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【ショートショート】電話

プルルルル

「はい、もしもし?」

電話口にいる向こうの人は男性だろう。優しい声で自分に語りかける。

「おめでとうございます!1億円に当選されましたよ!」

「あ、はい、そうですか…ありがとうございます」

そう答えると電話を切った。

電話を取った男は、つい最近まで宝くじを引いた覚えもなく、1億円に当たるようなことなど、何一つしていない。

むしろその反対で、男は失意のドン底にいた。部屋はボロ屋のアパートで、風呂は無く、トイレ共用。おまけにバイトはつい最近クビになった。

挙げ句の果てにこの前30代を迎えたばかりだ。もちろん祝ってくれる人はおらず、この歳になって仕事もなければ金もない。

ただ30代を過ぎた辺りから、先程のようなイタズラ電話が鳴り響くようになった。最初はイタズラだと分かっていても「もしかしたら…」とワクワクする気持ちがあって…それが楽しかった。

しかしくる日もくる日も似たような電話ばかりなので、流石に飽きが来てしまった。今では電話の内容がわかったら、すぐ切るようにした。

そして、また別の日には…

「ご結婚おめでとうございます!」

という電話や…

「上場おめでとうございます!」

という電話や…

「お子さんは元気にしていらっしゃいますか?」

などなど…

全く縁のない電話を繰り返し繰り返ししてくる。そして電話主は全て同じ人。聴いたことない声だ。

いや、だが…どこかで聴いたこともあるような…

そしてまた電話が鳴った。
求人誌を熱心に調べている時に電話が鳴ったものだから、不意を突かれ、ちょっと驚いた。

なのでちょっとイラッときてしまった。

電話を取り、電話口の人が誰なのか確認する。

「おめでとうございます!仕事、決まったんですね!」

「いえ、あの…決まってませんけど…」

「全く別業界ですが、頑張ってくださいね!応援してますよ!」

「いや、だから…決まってませんって!」

大声を出し、壁をドンと叩いた。自分でも久しぶりにイライラしたと感じた。

電話の主は沈黙する。

「あなた…あなたは誰なんですか?一体何が目的でこんな電話をかけるんですか?」

電話の主は少し間を置いてから、こう呟いた。

「私はあなたですよ」

「嘘つけ!!」

「本当ですよ」

電話の主はため息をついた。

「私は、もしかしたらの“あなた"を応援する人です。宝くじを引いたあなたかもしれない。恋愛をしたあなたかもしれない。起業をされたあなたかもしれない。家庭を築いたあなたかもしれない。転職したあなたかもしれない…」

「そんな、もしかしたら合ったかもしれない"あなた"を応援する"あなた"ですよ」

電話主の回答に困惑した。自分?自分の声はこんな声をしていたのか?それにどうして自分がこんならことを…?

「一体なんの意味があって…こんなことを?」

「あなたは将来、何もできずに死ぬからです」

「は…?」

「あなたは仕事を探しても仕事に就けず、家を出て、そのままフラフラして、 ビルの屋上に登って死ぬか迷います」

「……」

「そんな時、思いました。だったら死ぬ前に、もしかしたら合ったかもしれない自分に電話しようと」

「……」

「でも、電話しても、同じ人。何も変わってない。何もしてない。あなたは一体、何をやっているんです?」

「……」

「このまま、俺を死なせたいのか?」

電話主の口調に圧が混じる。

「もう少し待ってくれないか…?」

「は?」

「今からやってみるよ」

そう呟いて、電話を切った。

彼はその後、努力した。

年齢や職歴や経験や、そういったハードルがあったけれど、落ち着いて数をこなしていくうちに見えてくるものがあった。


あったような気がした。


プルルルル

電話が鳴った。おそらく彼からだ。

「もしもし?」

「おめでとうございます!」

「あぁ…ありがとう。ここからの景色は美しいね…頑張ったかいがあったよ」

彼が立っているのは、ビルの屋上だ。

「頑張っても何ともならなかったけどね」

男は電話を捨てた。

電話主はしばらくしてから、ドサッという鈍い音を聴いた。

「ふざけるな」

そして電話は切れた。

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