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手から伝わる、ケアの気持ち

朝、高齢者の部屋を訪れケアを始めるにあたり、
スタッフはどのようにしているでしょうか。

私がスウェーデンの施設で習ったものは次のようなやり方です。

まずノックをして部屋へ入り、高齢者から少し離れた小さな灯りを点け、
寝ている人の目線と近くなるように屈むか、いすに座り、手や肩をさすりながら、「カーリン、おはよう。」とゆっくりとやさしい声で話しかけるのです。
もちろん、触られることで不安になる人には、毎朝、了解を得てから触れます。

決して、大きな声で起こしたり、高齢者の顔を覗き込むように見たりはしません。まして天井の明るい電気を突然つけるのは、光への調整力の低下した高齢者にはまぶしすぎて心地のよいものではないと、私の指導者は言いました。

深夜トイレに起きたり、眠りが浅かったりと、高齢者が熟睡感を感じるのは難しいですから、穏やかな朝の目覚めを感じられるようにスタッフは気を配らなくてはいけません。朝の気分はその日の精神的、身体的な調子に大きく影響します。

ベッドに横になっている、高齢者の手や肩をさするというのはとても意味深いものです。

眼鏡や補聴器など、感覚を助ける器具を外して夜寝ますから、触れるという感覚を用いてコミュニケーションをとることは高齢者にも伝わりやすい手段です。

触れるという動作は、時には言葉以上に思いを伝えることもありますし、触れる人(介護者)が、触れられた人(高齢者)に対して、寄り添おうとしているのか、支配的な思いをもっているのか、すぐにわかります。

温かく優しい手のぬくもりは、ベッドで横になっている人へ、「今日もあなたのそばに、あなたを支える人がいるから安心してください」というメッセージを送ることができるのです。

スウェーデン人のコミュニケーションの中で、触れることを用いて感情を表現するということは非常に一般的であり、大切なものです。

例えば、道で会って立ち話をした程度の見知らぬ人とは、さよなら、といって別れるだけですが、名前を紹介し合い知り合いになった人とは、握手をして、出会えたことを喜んだり、また会いたいことを示したりします。

さらに、友達、親戚には、会った時も分かれる時にも、ハグをして会いたかったことを表現し、お互いが近い存在であることを感じ合います。

職場についても、親しい仲間には大きなハグをして「今日は一緒に働けるのがうれしいわ」と言います。私は同僚にハグをすることに、初めはかなり戸惑いましたが、今は私からハグをすることも時々あります。
 
保育園では先生が子どもたちに、悲しいことがあって泣いているお友達がいたら、どうしてあげたらいいのかという質問をすると、子ども達は、ハグをしてそばにいてあげると答えたそうです。

小さな頃から、触れ合うことでどのような思いが伝わるのかを生活の中で学んでいます。

そして、子どもは親がやさしく包み込むようにハグをすると、「あぁ、気持ちがいい。」とつぶやきます。

この表現は、ちょうど日本人が寒い冬に、お風呂に浸かったときに思わず口にするつぶやきに似ていて、リラックスして、安心を感じたときの感情だと思います。

スウェーデンの医療福祉現場では、この「触れる」というコミュニケーション方法をさまざまなところで用いています。
時には意図的に行っているのかもしれませんが、多くの場合はスタッフが患者さんや入居している高齢者に寄り添いたいという思いから自然にしているようにも見受けられます。

私がスウェーデンの大学病院で驚いたことは様々ありますが、老年疾患専門上級医として長年勤めているフッグマン医師の患者さんとの会話の様子は、特別に記憶に残っています。

それは、医師が病棟回診で患者さんと話しをするとき、いつもベッドサイドへ自分の座る折り畳み椅子を持っていき、ベッドや椅子に座っている患者さんの手をさすりながら、病気の状況を説明し、今後の治療について相談しているのです。

医師が手を触れることで、患者さんとの距離も近くなります。患者さんはリラックスし、安心した気持ちで話がしやすくなります。

さらに患者さんをよくしたいという非言語でのコミュニケーションも加わり、理解度や認知度の低下した高齢者の人も話を聞きやすくなります。

「触れる」というケアは、高齢者に直接接するスタッフにとって大切なスキルなひとつであり、時にはそれは不安を抑えるような薬よりも効き目があり、副作用がないことを皆よく知っています。

認知症を患った方が「日没症候群」という日の入りの夕方になると、不安を示したり、徘徊を始めたりすることがあります。高齢者施設では夕方、スタッフが高齢者の手をさすりながら、一緒にソファーに座っている光景をよく目にします。これはタクティールケアと呼ばれることもあります。

音楽を聴きながら、テレビを見ながら、手を握り、優しく触っています。触れるケアによって、徘徊、抑うつ、興奮などの認知症の周辺症状を予防しています。

相手に丁寧に触れるという行動は、相手に対して労りや温かい気持ちをもってしなくてはなりません。そして、その触れている手から伝わっていきます。

学校でも子ども達同士でマッサージを教え、お互いにする時間があります。「友達をいい気持ちにできる手は、友達を叩いたり傷つけたりはしない」ということを話し、コミュニケーションの一つとして行われています。


日本語で、人のお世話をすることを「看る」と書きます。

看るという漢字が手と目からできているように、ケアは目で観察し、手をお手伝いをすることはもちろんですが、
時には手が目のように高齢者の心の変化を見たり、口に変わって思いを伝えたり、手の温もりによって癒したりするのだと思います。


 

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