詩『10キロの契約』

題名
『10キロの契約』
(隠しテーマ・カラフル)


 今日は少ないバイト代から奮発してピンク色のカーネーションの花を1輪とぼた餅を1個買った。
 子供の頃から貧しさには慣れている。それに私は引きこもりをしていて母と二人暮らしをしていました。そして母が突然に亡くなり、私は生活のためにバイトをしなくてはいけないようになりました。

 5月○日。母の命日です。
 あれからもう一年が過ぎた。

 ゴールデンウィークが始まる前に一周忌の法要は一人ですました。そう、いつも私たち母娘は二人きりでした。父も祖父母も親戚もいない。その理由を母は絶対に話さなかった。
 子供の頃は知りたかったけれど母の態度を見ていると知らない方がいいんだと思うようになっていた。

 母は心不全であっけなく死んだ。
 何か私に言い残すこともあったかもしれないのに、一度も目覚めることもなく死んだ。

 命日の今日は仕事も休んで、墓がないのでアパートに置いている母の遺骨にカーネーションとぼた餅をお供えして、やはり母の好きだった韓国ドラマを一緒に観ようと思っていた。

 ぼた餅を買った商店街からアパートまでの帰宅の途中に一箇所なが~い階段がある。そこの階段の上に来た時に急に背中を押された。
「きゃっ!」

 私の目の前にはコワモテのおじさんがこちらに背中を向けて立っていた。私はつい反射的にその背中を壁にして踏ん張ってブレーキを掛けようとしたみたいで両手で押してしまった。軽く?だったつもりだったのに、おじさんは勢いよく転倒してコロコロ転がりなが~い階段の下まで転げ落ちていった。
 まさしく呆然というか、開いた口を閉じるのを忘れるくらいびっくりして、静止画のように私は固まってしまっていた。

「すみません、躓いて…、」
 私の背後からおじいさんの声がする。それで私は正気を取り戻した。たぶん私を押した人物だが振り向くと背は低く優しそうな人だった。
 そのおじいさんに大丈夫ですかと声を掛けたあと振り向いて、私は今の現実を受け入れる覚悟をした。

「大丈夫ですかー!」 
 私は大声で階段下のおじさんに声を掛けた。
 血だらけのように遠目では見えていて全く動かない。やっぱり死んだのかなぁと思った。階段を掛け下りて救急車か警察?でも呼ぶべきかなとも思ったのに体が固まって動けない。でも私の声が合図のように、少しして、おじさんは動き始めてゆっくり立ち上がった。そして、こちらに向かって手招きをしてきた。やれやれ、そんな目をして私たちを見ていた。

 三人で近くの喫茶店にはいった。
 おじさんには病院に行くように勧めたがとりあえず話し合いをしたいと言われたのだ。

 そのおじさんだが服装と雰囲気でヤクザだと分かる。その気配がぷんぷんなのでたぶん私の人生が終わると思った。このまま借金地獄で風俗で働くことになるんだと思っていた。どうやって警察に逃げ込もうかとか警察って助けてくれるのかなとか、いろいろ考えて私の頭は混乱していた。

「姉ちゃん、俺は怪我したから、俺の仕事をあんたがやってくれないか?」
 いきなりの訳の分からない話で目をパチパチさせていると、
「俺はヤクザでも暴力団でもない。ただの何でも屋だ。ただな、そこに変な仕事がきたんだ。1億円の現金をぜんぶ使って欲しいって言うんだ。詳しくは言えねぇが身元は確かめたし犯罪の金でもない」

 そばにいたおじいさんが口を開いた。
「だったらどこかの施設に寄付すればいい」
 すると、
「あははは、俺も寄付や馬券でって思ったがそれは駄目だって言うんだ。条件は指定する順番に県外を旅しながら使ってくれって言うんだ。宿泊費や食費や観光の必要経費に限るって言うんだ。その旅の写真を1日最低30枚と感想文?日記?を毎日深夜にメールで依頼者に送ることが約束の条件なんだ。おかしな依頼だろ?…でも、その札束は使いきる必要があるらしいんだ。最初に言ったが犯罪ではないしその理由も俺は聞いたが誰にも話せない」
「それで?」
「そうさ、その仕事を姉ちゃんに代わりにやってくれって言っているんだ。その旅の出発の予定日が明後日なんだ。それも絶対に延ばせない約束なんだ。これから病院に行くけど、旅行に行ける体とは自分でも思わないからな。とにかく報酬額は言えねぇけど俺はこの仕事を逃したくないんだ。報酬が必要なんだ。その代わりってわけじゃないけど今回の治療費などは一切請求しない。仕事をやりとげたら報酬として百万円をやってもいい。どうだい?」

 このあと、おじさんは病院に行き、よく普通に歩いていたと驚くほどあちこち骨折していた。


 母の命日に起こった変な話し。

 いろんな人の思惑や思いや悪意も交錯するのですが、今は話せません。

 もう少しでお金を使いきります。
 でも、貧乏な生活しか知らない私には別世界の旅になりました。
 それまでの人生がまるで無色透明だったように感じます。お金の魅力に気づいてしまったのかもしれません。
 すべてがカラフル。
 世界がカラフルに見える。

 なんだな、旅を終えたあとの私が怖くなります。

 ちなみに1億円は10キロの重さです。
 その現金を持っての旅です。
 トラブルはいっぱいありました。

 それから、気づいている方もいるでしょう。
 私はずっと後で知りますが、階段の上で私を押した老人がこの仕事の依頼者です。

 そして、すべては私の相続に関する問題が絡んできます。

 そうです。この物語は私が帰ってからが本編です。

 また、お話しできる日まで。

 


 つづく。




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