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人生の<奥深さ>は、「つながらない」時間にある。ー『つながらない生活』

つながらない生活 「ネット世間」との距離のとり方』(ウィリアム・パワーズ 著 有賀裕子 訳 プレジデント社)を最近、読み終えた。

スマホ脳」という言葉はよく知られるようになったが、この本を読むと、情報の洪水に襲われ、注意力が散漫になり、ひとつのことになかなか集中できないことは、スマートフォンやタブレット端末が身近にある今に始まったことではなく、かなり昔から問題とされてきたことが分かる。

そして、この『つながらない生活』のなかで、ワシントン・ポスト紙の元スタッフライターである著者のウィリアム・パワーズ氏が、スクリーンとつながり、スクリーン上をあれこれ探し回ってしまうことで、失われてしまうのは、「奥深さ」であると述べていることが印象的だった。

スクリーンは個人、企業ほかの組織のために、無数の有益な仕事をしてくれる。わたしたちと世界との距離を縮め、あらゆる利便性や楽しみを届けてくれる。しかし、つながっている時間が長くなるにつれて、スクリーンのせいで毎日の生活に変化が生まれ、慌しさが増してわたしたちは髪を振り乱すようになる。そして、とても大切なものが失われていくのだ。その大切なものとは、「奥深さ」という一語に凝縮されるものの考え方や時間の使い方である。考えや感情の深み、人付き合いの深み、仕事や活動すべての深み。深みがあってこそわたしたちは意味ある充実した人生を送れるのだから、それが失われるままになっているとは、愕然とする。

ウィリアム・パワーズ『つながらない生活』 有賀裕子 訳 18‐19頁


 わたしたちはたとえ意識していなくても、ある価値観に沿って暮らしてきた。①スクリーンを介してつながるのは好ましく、②つながればつながるほど望ましい、という価値観である。その目的はスクリーンと向き合っている時間の最大化だから、これをわたしは〝つながり至上主義〟と呼んでいる。たいていの人は、これが賢明な暮らし方だと判断したわけではないが、「実情はこうなんだから仕方ないじゃないか」というわけだ。

 その一方で、こうした暮らし方によっていろいろな問題が生じている、という気づきが広まってきている。わたしたちは日々の生活のなかでそれを感じ取っている。何かにつけてスクリーン上をあれこれ探し回ってしまい、落ち着いてじっくりと考えることができないのだ。家庭でも、学校でも、職場でも、こうした状態ははびこっている。行動パターンを改めるための処方箋から、情報の流れを管理するソフトウェア・ガジェットまで、さまざまな解決策が示されているが、その甲斐もなく、つながり至上主義はいまだに幅を利かせている。

同 19頁


しかしながら、「「生産性を高めるツール」であるはずのスクリーンのせいで、実は、本来の生産性に欠かせない集中力が途切れてしまって」おり、

「デジタル世界の慌しさは、奥深さにとっては敵なのだ」

とする一方で、「悪いのはスクリーンではな」く、

「それどころか、スクリーンはとても好ましい。問題は、調和が崩れていることである」

とも述べている。


『つながらない生活 「ネット世間」との距離のとり方』 ウィリアム・パワーズ 著 有賀裕子 訳 プレジデント社


カーソルはけっして長いあいだ一カ所にとどまっておらず、わたしたちもそれに合わせて移り気になり、休みなくそこかしこをクリックしてしまう。だから、「生産性を高めるツール」であるはずのスクリーンのせいで、実は、本来の生産性に欠かせない集中力が途切れてしまっている。しかも、つながりがより速くより緊密になっていくにつれて、現実は理想のあり方から遠のいていく。デジタル世界の慌しさは、奥深さにとっては敵なのだ。

同 35頁

悪いのはスクリーンではないのだ。それどころか、スクリーンはとても好ましい。問題は、調和が崩れていることである。ほかのすべてを投げ出してスクリーンにかじりついていると、ある種の強迫観念のせいで奇妙にも現実感が薄れてしまい、家族とのあいだで「こちら地球、聞こえますか? 聞こえない? こっちもです」といったおかしな状態になる。互いのためではなくスクリーンのために生きているのだ。

 自分と同じく家族もまた、とても大きな世間の一部をなしていて、独自の内面世界を持っている。人間として成長して人生を謳歌するには、世間から距離をおく時間が欠かせない。さもないと、自分も家族も世間に依存してしまい、身のまわりではなく世間との関係でしか自分をとらえなくなる。

同 313頁


要するに、スクリーン(スマホやパソコン、テレビなどの画面全般)が悪いというわけではなく(私も毎日、映画や動画を見るために重宝している)、大事なのは「つながり」を生むツールとしてどう使うか、その工夫の仕方なのだ。


さらにウィリアム・パワーズ氏は、「広告では、ありとあらゆる商品が自己表現や解放の手段として謳われているが、現実には、自動車もコカ・コーラも巷に溢れている」(つまり、個性や自分らしさを重視せよと言いつつ、結局はみんなと同じになる)としつつ、

まわりに翻弄されずに自分流を貫いた場合にはとても大きな満足感が得られる。それは自分だけがよい思いをするのとは違う。発展性があって懐の深さに結びつく、とても望ましい自分流もあるのだ。自分も向き合うとは、自分自身だけでなく、この世のすべての人や事物と折り合いをつけるということだ。内面が充足していると、誰かに励ましてもらう必要がないから、相手に心を開き、寛容に接することができる。これは大いなる逆説だが、他人に依存しないからこそ、共感を抱けるのだ。孤独のなかでわたしたちは、自分ばかりか他者すべてと本当の出会いを果たし、それまでほとんど相手を知らなかったことに気づくのだ。

と述べている。特に、

内面が充足していると、誰かに励ましてもらう必要がないから、相手に心を開き、寛容に接することができる。これは大いなる逆説だが、他人に依存しないからこそ、共感を抱けるのだ。

という一節は、自分自身の内面に長い時間をかけて向き合わない限り、SNSなどでつながっていても、「つながっているのに孤独」を感じるが、真の孤独によって内面が充足すると、「孤独なのにつながっている」という境地に達するという、<孤独であることの逆説>を的確に説明していると思う。


なお、本書は、プラトン、セネカ、グーテンベルク、シェイクスピア(ハムレットの手帳)、フランクリン、ソロー、マクルーハンの知恵から「ネット世間」との距離のとり方」が示されているが、騒がしい世間との距離を置き、自分自身の内面と向き合う時間をもつようにすることは、いつの時代でも魂の滋養のために必要だったのだ。

『つながらない生活 「ネット世間」との距離のとり方』は、デジタル化が加速する社会において、奥深さに到達すること、もしくは奥行を取り戻すことが、人生に充実感を与えるのだと確信できる一冊だった。



ツール類は夢のような便利さをもたらし、わたしたちの生活を数えきれないほどの方法で豊かにしてくれる。新しいテクノロジーの常として、欠点もあるが、わたしたちがあくせく使わないかぎり、ツールのほうでわたしたちに多忙を強いることはできないはずだ。この場合、きっかけをつくるのは人間の側である。わたしたちがつながりから解放されずにいるのは、自分たちが絶えずつながりを求めているからだ。

ウィリアム・パワーズ『つながらない生活』 有賀裕子 訳 16頁

つながりが増えるにつれて、ものの考え方や暮らし方を決める際に外の世界に頼る比率が高くなる。外へと開かれた社会的な自己と内面的な自己とは、以前から絶えず衝突してきた。この二つを何とかして調和させようとして味わう苦しみは、人間にとって根源的なものであり、哲学、文学、芸術の重要なテーマともなっている。いまの時代、バランスは片方に大きく傾いている。他の人人の声がしきりに聞こえてくるため、わたしたちは自分の声よりもそれら周囲からの声に従いがちだ。内省するのは容易なことではなくなり、実際にその機会は減ってきている。

同 16‐17頁


充実した幸せな人生を送り、自分の「脳に映し出される世界」を立ち上がって喝采を送りたくなるようなものにするには、何にもまして重要なものが一つある。「奥深さ」である。うまく言い表すのはむずかしいが、その本質は誰もが知っているはずだ。人生の一こまに心をとらわれたときの覚醒、情感、会得――それが奥深さの本質である。

同 27頁


もっとも味わいがあり、後々まで胸に刻んでおくような瞬間にこそ、わたしたちはこの上なく奥深い経験をしているのだ。そうした深みのある経験を通してわたしたちは地に足を着け、中身の濃い円満な人生を送ることができる。仕事、人間関係、なすことすべてが充実する。

同 29頁


『つながらない生活 「ネット世間」との距離のとり方』 目次

Ⅰ.つながりに満ちた暮らしのミステリー

第1章:忙しい! とにかく忙しい!

第2章:母との電話を「切った後」に訪れた幸福

第3章:携帯が使えなくなって気づいたこと

第4章:なぜ「メール禁止デー」はうまくいかないか

Ⅱ.「適度につながらない」ための知恵

第5章:プラトンが説く「ほどよい距離」の見つけ方

第6章:セネカが探訪する内面世界

第7章:グーテンベルクがもたらした黙読文化

第8章:ハムレットの手帳

第9章:フランクリンの「前向きな儀式」

第10章:自宅を安息の場にしたソロー

第11章:マクルーハンの「心のキッチン」

Ⅲ.落ち着いた生活を取り戻す

第12章:無理のない「つながり断ち」7つのヒント

第13章:インターネット安息日


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