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スウェーデンの「最期の時」についての考え方

全ての人に訪れる「人生の最期の時」は、本人の希望、尊厳、自己決定を一番に優先するのが、スウェーデンでの価値観です。


認知症を患った方は施設に入った時から、スタッフは本人や家族と充分なコミュニケーションをとり、高齢者がどのような価値観をもっているのか、自分の人生の最期をどのように送ることを望んでいるのか聞きます。

家族には、認知症という病気についての理解を深めてもらい、将来、最期の時が近づいたときの予兆、例えば食べなくなる、傾眠の時間が長くなるといった知識を持ってもらいます。
もちろん、認知症の方でほかの病気をもっている方もいるので最期の時の変化が人それぞれ違うので、予測されること以外のことが起こることはあるのですが、家族が自分の父親や母親についてよく知り、施設スタッフと日頃からのコミュニケーションがあることがとても重要です。
 
高齢者施設で暮らす認知症を患った方の、変化は多くの場合ケアワーカーによって気づかれることが多いです。

朝のケアを手伝うために訪室したときの様子や、言語以外でのコミュニケーションがそれまでとか違うこと、また、食事への意欲の表れや、飲水の減少です。
それを担当看護師へ報告し、その人が終末期に入ってくるころなのか、観察を続けながら、看護師の指示により、飲食量の記録を数日つける場合もあります。
摂取の記録は、情報の一つなので、どのくらい摂取してもらうかという、目標を立てるような意味での記録ではありません。


著明な、コミュニケーションの低下(言語的、非言語的なものも含め)、身体の疲れ、傾眠時間の増大みられてきたら、看護師から医師に連絡が行き、その方の様子を施設内で診察します。
定期的な報告は家族へ普段から、ケアスタッフや看護師からしていますが、入居者が終末期に差し掛かったことを家族へ話します。これを「ブレイクポイントミーティング」とよび、医師から現状の説明、本人の希望の確認を行います。
多くの高齢者は体調が悪化しても、病院に送られることを断り、家族もそれを理解します。病院という知らない環境で、できる処置も限られているため、病院にいくメリットはないと考えるひとがほとんどです。

終末期という判断が下りると、医師から看護師へ、痛みや不安を取り除くための薬を看護師の判断によっていつでも、本人が望むだけ投与できるよう指示がでます。

この指示により、余命が短くなることや、コミュニケショーションが取れなくなるリスクはありますが、認知症を患った方が最後の時を穏やかに、尊厳をもっていられるように、家族に理解してもらいます。

多くの家族は、最期の時に痛みや不安を持っていてほしくはないので、少しで顔をしかめるようなことがあれば、スタッフを呼びケアや薬の投与を相談します。

傾眠状態が日中も長くなっても、移乗によって痛みがでることがなければ、ベッドで寝たままでいることはなく、理学療法士とケアワーカー、看護師が相談し、その方がどのような方法を使えば、日中のリクライニング式の車椅子にのって、普段のような生活を送れるのか、検討し計画を立てます。
理学療法士、作業療法士は安全な移乗、その方が快適に座れるような補助器具を探し、作業方法をケアワーカーに指導します。


食事、飲み物の摂取は、本人が望む分だけ、望むものを摂取できる形で介助します。
甘いものを好きな方は、アイスクリームを味わったり、チョコレートの小さなものを口にいれてあげます。口腔ケアするときに使う、スポンジ付きの棒の先にその方の好きな飲み物を含ませて、味わってもらう方法もあります。

ターミナル期には、経口摂取は栄養をとることが目的ではなく、味覚での楽しみや喜びを得るものなので周囲の環境も大事なことの一つです。夏には、爽やかな空気を感じられるところで、12月では、クリスマスの音楽が聞こえることころでというように、時期やその方の好みによって環境をつくります。


緩和ケアでは、血圧を測ること、心電図をつけること採血などの検査はしません。
それらの情報により治療をすることはありませんし、患者さんにとっては苦痛を感じることになるのでしません。

食事や水分が取れなくても、胃瘻をつくることや点滴をすることもありません。体が働きをやめていく段階において、水分を投与しても体はそれをうまく循環させて有効に活用されることはありません。
心臓に負荷をかけたり、血管外に水分が流れてしまい、息苦しさを助長したり、痰を増やして誤嚥、肺炎を引き起こす原因となります。

私が日本の病院で勤めていた頃、ターミナルの患者さんはいつも痰がひどく、痰の吸引をするのが当たり前でしたが、スウェーデンの病院で吸引をしたことは一度もありません。

ターミナル期でもこれほど呼吸苦が少ないというのはとても驚きで、体に余分な水分をいれることで、苦痛を引き起こしていたことに気づきました。

また、ターミナル期の患者さんの血圧などの身体的データや、心電図をみられないことは、患者さんの情報が少ないように感じて初めは少し不安だったのですが、数字や波形から患者さんの情報を知るのではなく、患者さん自身の様子、表情からその人にとって必要なものを見つけケアをするということが緩和ケアであることを学びました。
 
終末期ケアでは、家族を支えることも大事なケアの一つです。

親族の終末期を目の前にした家族の反応や感情は様々です。
看護師が話を聞くことで状況を受容する方もいますし、心理士のカウンセリングを必要とする人、宗教家によって心の救いを求める人もいます。担当看護師は家族がどんな状況なのかを知り、専門家へ繋げていきます。

私がスウェーデンらしいと思った場面は、家族が施設や病棟に来たときにスタッフがコーヒーとクッキーをもって家族へ持っていき、座ってゆっくりと話をしていたところでした。
お茶をしながらできるだけリラックスしてもらい、落ち着いて話を聞くことは、家族の求めていることを知り、よりよい関係をつくるためにも大事な時間だと思います。
 
緩和ケアのみをして最期の時を待つという決断はやはり簡単なことではありません。スウェーデンでは高齢者施設、医療機関もスタッフ皆が同じ「人を中心とした緩和ケア」の価値観を共有して、ケアをしているので、本人も家族も満足や納得のいく見取りにつながっていると思います。

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