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思ってたより夢の国

 奥さんと日帰りバスツアーに行ってきました。

 行きのバスの中でコーヒー飲みながら喋ってて、奥さんが職場の店長の話をしていた。

「こないだ店長が言ってたんだけど、店長は個人経営で自分の店もってて、それは好きでやってることだけど、お子さんも大きくなってきたし、もっといろんなことに挑戦したいんだって」

 まー、気持ちは分かる気がする。なんであれ、好きなことがあっても、他のこともやってみたくなるよなあ。面白いこと、やり甲斐のあることは無限にある。

 フムー、とか思いながらバスは行く。まあ、それはそれとしてツアーを楽しむ所存だ。楽しみにしてたツアーだし、良い天気だしな。

 ツアー最初のプランはマイ箸づくりだ。福井県小浜市「箸匠せいわ」にて。

 あの、このツアー、ホテルでカニ・フグ懐石を食すのがメインなので、まあ、このマイ箸づくりは、ジャブだ。旅の気分を高めるウォーミングアップ。

 だが、「箸匠せいわ」側はそんな風に思っていなかった。

 所要時間はわずか30分だ。たった30分。しかし、「せいわ」はこの30分で我々夫婦に、ツアー客達に、桃源郷を見せた。

 あの、まず最初に、金色の服を来た七福神の恵比寿様が鯛を持ってバスを出迎える。

「ようこそおこしくださいました! めでたいですよ、さあ触って」

 と、手作り感あふれる鯛を掲げてにっこり笑顔。エッ、ナンデ恵比寿様?

「さあ、めでたいですよ」

 戸惑いながらも鯛を触らせてもらいこちらも笑顔になってしまう。

 次の部屋に通されると、次は金色の服を着た大黒天様が登場。ツアー客の前で「お箸の話」を始める。エッ、ナンデ大黒天?

「ようこそおいでくださいました! こんな格好してますけどワタクシこの『箸匠せいわ』の社長です」へえー。「今日はほとんど女性ですね。男性の方は……けっこういらっしゃいますね。良かった。以前、女性の中に男性ひとりだけのときがありましたが、肩身せまくないですか? と訊くと、家よりましですって。これには一本とられました」

 わっ、と和やかな笑い声。

 すごい慣れていらっしゃる。講談師のよう。その後も、伝統の塗り箸の話や、知ってるようで知らない和食のマナーの話、子どものお箸教育の話など、軽妙な語り口で話はつづく。で、

「ワタクシ、お箸の正しい使い方は子どものうちから学んでもらいたいと思いまして」

 と、背後の自社商品群から、ひとつ手に取ったのは、

「コチラ、お箸の絵本を作りまして。これワタクシが書いたんですけど」中身を開いて。「ほら、楽しみながら食卓のルールやお箸の持ち方を学べるようになってるんですよ」

 お箸の……絵本!!

 その後も楽しく濃密にお箸の話をすすめる大黒天様。次々と自社商品も紹介していく。手のツボを刺激する「健康箸」、計算されたカタチにより使う内に子どもの知育になる「六角知能箸」など次々でてくる。流れるようだ。まったくいやらしさを感じさせない。そうして、お箸文化の深みまで紹介していく。すげー。

 お話もおわり、マイ箸づくりにシフトする。ここでは、特殊な塗料で五層にコーティングされた塗り箸を、専用の研磨機で研磨する。それによって、削られた部分から下の層の色が表れ、オリジナルの模様になる。

 うまく出来たかわからないけど楽しかった。性格でるな。芸術家気質の奥さんは、大胆に削り、サイケデリックな妖怪みたいな箸を作ったし、ぼくは堅実に削りを施し、均等に模様が並ぶ箸を作った。

 お土産コーナーもお箸の宝物殿のようでワクワクした。すっかりお箸の世界に魅了されてる。

 濃密な時間も終わり、バスに戻り、出発。

 最初に出迎えてくれた恵比寿様が手を振りながらバスを追いかけ、別れを惜しんでくれた。すごい走ってた。

 僅か30分滞在した我々ツアー客をもてなせたことが、すごく光栄で嬉しいことだったと言うように、送り出してくれた。

 不思議な気持ちになった。こちらは、ツアー行程のままに、流れでマイ箸作りに立ち寄ったにすぎないのに。

 なんつーか、お箸の妖精が住まうこの世ではないお箸の国に迷い込んだ気分であった。ひととき見た白昼夢のようであった。

 全力で歓迎され、お箸による全霊のおもてなしを受け、全幅の見送りをクらった。

 動き出したバスの窓から、振り返ると、「箸匠せいわ」はもうそこにはないんじゃないかと思ったが、まだあった。夢じゃないからだ。恵比寿様はまだ手をふっていた。

 アメージング……

 まあ、なんつーか、いろんなことをやりたい人もいれば、ひとつのことでいろんなことをやる人もいるんだなあ。

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