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人間としてうまれる全ての感情さんに優しくできたなら


またまた琴音概念に気づかせてもらう




お友達と話していたときに
またそうだよね。そうだわ。と
わたしの内なる声が聴こえてきたのです。



最近のわたしって
無理に一喜一憂しない自分になろうと頑張ってたことに気づいたのです。
そもそも、大袈裟やな〜って言われるぐらい
嬉しいことは嬉しいし
美味しいものはおいしいし
幸せなことは幸せやし
悲しいことは悲しいし
大好きなものは大好きやし
オーバーリアクションやな。と言われたこと何度もありますが、これもまた嘘偽りないもの。




わたしは もともと
感情で大いに動いてしまうところがあって。
だけど、その感情のジェットコースターに
無自覚に乗り
振れ幅が大きすぎてまさに乗らされてる感満載。それに疲れちゃったんです。




安心求めてわざわざジェットコースターに乗り
自分の外側からの反応や出来事に揺れ動かされる自分とは卒業します!と設定しなおしたんです。

その時のコラムはこちら




もちろん設定は変わりました。
だけどね 根が真面目で
極端すぎるところがあるから
また設定しなおしたところでの
琴音概念が自然とつくられていたんです。






わたしの例えでゆうと
こうやって楽しくて楽しくて
ついつい書いてしまうコラム達を
表現させてもらった先についてくる
みんなからの反応には一喜一憂しません!
みたいな。笑
反応がなかった時に落ちこみたくないから
最初からそうならない設定にしておくみたいな。笑
いや、それでもいいんですよ。きっと。
でも最初からなかったようにするのって
反応に一喜一憂しなくなったんじゃなくて
ただしないように見ないようにしてるだけ



😂



その感情さんに対して閉めた蓋を
開けて 覗き込んで 取り出して 見てあげる
なんですよね。





もちろん私たちにはタイミングペース
それぞれにあります。
ひとりひとり 
その速さも大きさも方法もバラバラです
みんな同じのようで同じじゃない😌
なので 
見たくない感情さんの蓋を
パカっと開けるのも
〝わたし〟のタイミング
〝あなた〟のタイミング
で大丈夫と私は感じています。




今日は閉じておこう。
今日は覗き込んでみようかな。
今日は取り出してなんなら見てあげようかな。と自分のタイミングに寄り添えてあげてほしいなって思います。
わたしもこのタイミングで
今日書かせてもらった感情さんに
気づかされたのも意味があると思っているし
ベストなタイミングで
きてくれるじゃかいか〜このやろ〜💛って
気づくタイミングにも信頼できるようになりました。焦らずに。焦る必要はないよ。
ゆっくり ゆっくり 花が咲くように




だけどさ
話しは戻るけれど
やっぱり人間だもの。
わたし人間として生まれてきたんだもの。




みんなからすき♡ボタン押されれば
めちゃくちゃ嬉しいですよ💛
それはもうめちゃくちゃ嬉しいです。
だって、やっぱり自分をさらけだして
自己開示させてもらってるから^^
最初から自己開示が得意ではなかったからこそ
(自己開示することが良い悪いとゆう意味ではないよ〜)勇気を出して表にアウトプットできたものに対して読んだよ〜とか、泣きました。とか
元気がでます!とかそんな声が届いたら
やっぱりやっぱり
泣けちゃうぐらいうれしいです。




何気なく押してくれていたとしても
みなさまからのたったそのひとつの
すき♡ボタンでも
正直言ってちょーうれしいです。(笑)





そしてその感情さんは
人間として生まれたから体験できる
醍醐味でありギフト
体験させてもらうために生まれてきたんだもの。
悟りを開くわけでもないのだから
素直に起きた現象に反応しても
自分ではない人達からの反応を求めても
そこに喜んだり落ちこんだりしても
良いんだってことを
受けいれ 認め ゆるし 愛しています^^



やっぱりさ
愛している人には触れたいし
触れられたいし
愛したいし愛されたいよ。
(え、話しが逸れてる😂)






ただ
感情のジェットコースターに無自覚で乗るのではなく自覚して乗ることが大切やなって感じています。
ここ間違えるとほんまに一喜一憂に疲れるから。
もうまさにそれって自分の真ん中(核)から
大きく逸れて逸れて逸れまくって
他人よりで生きてることになるんだよね。
他人の反応 顔色 態度によって
自分の全てが決まる。
ブレブレのユラユラのグラグラ。
さだまりません。笑
あ、まさにこれは
以前のわたしのことを言っています。
自分の意見はないんかーい。
いや、あったんですよ。
自分の意見はあるのだけど
自分が思ういい子ちゃんでいたかったから
他人に合わせて生きることが正解だと
思っていたのだと思う。





裏を返せば柔軟で適応能力があって
いいところなのかもしれないけれど
やっぱり他人ばかり見てないで
わたしを見てくださーい!
わたしの中のわたしは叫んで
泣いていたと思います。





感情のジェットコースターは乗ってもいいけれどあくまでも振り回されないように気をつけよう。ジェットコースターは操れるものではないけれど自分が操るぐらいの意識でいること。





卒業する!と設定しなおしたとき
知識とか頭では理解できていたのだけど
やっぱり両方体験させてもらわないと
こうして言葉にはできないし
できたとしても薄っぺらいんだよなぁと
過去書いてきた自分のブログを見ながら
そう思います。
両方この身をもって体験させてもらえたから
体感できる。






人間だもの。
相田みつおさんの言葉は
よく母がわたしに聞かせてくれたもの。



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人間としてうまれる感情さん全部を
沢山味わってもいいという自分を
受けいれ 認め ゆるし 愛しています💖






いつも読んでくれるみなさん
本当に本当にありがとう^^
愛を込めて。


ありがとうございます🥰