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安土桃山から続く「香りの老舗」から、“イマドキ”の線香が生まれるまで

西本願寺の目の前、420年超えの香老舗


古都京都の文化財の一つとして世界遺産に登録されている西本願寺。その正面、道路を挟んだ向かいに、420年以上の歴史を誇る老舗がある。

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写真:中島光行


香老舗「薫玉堂」。創業は豊臣秀吉が天下を取った安土桃山時代の文禄三(1594)年にまで遡る、日本最古の薬種商(薬の販売者)である。

創業者の負野理右衛門(負は刀に貝の旧字)は、幼い頃から香木に関心を持ち、若くして志野流香道に入門し香道の稽古に励んでいた。

その後、志野流香道を代々引き継ぎ、沈水香木の鑑定や香材の研究に没頭。薫玉堂の基礎を築くと、この頃から御香調進所として、本願寺をはじめ全国各宗派御本山や御寺院へ香を納めるようになる。

また、寺院だけでなく、参拝客にはお焼香などを販売し、江戸時代半ばからは線香の販売も始め、明治時代には通販を行うなど、時代に寄り添いながら多くの人々へ豊かな香りを届けてきたそうだ。


線香離れを打開するためにリブランディングを決意


420余年に及ぶ歴史を生き続けてきた薫玉堂は今、その膨大な歴史の中でも最大の変革期にあると言えるかもしれない。

きっかけとなるのが、日本人の宗教離れ。仏壇に線香を供えるという習慣自体が薄れ、今や仏壇がない家庭も多い。

業界自体が縮小していき、老舗である薫玉堂ですら仏前線香の卸売りは右肩下がりの状態が続いていた。

「100年先も香りを作り続けたい」という16代目・負野和夫社長の強い気持ちもあり、2014年に薫玉堂はリブランディングを決意。

コンサルティングパートナーとして、伝統工芸や中小企業のブランド再生に定評のある中川政七商店を迎え、自分たちの強みである「京都・歴史・調香技術」を生かしながら「香り」を切り口にしたブランドを構築することに決める。

このプロジェクトのブランドマネージャーに任命されたのは、社長の奥さんである負野千早さん。

当時は専業主婦で介護と子育てに専念していたが、かつて独身時代に企画の仕事に携わっていたことから、頼んだよと社長から指名されたのだ。


外部から見た視点が業界の慣習を打ち破る


こうして誕生したプロジェクトメンバーでアイデアを出し合って考案されたのが、京都の情景の香りをコンセプトにした部屋焚き線香シリーズ。

それはコンセプトの新しさのみならず、装いからして従来の部屋焚き線香とは異なるものだった。

負野さんは当時のことをこう振り返る。

「この業界では仏前線香といえば細くて長い形、部屋焚き線香といえば太くて短い形と、いつの間にか決まっていました。それで私たちも当然のように太くて短いものを作ろうとしていたのです」

しかし、中川政七商店からは「業界の中にいるとわからないかもしれないのですが、外から見ると細くて長い線香のほうが絶対スタイリッシュですよ」と細長い線香の形を提案される。

この提案には社内のスタッフも困惑したそうだ。

「細くて長い形で箱の大きさも仏前線香と同じ。お客様が仏前線香と間違われてしまうのではないか。デザイン重視のパッケージでは強度が足りないのではないか。昔から線香作りに携わっている社員ほど心配する声が大きかったです」

しかしそんな心配をよそに、新しいコンセプトを携えた線香は大ヒット商品に。

スタイリッシュで美しく、水野学氏による洗練されたパッケージデザインもあいまって、幅広い年代にインテリアとして、ギフトとして重宝された。

「私たちが最初に危惧したことも、蓋を開けてみると、この線香を購入されるお客様はそもそも仏前線香にそれほど馴染みがなく、お部屋焚きとの区別を意識されない方々。お客様のほうに全く混乱はありませんでした。混乱したのは作り手の私たちだけだったのです」と負野さんは語る。

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創業800年超え、フィレンツェの「香の先輩」に学ぶ!?


薫玉堂には目標の一つとしているブランドがある。

それは、イタリアの古都フィレンツェにある世界最古の薬局であり、800年以上もの歴史を持つ香の老舗ブランド「サンタ・マリア・ノヴェッラ」だ。

古くから薬を扱っている、香りを誂える老舗、香りの専門家がいる、地域ブランドであるなど、サンタ・マリア・ノヴェッラと薫玉堂には共通するところが非常に多く、理想とする姿がそこにはあるという。

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写真:中島光行

「サンタ・マリア・ノヴェッラではカウンターで好みの香りを試したり、丁寧なカウンセリングのような接客を受けて商品を選びます。同じ香りを扱う店として学べるところがたくさんあり、私たちもそのようにありたいと思いながらやってきました」と負野さん。


こうした想いがひとつの形となって表れたのが、2018年春に東京駅の商業施設KITTEにオープンした新店である。

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ショップのコンセプトは「香りを誂える」。自分の好きな香りを選べるということを切り口に自社商品だけでなく、国内外のセレクト商品も取り扱う。香りの総合ブランドとしての矜持が示された店舗となっている。

さらに、自分だけのレシピで作成したオリジナルの香袋を作るワークショップも開催。他にも、京都の歴史ある香老舗だからこそ作れる香りをキャンドルや石けん、ハンドクリームなどにも展開するなど、新しいことに次々と挑戦し続けている。


革新を積み重ねていくと、それは伝統になる

420余年に及ぶ歴史を背負いながら様々な変化にチャレンジすることは決して容易ではなく、時にはとても勇気のいる決断を迫られることもあるだろう。

伝統と革新のバランスをどのように保っているのだろうか。

負野さんはこのように答えてくれた。

「よく言われることですが、伝統は革新の積み重ね。その時代において常に新しいことに取り組んできたものだけが生き残り、結果的にそれが伝統と呼ばれるのではないでしょうか。新しいことに取り組むとき、京都で香りを作り続けてきた薫玉堂だからこそ作れるものかどうかを常に自分に問いかけています。商品の姿かたちは変わっても、薫玉堂らしさはそこに残る。これが伝統と革新の積み重ねになるのだと思います」


創業から変わらずに掲げている「御香調進所」とは、お客様の要望を聞き、それに相応しい香りを誂えて調える仕事である。

香老舗としての伝統を大切に守りながら、現代の生活に寄り添った香りの在り方も提案するその姿は、まさに御香調進所そのもの。

薫玉堂らしく、柔軟にその時代の香りを届けていくことが、彼らの矜持であり、時を超えて愛され続ける理由なのだろう。

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