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先祖のためにカニを焚く【ハイダグワイ移住週報#16】

この記事はカナダ太平洋岸の孤島、ハイダグワイに移住した上村幸平の記録です。

11/21(火)

嵐が過ぎた。庭にはそこらじゅうに枝や木の葉がばら撒かれ、まるで森全体がホーム・パーティ後のキッチンのようだ。

ただ、天気はすこぶる快晴。サーフィンには良さげな風向きでもある。午前中まではストーブ用の薪をせっせと割ったりなどし、午後からはキャビンに宿泊しているネイトと一緒にアゲーテ・ビーチに向かう。道中のロギング・ロードは島内でも最も甚大な被害を受けていたようで、目視しただけでも60本近くの巨木が押し倒されていた。昨晩のストームの力強さを物語っている。

ビーチに降り立つと、ネイトが海の読み方を事細かに教えてくれる。「サーフィンを学べば、シーカヤックももっと上達するよ」サーフィンもカヤックも、海と風と地形を読んで最適解を柔軟に捻り出すという点では性質を同じくするアウトドア・スポーツだ。生物学の知識を生かしながら、バンクーバー島で青少年向けのネイチャー・キャンプを営む彼。サーフィンとシーカヤックを用いて子供達に「生き延びる術」を教えている。

彼に言われるがまま、目の前のポイントに繰り出す。パドリングしてちょっと立っては落ち、立っては落ちを繰り返す。何度かはいい感触を得ることができた。やっぱりもっと長くて安定するボードが欲しいな。

11/23(木)

オールド・マセット村のホールに向かうと、デラヴィーナおばちゃんとJJがいる。「またあんた?」とJJ。

先住民ウェルネス・キャンプなるものに参加する。
世代間トラウマや薬物/アルコール依存症の問題がいまだに根深いファースト・ネーションのコミュニティ。もちろんハイダ族も例外ではない。コミュニティ全体やその中の個人らのヒーリングのため、カナダ全土の先住民居住地でNGOや医療機関が主軸となってヘルス・プログラムが開催されている。今回は本土からNGO団体がやってきた。

僕はジャンベドラムのセッションから参加した。ドラム文化の根強いハイダグワイにおいてアフリカのドラムを演奏するのも変な話だが、やってみると非常に心地よい。円になってドラムを抱え、中心に立つリーダーの指揮に従って声を上げ、リズミカルにドラムを叩く。歌うこと、踊ること、奏でることはストレス解消に本当に良い。

ドラムセッションが終わり、みんなでディナーの時間。プレートにラザニアとシーザーサラダ。レオナおばあちゃんが祈りを捧げる。

同じテーブルに、九月のギル・ネット作りワークショップで知り合ったクリストファーがいた。彼が首からぶら下げているのは、先日のポットラッチでもよく見かけた銅色の盾のミニチュア。

「クリストファー、この銅板みたいなのは何?ポットラッチで族長が違う族長にプレゼントしているのを見たんだ」
「これか?このコパー・シールドは俺の金づるだ」

金づる?となったが、聞いてみるとクリストファー本人が例の銅の盾「コパー・シールド」の製作者だという。なんという偶然。

「これはハイダ族にとって富の象徴なんだ。身につけていれば金運があがるってな。クランの族長のあいだで贈られるのも、相手への敬意と富の再配分という意味があるんだ」
疑問に思っていたものがこんな形で解消されるとは。このコパー・シールドは昔、貨幣としても使われていたんだ、とクリストファーは言う。そんなどこにも載っていない情報がさらっと転がり込んでくるから、一次情報の蒐集は最高に興味深い。

11/25(土)

土曜朝はエッグ・ベネディクトの日。焼いたマフィンの上にベーコン、ポーチド・エッグ(お湯で卵の中身を茹でたやつ。ぷるぷる)を乗せる。チリマヨネーズをかけていただく。サイドにはハッシュド・ブラウン。カロリー爆弾な朝ごはんだ。

お客さんの名前を聞き取って伝票に書くのだけれど、英語名がマジで聞き取れない。朝のラッシュ時はさすがにてんてこ舞いになってしまう。助けてくれる同僚ソフィーンに大感謝。そんなてんやわんやの朝食時間以降、ビストロはずっと静か。早めに掃除を終わらせる。

今日も引き続き、オールド・マセット村のウェルネス・キャンプがある。仕事だから行けないと思っていたが、ディナーには間に合いそうだ。先住民居住地でのイベントはどんなものでも必ず無料のご飯が出る。いったいどこから資金が出ているのだろう?といつも思う。今日のイベントはもう終了したようで、みんなディナーを今か今かと待っている。スパゲティーを配膳してくれるのは村のサッカーチームの子供達。ぴょんぴょん飛び跳ねながらエルダーたちにご飯を配膳している。マウント・カーリーの美穂さんは「先住民のこどもたちって純粋無垢でかわいいのよね」と言っていたのを思い出す。的を射ていると思う。

ご飯を食べていると村のボスの一人、ジョシュに紙ランタンを渡される。ベトナムとか台湾とかで空に飛ばす写真をみんな投稿するアレだ。なぜ今ここで、と思うがとりあえず「縁」と「幸」の漢字を大きく書く。ジョシュは満足そう。漢字書けば外国ではだいたいそこはかとなくウケるので楽である。

今日のウェルネス・キャンプの締めはキャンプファイヤー。ホールの外には小さなファイヤー・ピットがあり、火を囲んで皆が座る。ハイダ族は先祖や故人と繋がる時、火を焚くのだという。日本のお盆と似ている。残念ながら僕自身は迎え火、送り火を焚いたことはないのだが。

レッド・シダーのお盆にクランベリーやカニなどの食料が乗せられ、お盆丸ごと火にかけられる。先祖たちへのお供物ということだ。煙になって精神世界に届けられ、先祖たちの腹を満たす。カニが焼ける香りが香ばしい。

エルダーのひとり、レオが祈りを捧げる。ハイダのエルダーたちは祈りの最後、必ず「ハーワ・サラーナ」で締めくくる。ハイダ語で「創造主よ、感謝します」の意味だという。英語ではクリエイターを意味する「サラーナ」は一体何を指しているのだろう。一神教的な文脈での「主」なのか、それともハイダ族特有の世界観などが背後にあるのだろうか。怖気付いて今日は聞けなかった。強烈な文化的営みに触れた時、僕はカメラを取り出すことも、何が起こっているか聞くこともできなくなってしまう。

ジョシュがアワビの殻を持って現れる。何かの薬草が燃やされ、心地いい香りが広がる。ジョシュは順番に円になった人々の前に立ち、煙を手で頭、顔、足に持っていく。浅草寺で線香の香りを頭にかけるものと一緒だ!ジョシュは各々に煙を与えた後、背中にイーグルの羽で煙をかけてあげる。これも何の意味があるのだろう。今度ちゃんと聞くためにここに残しておく。

いつも可愛がってくれるエルダーのクリストファーが最後のことばを述べる。「我々はちっぽけな人間に過ぎない。何も知らないことを受け入れつつ、最善を尽くすのみだ」

11/26(日)

「明日、9時に村の浜辺集合ね!みんなで海、泳ぐから」と昨日の夜の帰りしなに言われる。そういう謎のイベントは大好きだ。

朝7時半起床。真っ暗だけどあまり寒くはないのがありがたい。もう12月がすぐそこまで来ているのに気温は10度前後。黒潮様様である。海パンとバスタオルを持って村に車を走らせる。

集合場所がわからなくて墓地に迷い込んだりしたけれど、なんとか9:15には集合場所を見つける。まだあまり人は集まっていない。「ハイダ時間は30分遅れだよ」ひとりのエルダーが冗談混じりに言う。焚き火で体を温め、9:30になるとみなじわじわ集まってくる。

こんな時期になぜ海に入る必要があるのだろう。「コールド・クレンジングだよ」イベントのボスであるジョシュが言う。マセットのハイダ族は昔から朝、海で体を清めていたらしい。

祈りを捧げた後、皆服を脱いで水着になる。天気はどんより、海岸は海藻だらけ、そして身を刺すような冬風。水着がいちばん似合わない光景である。

エルダーに先導され、十人ほどが海に向かう。ゴーグルをつけると「お前ガチやん!」とみなに笑われる。そんぐらいの気持ちで行かないと凍えてしまいそうだ。クロックスを脱いで、ゆっくりと足から海に入る。
冷たい。当たり前のことだけれど、しんしんと冷たい海水である。いくら暖流が流れているとはいえ、カナダの冬である。あれだけ意気込んでいたサシャはものの数秒で海から上がって行った。ふたりのエルダーは肩まで浸かるところまで進み、何かを唱えながら頭まで潜る。僕も真似して潜る。

1分ほど経っただろうか?身体中から軋む音がするようで、さすがに僕も海から上がる。バスタオルで体を拭く。すると、海に浸かっていた部分が不思議にじんわりと暖かく感じる。体温調節機能がおかしくなってしまったのだろうか。焚き火で体を温める。樹脂をたっぷり含んだレッド・シダーが心地いい音を立てて燃える。火を囲むって素敵だ。

ウェルネス・キャンプを主催している団体のメンバーたちが泊まっているロッジに招かれ、朝食を作る。スピナッチ・エッグとベーコン、そしてイングリッシュ・マフィンである。カナディアンな朝食づくり。「あなたはチーズ係ね!」と大きなチェダーチーズの塊を渡される。ひたすらにチーズを刻む。

朝食を作っているとどんどん人が増えてゆき、最終的に八人でテーブルを囲む。顔は見たことあるが名前は知らない、という村人たちと挨拶する。ハイダグワイに来ることになった経緯を語ると、みな目を細めてしっかり聞いてくれる。「エブリバディ・ラブズ・コウヘイ!」クリストファーがおどけて言う。

ロングヘアの青年と話す。その顔立ちからハイダ族のひとりだと思い込んでいたが、彼も僕と同じく八月にハイダグワイに引っ越してきたという。名前はマイク。プリンス・ルパートで育った彼は、テラス(BC州北部)近郊の先住民だ。

アートスクールを休学し、ハイダアーティストのもとに修行に来たと言う彼。ビーバーのマスクを見せてくれる。手で掘ったものとは思えないシンメトリーとディティール。木目調が美しい。「2020年から彫り出したんだ。まだ完成には遠いよ」

***

ウェルネス・キャンプ最終日。時間になりホールへ行くと、誰もいない。ジャンベ・ドラムのレッスンがあるはずだ。「急遽キャンセルになったの。今朝村で誰かが亡くなったらしくてね」

ドラムセッションの代わりに、グリーフ・サポートのセッションに向かうことにする。円になり、おのおのの抱える悲しみをシェアするというセッション。島外から来た薬物・アルコール中毒の人々が集まったセッションには以前参加したが、この村の人々のセッションに参加するのは初めて。知り合いたちはどんな胸の内を明かすのだろうか。少し緊張する。

それぞれが語る過去は決して明るいものではなかった。親から引き離されて寄宿校に入れさせられたこと、母親がアルコール中毒で大きなトラウマを抱えたこと、若くして兄妹・子供を亡くしたこと。この国の先住民が通り過ぎてきた過去は基本的に悲惨なものだと聞いていたが、それを友人たちの口から聞くのはなかなか辛かった。

僕はなにを話せばいいのだろう?悩んだ末、英語を絞り出して伝える。ここに参加させてもらえて嬉しい、コミュニティに貢献したくてここに来た、僕であればなんでも助けになりたい、と。頷いて聞いてくれて嬉しい。二時間のセッションが終わった時、心の中にずっしりと重いものを感じた。

閉会式とディナーも今日の故人へのリスペクトのためにキャンセルとなる。かわりに近くのレストランでフィッシュ・アンド・チップスのテイクアウトが出来るということで、ルイーズおばあちゃんと一緒にいく。「昔、スペインの探検団の船がハイダの若者を連れて、ハワイと日本に行ったと言う言い伝えがあるのよ」初耳すぎる。そんなことさらっと言わないでほしい。

11/27(月)

先週、車の故障でハイウェイで立ち往生してしまった時に助けに来てくれたジェイとマサがバンクーバーに帰る。空港まで送ってあげる。

カナダ人男性にありがちないわゆる「男らしさ」の薄い、ほんわかした笑顔がチャーミングなジェイと、日本人のハーフで可愛いカタコトの日本語でいつも話しかけてくるマサ。一番可愛いカップルである。ヴィクトリアの近く、ソルト・スプリング島で農家をしているふたり。来年ハイダグワイを漕いだ後、バンクーバー島近辺を漕いで会いに行きたい。

夕方、ふたつの木材をトラックに積んで友達の家に向かう。カヤック職人であるキーランといっしょにパドルを彫るのだ。

キーランと出会ったのは九月にあったパドル作りワークショップ。あのワークショップではハイダ・カヌーで使われるシングル・パドル(ブレードが片方にしかついていないパドル)を作った。今回は彼に直談判し、カヤック用のダブル・パドル作りを教えてもらう。

カヤックはグリーンランドやアリューシャン列島といった極北の島嶼部で生まれた乗り物。場所によって用途も異なり、使われるパドルも異なる。今回は来年に計画している長距離ツーリングにぴったりなアリューシャン式パドルだ。水をつかむブレードが大きく、全体として短いグリーンランド式のパドルに比べて、アリューシャン式はブレードは細めかつ全体として長い傾向にあるのだという。オリンピック競技のようにパドルを立てて全力で漕ぐのには向かないが、体幹を使って大きく漕げば腕に負担をかけずに長距離を漕ぐことができるのが、アリューシャン式の利点だ。

キーランは自分の家の増築のため、今日はポート・クレメンツで大きな木材を収穫してきたらしい。巨大なピックアップ・トラックに乗せられた丸太を三人がかりで製材マシンの近くに下ろす。泥だらけである。

「腹ペコだ。まず何か食べてからパドル作ろうぜ」
棚から鹿肉の瓶詰めを取り出し、スパゲティソースを手際よく作る。よく下処理され、瓶詰めされた鹿肉は4、5年保つという。鹿狩り天国のハイダグワイならではのご馳走だ。

食事を終えた後、パドル作りにかかる。シアトルやアラスカでカヤック作りに携わってきたキーランは職人モード。身長とカヤックの横幅からして、90インチ(2.3メートル)の長さで彫り上げることにする。なかなか長い。
今回素材に選んだのはイエロー・シダー。日本のヒノキに近い木材だ。レッド・シダーに比べて圧倒的に密度が高く、硬い。そのため、細く薄く彫り込んでも丈夫なのだという。逆に、レッドシダーは脆いが極めて軽く、防腐性も高い。木材にも一長一短がある。

ブレードの形、持ち手部分の形状などを相談しながら決め、木材に印をつけていく。一時間ほどかけてセンターラインと大まかなパドルの形状を木材に書き込む。今日はここまで。水曜日に村の学校の製材機を貸してもらって切り出すことにする。

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