある時は、手探り状態でもがく日々が続きます。
その最中というのは、不格好で、決して美しい仕上がりではありません。
けれど、そのうちに、自分で考えられる手がかりに巡り合い、思考がぐんと進み、進歩することができます。


ヴァイオリンは、この繰り返しです。
そして、仕事も人生も、同じことだなぁと思っています。
そういう意味でも、私にとってヴァイオリンは「ライフワーク」なのです。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます! いただきましたサポートは、日々の暮らしや、個人で活動しております資料作成やテキスト作成に使用させていただきます🌱