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上司の筆跡

直筆の、文字の印象、その記憶。
上司や部下、そして当然に親、
あるいは友だちや、
お付き合いしていた人の、書いた文字。
筆跡の雰囲気をけっこう覚えている。

僕が新入社員だった頃は
バブル経済のど真ん中、
まだパソコン使用はほんの一部、
表計算くらいでしか使っていない時代。 
企画書も報告書も稟議書も
全て手書きであった。

だから職場の方々の字の特徴が
よく判り、勿論、字の良し悪しで
性格や人柄を判断するわけではないが、
整った文字、美しい筆筋の先輩には、
理屈抜きで尊敬の念を抱いた。
とてつもなく字が下手な僕には、
特殊能力の持ち主にさえ思えた。

振り返ればそのときどきの、
上司の筆跡は全て明確に思い出せる。
僕に限ったことでないだろう。

とりわけ、30余年前に次長の文字を
よく覚えている。当時僕は20代、
その分上司の文字が新鮮だった。

その次長の文字は
習字のような美ではなく、
角が少なく丸みがあって大きい。
だけど実にセンス良く整っていた。
こういうのを、大人の文字
というのだなと憧れた。

だからそれ以来、
丸みのあるきれいな文字を見ると
その恩人たる次長を思い出す。

こんなふうに、いつの日にか
整った文字を部下に示し、
残したいと、ずっと想い続けていた。

ところがどうだろう。
その後、ワープロが流行りだし、
1995年あたりから
インターネットの普及が加速、
たいていはパソコン入力。

職場の仲間の直筆を、
あまり見なくなった。
僕も当然書かなくなり
直筆は手帳と署名くらいに。

僕は今、DXが進む程に手書きにこだわる。
かつての憧憬を霞ませたくないからだ。
周囲に強要はしないが
僕は整った文字を目指している。

思えば、亡き父の文字も実に美しいかった。
亡き母も、達筆なれどどこか整っていた。

やはり、背筋を伸ばし、シャキッと
万年筆のペン先に気を集め、
何歳になっても文字修行にいそしみたい。

一期一会の人生。
あの方々の、文字から浮かぶあの笑顔、
紙に滲んだあの心を大切に紡ぐように。

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