題名『求婚のはなし』

題名
『求婚のはなし』
(裏テーマ・忘れられない、いつまでも)



 六畳一間のアパートで小さなキッチンにバス・トイレ付き。

 西陽が射し込む二階で風呂はとても小さかった。

 家賃は五万で、それに管理費と車の駐車代も取られた。

 それでも僕にはお城だった。

 住めば都だった。


 隣には母子家庭の母娘が住んでいて、保育園に通っている女の子はお転婆で可愛かった。夜中にかんしゃくをおこして泣き叫ぶのは正直に言うと困ったけれど、イライラは不思議に無かった。お母さんも親切で優しくて応援したくなる母娘だったから、かな。

 

 反対の隣には高齢のお婆さんが一人で住んでいた。

 何年か前までは夫婦で住んでいたらしいが夫の方が病気で亡くなり一人暮らしになったらしい。それ以来、少し気難しいうるさい性格になり、僕もテレビの音量を少し大きくしただけで壁をドン!と鳴らされた。


 そこで彼女と同棲を始めたのは1年前。

 すぐに隣の母娘とも仲良くなり、隣のお婆さんにも気に入られて、お惣菜なんかを貰っていた。

 とても明るくて人付き合いが上手くて、人見知りの僕はそういう所も好きになった理由かもしれない。


「いつ、結婚されるんですか?」

 半年も立たないうちにそんなふうによく聞かれるようになった。もちろん僕も結婚は意識していたけれど、彼女はそれを望んではいないようだったので黙っていた。


 ある深夜に彼女のスマホがうるさく鳴った。

 彼女のお父さんが倒れて救急車で病院へ運ばれて手術をしているとのお母さんからの電話だった。

 僕の運転で二人で病院に駆けつけた。

 病名は心筋梗塞だった。

 手術はうまくいき助かったけれど、彼女もお母さんも不安そうだったので僕はその日の仕事を休んで二人に付き添った。


「忘れられない、いつまでも。…そんなふうに言っていたから、それが理由かもしれない」


 僕が彼女のお母さんにさり気なく結婚のことを相談したら、そんなふうに呟いて、それから黙り込んでしまった。これ以上は絶対に言えないという雰囲気があった。


 僕は彼女の誕生日にプロポーズをした。

 彼女は泣いていた。でも、うん…とは言わなかった。

「せめて、理由を聞かせて?」

 僕はつい問い詰めるように強くそう言ってしまった。

「ごめんね、私が悪いの」

 そう言って、辛そうだけど、すべて話してくれた。


 お母さんが言っていた『忘れられない、いつまでも。』のことも分かった。

 それは、高校時代の話だった。

 

 彼女は高校時代、友達だった先輩に強姦されたらしい。

 それだけじゃなく、妊娠もして堕胎もしている

 だから、僕と付き合うまでは男性が怖くて友達として一緒に食事をするだけでも過呼吸になることがあったらしい。

 僕と出会って、好きになり、一生懸命変わろうとして努力してきたらしい。

 そういえば、セックスはあまり好きじゃないって言うし、隣が気になるって言うからほとんどしていない。

 僕のことは大好きだから、同棲して変われたらって思ってきたけどやっぱり、夜は拒んでしまうと思うと言った。


「大変だったことは分かる。理由も分かった。辛かったと思うし心の傷も治らないのかもしれない。でも、あきらめる理由にはしたくない。そんな過去に負けたくない。二人の幸せの形を見つけたい」

 僕は泣いていた。なんか、めちゃくちゃ泣いて、彼女に、

叫んでいた。

「僕はセックスがしたいんじゃない。君と生きたいんだ。生活して、一緒に爺ちゃん婆ちゃんになれたら最高の人生なんだ。もういちど考えてくれ、僕と結婚してくださーい!」

「……………うん」


 翌朝、隣のお母さんにゴミ出しで出会った。そしたら近づいてきて耳元で、

「結婚、おめでとう」

 そう言われてしまった。顔が真っ赤になった。

 空を見上げたら、晴天だった。

「今日は暑くなりそうね」

 それはあきらかに僕をからかう意味も含まれていた。

「そうですね」

 そうつれなく答えたが、僕の胸は幸せでいっぱいだった。



【終わり】





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