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不思議の国のアナタとかワタシ

あの服を着れば身長があと3cm高く見えたかしらとか、あの靴を履いていればあと5cmは大きく見えたよね、なんて思いながら、あの日やこの日に着た服を、朝っぱらからぜーんぶもう一度着てみたら、狭い部屋の中が脱ぎ捨てたお洋服でいっぱいになった。ヒールの靴もその辺に散らばっていた。

自分が誰であればよかったのか。答えの出ない疑念と後悔を抱きながら鏡に写った自分の顔をじっと見つめていると、目のあたりに水を感じた。それが頬を伝って流れてきていることに気が付いたとき、脱力したかのように鏡の前で体がペタンと落ちてしまった。

目から流れて止まらない水の玉は部屋じゅうに溜まり出し、そこらじゅうに散らかったお洋服や靴は水面にぷかぷかと浮いた。私は体操座りのような格好で、小さくうずくまったまま、水中にじっと沈んでいた。

3メートルにまで巨大化してしまったアリスは、体が大きくなってしまったことにわんわんと泣いたらしいが、あと3cmでも大きくなりたかった私の涙だって、部屋中を簡単に涙の池にしてしまうほどたくさん溢れ出した。

私が飼っている白ウサギは必死に水かきをしながら立ち泳ぎをし、ときどき水面下に顔をつけて私の様子を確認する。
「早く!早く上に上がっておいでよ!このまま沈んでいては、この先のことがすべてなくなっちゃうよ!」
と、私へどうにか届くようにと大きな声で呼びかける。ウサギが持っている時計はチクチクチクといつも以上に速い秒針を刻み、一刻一刻過ぎ去る音がやけに耳に響く。
時間は、確実に過ぎ去っている。

そんなときにふと、沈んだところから上を向いて水の表面を眺めてみると、涙の池は限りなく透明に近くてキラキラと輝いていた。浮かんだお洋服たちは水の揺れに踊らされ、いろんな彩りを見せていてとても美しい。

この涙の池から顔を出したら新しい光がまた見えるかもしれない。私はその美しいものを見ながらそう思い、上へ上へと、外の世界を目指すように泳ぎ出した。必死の思いで水面にたどり着き、新しい空気を呼吸いっぱいに吸い込むうようにして顔を出すと、すぐ側に『私をお飲み』と書いてある瓶が浮かんでいた。

「ようやく上がってきたか!気になるんだったら、それ飲んでみなよ」
白ウサギは私のことを待ちに待ったという様子でいながらも、『私をお飲み』を飲むことを勧めてきた。これを飲めば大きくなれるかもしれないと希望を持ち、私は蓋を開けてグイと飲んだ。
それなのに、大きくなんてならず、私は私のままだった。

水面から顔を出せば明るい何かが見えるかもしれないと期待していたけれど、そこは明るいどころか、空からたくさんの雨が降っている景色が見えるだけだった。水から出ても水で溢れていて、堂々巡りのような気分になった。
明るい未来がすぐ目の前にあるなんてことは、期待するほどあり得ることではないんだ。私は現実的な真実を知り、急に冷静になった。白ウサギが持っている時計の針は穏やかに時を刻み始め、さっきのそれとは別の音に聞こえた。

しとしとぴちゃんぴちゃんチクタクチクタク。。

水面に大の字のようにして体を浮かし、耳を澄ませながら目を閉じると、すべての音がきれいに重なり合い美しいメロディを奏でていた。そのまま静かにゆっくりゆっくりと、体を浮かせたまま音を聴いていた。

しとしとぴちゃんぴちゃんチクタクチクタク。。

次第に私は、自分が小さな存在であることをそんなに嘆くことはないと思い始めた。足りない3cmを補う何かにアイデアを膨らませ、私はこうやって浮遊しながらただ虹が見える日を待つことにした。

「遅刻するから行くね!時間を、大切にしないとね」
白ウサギの声にハッとして私は目を開けた。
さっきまで部屋いっぱいに溜まっていた涙の池はなくなっていて、私は濡れた服のまま、体操座りで床に座っている。私の横には濡れた白うさぎのぬいぐるみが転がっていて、時計の針だけは無事に動いていた。

びよ〜〜〜ん、生きてるよーん

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