エッセイ|家宝のわけ
うちの家宝には、恥ずかしさがまとわりついている。
あまりにも恥ずかしいので、決して人には見せられない。自分自身でも見るに堪えない。そうやすやすと目については困るので、戸棚の奥深いところにしまい込み、知らんぷりして放っておいた。かるく30年ほどになるだろうか。
そのあいだに引っ越すこと一度。荷造り中にうっかり目にしたときには、「わーっ!」と慌ててジタバタとした。
でも、どんなに慌てさせられても、手放すことなどありえない。
たいせつな家宝なのだから。
うちの戸棚は6段で、一段の高さは30~36 cm、奥行き46 cm。
小さな宇宙である。といっても、混沌とごった返している意味ではない。
たくさんの過去と現在が渾然一体となるところ。それが宇宙のようなのだ。
戸棚を整理していて、うかつにも家宝を取り出したことが何度かある。そんなときにはいつも大急ぎでずっと奥へ、さらに奥へと押し込んだ。
そうしているうちに、戸棚のどこにいったか……わからなくなった。
でも、どこにあるかわからなくても、必ずどこかに眠っているはず。それは決して捨てたりしない、たいせつな家宝なのだ。
ときどき、こわいもの見たさで思いきって戸棚までいく。扉を開ける。
しかしそこから先は…じっと眺めているだけだ。
いつのまにか(ほかの物と取りちがえて捨ててしまっていました)ということだって、じゅうぶんにあり得るだろう。なにせ30年もの時がたち、“廊下”現象(?)で集中力がもたなくなった。手に持っているエビを食器棚へ、洗ったお皿を冷凍庫へ入れようとするほどの頼りなさ。剥いたエビの身を生ゴミへ、殻を食べるほうへ放りこもうとすることもある。
戸棚を開けて、それからじっと思案する。
――― 探してもしも出てこなかったら… 失くしてしまっていたら…
そうなれば、大きなショックを受けるにちがいない。
だからいつも、そのまま静かに扉を閉じる。
***
あれは30年まえだった。
ロンドンの語学学校に通っていた当時、同じクラスにいた日本人のA子ちゃんに誘われて、日本人留学生の集いに参加したときのことだ。
ソーホーという地区のカジュアルな和食店に、10人ほどが集まった。
そういう場では最初に自己紹介がある。冒頭で幹事さんが、テーブルの中央に座っていたある一人の参加者を、特別に紹介しはじめた。
わたしの斜め前に座っている、涼しげなまなざしの青年のこと。なんでも彼は、日本のある伝統芸能の継承者で、文化庁から派遣されてきた留学生であるらしい。
幹事さんの口から(わたしにはよくわからないが)、その人の華やかな経歴が語られていく。
「…〇〇を演じたときには、『際立っている』と評されました。日本に帰ったら、もうお側にも寄れないような方ですからね。こんな機会、めったにないことなんですよ」
その伝統芸能は当時の日本人一般にまだそれほど意識されておらず、わたしにすれば(そういえば教科書に写真があったな)くらいのイメージしかないものだった。
会がお開きになって、その人が近くにいたので(←めったにない機会)、嬉しくなってつい話しかけにいった。
「あのぅ、伝統芸能のかたって、どんなモットーをおもちなんですか?」
(……あーもうバカバカバカ。よくもこんな思い出すのも恥ずかしい、〇ソ真面目な質問が平気でできたもんだ)。
するとその人は一瞬、逡巡するような素振りをみせてたった一言、
「モットーも〇ソも、ないですよ」
と答えた。
わたしは急に恥ずかしくなり、次の言葉が思いつかなかった。そして、とっさにまた〇ソな言葉を発してしまったのである。
「〇ソも、ないんですか」と。
あぁ、もう…アホである。本物のアホである。
わかると思うが、〇の中に入る文字は「ミ」ではない。
人というのは、(ヘンな人だと思われないようにしなきゃ。気をつけなきゃ)という場面になると、決まって逆のことをしてしまう。
テーブルに置いてあるコップを、(ひっくり返しちゃいけない!)と思うほど必ずひっくり返してしまうのと、どこか似ている。
A子ちゃんはカメラマニアで、ついさっきまでこんな恥ずべき会話がなされていたことも知らずに、その人とのツーショット写真を撮りにきてくれた。
朝ドラとか、テレビや映画でその人を頻繁に見かけるようになったのは、この日から何年か後のことだ。
***
撮ってもらった写真を見ると、思い出して恥ずかしくなる。
言うまでもなく、二度と会うことのない(それもとびきり華やかな)スターに向かって「〇ソ」と言ってしまったこと。そのことがいちばん悔やまれる。
それに、わたしが最初にたずねた愚にもつかない質問だって、かなり恥ずかしい思い出だ。
伝統芸能の継承者だからといって、誰よりも気高いモットーを胸に生きているかというと、そんなことはないだろう。(伝統芸能だから、芸能人だからスゴいはず)と思ったのはわたしの勝手な先入観。幼さの表れだ。
いま思えば、たしかにふつうの人とは違う輝きがあって、サービス精神が旺盛だった。
それでも、髪をすこしロン毛のソバージュにして、カジュアルなシャツの胸元にサングラスをひっかけていた萬…あの人は、いい意味でふつうの人と変わるところはなかったと思う。
恥ずかしく思うのには、もう一つ別の理由もあった。
自信に満ちて堂々とした人の横に写る、自分自身の愛想笑い。
自信なさそうで、気弱そうで、情けない顔をしていた。
30年経ったいまでも、穴があったら入りたいほど恥ずかしい。
でも、恥ずかしくても、A子ちゃんからもらった写真は一生手放すことはないだろう。
それはたいせつな宝物。
若かったあのころ、かけがえない日々の象徴なのだから。
あの写真には、愚かさや恥ずかしさだけではない。もう戻れない昔の、愛おしい思い出がまとわりついている。
(了)
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