無料 短編ホラー小説『あなた』 第一話 ~山着~
前書き
あなた
あなたは、いま”これ”を見ている。すこし時間に余裕がある、というか、暇だった。
やらなきゃならないことが沢山あるのに、現実から逃避するように何気に”これ”を開いてみた。
やるべきこと、優先すべきことは退屈だ。なぜならそれは『義務感』が生じるから。
宿題、家事、仕事、作業etc…
なにより『人』が面倒くさい。周囲の友達や家族、仲間などに気を使ったり無理に会話をしたり、相づちも作り笑顔も本当に面倒くさい。
人に言われたことも、面倒くさい。手伝いなさい、宿題をやれ、仕事しろ、飲み会だ、洗濯や洗い物、掃除や料理も・・・・・・
でも、そんなこともよくあること。あなただけじゃない、みんなそんなものだ。
自分にそう言い聞かせ、まぁ、せっかくなんでこの少しの『時間』を楽しもうじゃあないかとも思い、いまも続けて”これ”を読んでいる。
そういえばあなたは寝つきが悪いときが”まま”にある。
寝なきゃ、寝なきゃと、明日は仕事だ、学校だ、お弁当作りだなど、色々と朝が早い。
これも明日のために寝なきゃいけないという『義務感』と『使命感』に駆られてしまう。
しかしそんな最中でどうしても、頭の中がぐるぐる✖2と様々な思いと言葉が廻りにめぐる。
廻りめく思考と同時に脳内でいろんな感情と気分が飛び交う。
喜び、楽しみ、緊張、不安、怒り、焦り・・・そして
『恐怖』に・・・・・・
いまあなたが寝つけないのは、漠然とした『未来』と差し詰まった『現在』。その不確定要素な毎日の『恐怖』。
その不確定要素という恐怖は、いまもあなたの後ろにいます。
じぃ・・・とあなたを見ています。いつもあなたをつけ狙うかのように、ず~っと・・・・・・
そんな恐怖の『もの』が気になってしまったきっかけは、たまたま、あなたらしくもなく流行りに乗って”一人キャンプ”に行ったときです。仕事仲間の数人がキャンプの話をして楽しんでいる場に出くわせてしまい、成り行きで参加することになった。
あくまでも一人キャンプを楽しむために二泊目まではしっかりと一人を楽しみ、最終日だけ合流しワイワイするというプランだった。
更に一人を味わうために現地へは個別で向かい、帰省だけみんなで帰るというルールを、『あなた』は守った。恐らくは”本当に仲が良い同士”はそんなルールなんて守っていないだろうに・・・・・・
用意するものはほとんど必要なく、なんなら食料も現地で購入できるブースもあるようなそこそこ有名なキャンプ地だったのですが、あなたは道中で断念してしまったのです。
その一番の原因は当日、あなたの腰の重さでした。つい、いつものようになんとなく億劫になってしまい、自宅を出発したのが昼過ぎ。その頃の時期では、もう夜には少し肌寒くなるような木枯らしが吹く晩秋のため、到着時にはもう周囲は真っ暗。山道を車で行ける場所まで進み、大きな駐車場がありそこであなたは車を停めた。
そこからは徒歩で進むのですが、点々と道沿いに外灯がある程度です。
そこであなたはつい、気になってしまいました。
外灯の奥の森に広がる『漆黒』を。
あなたは気づいたその瞬間、その場から一歩も前へ進めなくなりました。
のちにあなたは野生の獣、野犬かヤマネコか何かだということにしていますが、そのときに感じた『もの』は本能からの違和感でした。
少なくとも、どうでもいい知人ではあるが約束をドタキャンすることに一瞬の戸惑いも、躊躇もなくその場から一目散に引き返し帰宅したのですから。
あなたはそれからというもの、たまにその『もの』の夢を見ます。
夢のなかでいくら走って逃げても、追いかけまわされ、執拗に、際限なく、たまに、その存在は瞬間移動のようにワープしてくることも。
トイレに隠れても、入浴中にも視線を感じます。部屋に逃げ込み、布団やベッドの隙間からも・・・クローゼットや本棚の中に。ベランダや玄関、窓のすぐそばに・・・・・・
次第に、夢じゃない現実でも同じように、存在を感じるようになることも”まま”に・・・・・・
始まり
最初は、あなたが祖母のお葬式に行ったときです。式場のすぐ近くに山へと駆け上がるように木々が、深い森がありました。夕刻から夜になると、あなたはその木々の黙が気になり、そして不気味に感じました。
そのときあなたはじっ・・・と、その闇の黙と隙間を見つめていましたが同時に『モノ』もあなたをじぃ・・・っと見ていたのです。その視線を感じたからこそ、あなたも気になってしまいました。
キャンプに行こうとした時と同じ漆黒ように。
あなたからはその時も、真っ暗で何も見えなかったでしょう。でも『モノ』からあなたはしっかりと見えていて、なんなら数秒間”目が合っていた”のです・・・・・・
しかし当時のあなたはまだ幼く、恐怖まではしていませんでした。
興味、好奇心、もしくは警戒心、違和感。その程度でした。すぐに家族か親族のそばまで駆けつけ、安心と安堵感からこのことをすっかり忘れています。
でも、いまはもう子供ではない。
だからって、怖がったり不安に苛まれたりすることはけっして恥ずかしいことでも、情けないことなんかではありません。山や森の中、その『恐怖』を感じるのはあなただけではないのです。
だれもが、昼ですら木々の紫幹翠葉が光源である日差しを奪い、薄暗く、夜なら視覚が完全に失われる。その反面、聴覚や嗅覚などが研ぎ澄まされた漆黒の闇夜のなかで風がこそめく
カサカサッ・・・ザザザー・・・・・・・
という、木々と葉々がこすれる音。そして頬や二の腕を撫でるように過ぎ去る風の吐息。
リンリンリン・・・キチキチキチ・・・キイキイ・・・・・・
と、虫の囀りが鳴り響く。まるで化け物の歯軋りや爪で何かを掻くかのような物音。
そんな境遇に恐怖しない人のほうが稀だと思います。
しかし、あなたはずっと恐怖と共に不思議だと思っていました。なぜ多くの人が、そしてあなた自身もこんなにただの夜の森に恐怖するのだろうか・・・・・・
可能性の話ですが、『一目惚れ』とは遺伝子が『呼ぶ』んだそうです。近い遺伝子との交配だと、生物としての淘汰がされないために多様性が失われます。できるだけ『自分に無い要素』を含んだ遺伝子と子孫を残そうとする『本能』だそうです。
例えば、万が一人類のみんなが同じような遺伝子だと、ある特定のウイルスや天敵、その一種類の存在が原因で種族が絶滅してしまいます。
もうすこし難しい話をすると、遺伝情報が似すぎているとどっちをチョイスすべきか『エラー』が起きるのでしょう。同じような遺伝子の同じ『短所』を選ぶようにインプットされていないため、もしかして遺伝子が独自で変異させているのかもしれません。
このように、なぜか『惹かれる』ものや、なぜか『畏怖嫌厭』するもの。
なにか本能が謳えかけるような、共通する『モノ』があるのではないでしょうか・・・・・・
そういえばあなたはそのころから、自分がじぶんでは無くなるような感覚を感じることがたまにありました。特に、夢から目覚めた直後など・・・・・・
毎朝、目覚める度に「ああ、自分か・・・」とまるで毎回、じぶんという存在を再認識しているように。
その”非現実感”も、もしかすると『モノ』の仕業かもしれません。
田舎のおばあちゃん
あなたは子供の頃によく聞かされたと思います。
「一人で勝手に山に行っちゃだめだぁよ」
と・・・あなたはその都度、思いました。
《なぜ?どうして?》
もしくは率直に聞いたかもしれません。
「なにがいるの?」と。
すると毎回、こう答えられました。
「神山(かみさん)がいるけぇね」
「”神様?”ならいい人だよね!会いたい!」
「だめだぁ、めったに会えねぇもんだし、それに『連れて』いかれぇ」
・・・なんだか、誤魔化されます。
でも、仕方がないんです。おばあさんも、そのまたおばあさんからそう聞かされただけですから。
あなたは気になり、調べ、知りました。
それは、時には「一つ目のお化け」だったり「蛇の化身」「狐や狸」「天狗」「鬼」「イルカやジュゴン」「猫」や「九十九神」などなど。
まだまだ調べました。要因や因果。
「姨捨」「口減らし」「穢多・非人」「忌み子」「舵子」「おじろくおばさ」「サンカ」「えぶね」などなど。
侵略者から逃げのびた先住民。先住民から受け入れられなかった侵略者。不必要とされた人間。恵まれぬ子供たち・・・・・・
その閉鎖的な空間で、たまに起きる『エラー』。
おばあさんの、そのまたおばあさんのおばあさんの・・・・・・
『モノ』の始まりは、崇めたのだろうか・・・それとも”拝んだ”のではないだろうか・・・・・・
あなたは不安になりました。自分の祖先とはどのような”立場”だったのか・・・そして
今のあなたはどう感じ、どう思えばいいのだろうか・・・・・・
行動
一日目
あなたは不安と疑問を打ち消すために再度「田舎」へと向かいます。親戚の叔母が上京せずにずっと田舎暮らしをしているので、なにか知っているのではないかとも思い、色々とお話を聞きたいと考えました。
叔母さんとその一家はいつも微笑ましくあなたを迎えてくれます。かわいい甥っ子と姪っ子がキャッ♪キャッ♪と騒がしく、絵にかいたような幸せな家庭でした。あなたはそこで”遺物感”をかんじながらも、なんとか満面の笑みで溶け込む努力をしています。
夕食をご馳走になり、義理の叔父は食後のお酒をたしなみ出しました。そのあいだ叔母は子供達と寝室へと行き、寝かしに行きます。まるで定例行事かのように段取りがスムーズでした。あなたはここだという勢いで質問を始めます。
「裏山手にある『禁足地』って、入ったことある?」
叔父さんの『目』だけが一瞬、フリーズしたように見えました。
「いや、ないよぉ。どうしたん?」
「おばあちゃんが言ってたの思い出したんだ。神様がいるって」
「ああ、そう言えばわたしもそんな話を聞いたことあるなぁ。え、信じてるん?」
少しバカにしたような表情で言われた。
「いえ、信じる・・・というか、昔から、子供の時から、なんかいるなぁみたいな?不気味な感じがするんです」
「へぇ、そうなんやぁ・・・あ、そういえばそっちはどうなん?都会の方じゃ・・・・・・」
なんだかその日は話をはぐらかされた気がしました。
墓場
二日目
初日は問いただす・・・もとい、質問することを諦めて翌日。
当然、叔父は仕事のため朝昼は不在なので、田舎へ来たついでにあなたのおばあさんの墓参りへと行きました。
もう何年も田舎には来ていませんでした。おばあさんが亡くなり幼い頃に母に連れられてきたとき以来です。
道中の景色はすっかり変わっていて見慣れないコンビニや、ガソリンスタンド、蕎麦屋さんなどが点在しています。そもそも幼いころのうろ覚えな道なので、迷うかも、と不安にもなりましたが体が覚えていたのでしょう。どんどん民家も少なくなっていき山沿いへ、木々が映る風景を支配的にしていきます。
そもそもあまりインフラも都会のように複雑なほど進んでいるわけでもないので、車が通れるような補整道路も少なくて迷うこともなく颯爽と立ち並ぶ墓石の規則的な風景が目に入ってきました。
昔に見たときより広くなった気がします。数十基とここ一体が墓地となっていて、隠坊さんが管理している場所でお花やお線香を買い、あなたの祖母、祖父が眠る墓前へとやってきました。
水桶に汲んできた水を掛け、お花を供え線香に火を灯し、手を合わせます。祖父はあなたが物心がつく前に亡くなっていました。
《ぜんぜん来れなくてごめん》
先ずは申し訳ないという気持ちが先立ちましたが、直ぐに自身の不安や身のまわりに迫る『モノ』について頭の中で問いかけました。・・・いえ、問いかけた、といっても形容しようがない『モノ』についてなんて言えばいいかもわからず
《あれはなに?》《どうして見てくるの》《なにがしたいの》・・・・・・
質問なのか、問いかけなのか、尋問なのか、よくわからない思考のなかでとにかく必死に語りかけました。すると
カサ・・・カサ・・・コロコロコロ・・・・・・
お墓の右手は更に上へと続く斜面道路になっていて、上から二つの|松毬《まつかさ》(マツボックリ)がコロコロと転がってきました。
少し不思議に感じました。なぜなら周辺に針葉樹なんて無いし当然、周囲には他に一つも松毬なんて無くこの転がってきた二つ以外にはまったく視界には見当たりません。
あなたは近くに転がってきた松毬の方へと向かいそれを拾い上げました。もう一つは五メートルほど上の道に落ちている石ころに引っ掛かり止まっています。
《そういえば子供の頃からこの上には行ったことがないな》
と思い、なにがあるのか、どんな風景なのかという好奇心から上へと行ってみました。二つ目の松毬を拾いにいくついでのように・・・・・・
廃忘
三日目
あなたは気が付くと、真っ白な世界で横たわっていました。この匂いと雰囲気は、どこか病院のベッドの上のようです。
すこし混乱しています。なぜなら最後の記憶はお墓参りに行った山の中だったはず・・・・・・
いつのまにか寝ていて、どうやってここにいるのかがさっぱり分かりませんでした。
カーテンの隙間から看護師さんが見え、あなたはすぐに声をかけました。すると
「・・・ああ、気が付きましたか。すぐ先生を呼びますね」
と笑顔で看護師さんが返事をくれて、すぐに視界から消えます。
《・・・気が付いた??》
記憶をたどるのに頭を捻ると同時に右後頭部に電流のような痛みが走りました。
《っ・・・たっ》
痛みがする部分を反射的におさえると、ガーゼと頭用ネットに触れる。
《怪我をしてる・・・・・・?》
いまいち頭がぼんやりしていて記憶が曖昧です。
《転んだ?》
そんなことを考えているうちに、白衣を着た典型的なお医者さんが足早にやってきます。
「ああ、気が付きましたか。頭の怪我は大丈夫ですよ。軽く”たんこぶ”ができただけで頭部裂創もないし骨にも以上はないです。他に外傷や異常も見受けられません。念のためMRIにて脳も見ておきたいので、また呼びにきますね。他にお体の異常はなにか感じられますか?」
「・・・いえ、大丈夫です」
「そうですか。ではまた・・・・・・」
一般的な診察を受けながら、必死に思い出そうとあなたの頭の中は大忙しです。
MRI検査の結果も問題は無く、そこそこ広いフロント、と呼ぶべきか、誰もいない待合室へと向かい長椅子へと腰をかける。
「誰か、迎えに来てくれる方に連絡できますか?それともタクシーを呼びましょうか?」
受付の女性が優しく話しかける。あなたは叔父へと連絡をいれました。
その後、自分はここへ来た経緯を受付の人へ聞きます。あなたが道路沿いで倒れている所を通りがかった人が119番し、ここに担ぎ込まれたようです。その場所は例の禁足地のある山の麓だそうで、少し驚きました。あなたの最後の記憶は、倒れていたとされる場所とは一山ほど越えた反対側の霊園だったはずです。たった一晩で、しかも徒歩で越えていけるような距離でも道中でもない。人が通れる道があったとしても獣道ぐらいなはずなのです。
思い出そうとすればするほど、どんどんと怖くなってきました。荷物は全て、携帯もサイフも無事です。せめてお金だけでも盗られていればまだ安心できますが・・・・・・
薬をもらい会計もすませて、あとは叔父をただ待つだけの状態でした。
「あ、一応、警察の方から明日にでも連絡があるんじゃないかな。事件性があるかどうかの確認は入ると思うから、連絡先をここに記入お願いできますか?」
「あ、はい」
そんな事務的な処理や説明を受けていると、叔父が駆けつけてくれました。
「大丈夫?!」
「はい、すいません、ご迷惑おかけして・・・・・・」
「ええよええよ、とにかく無事でよかったね!」
そう言って、とにかく病院も外来時間外でもあるので受付の人に一礼をして、そそくさと退院します。
「とにかく、なにがあったん?野生の動物か何かに襲われたと?」
叔父は気がきではない様子です。
「・・多分、そんなんじゃないと思います」
「多分?」
「あ、えっと、ハッキリと覚えてないんです・・・・・・」
あなたは叔父に本当の事を言うかどうかを悩んでいました。
「え、頭打ったみたいやし、もしかして記憶喪失、とか?・・・・・・」
「んー・・・・・・」
少し考えましたが、叔父にはそのまま真実をありのまま話そうと決心しました。信じてもらえるかどうかはどうでもよく、ついでにおばあさんが言っていたことを聞こうと思いました。変なことを言ってると思われても、頭を打った、ということを利用できるというふうに。
「・・・え?禁足地の山で??」
「はい。その麓の道路沿いで倒れていたみたいなんです。最後の記憶は、おばあちゃんのお墓参り、こっちにきたついでに行ってただけなんだけど・・・・・・」
「??ばあちゃんの?そこはあっこの反対側の、ひと山超えたとこやで?」
「はい、だから・・・わからないんです。お墓参りのあとに時間があったから、少し上へと登ろうとして・・・そこから何も覚えていない。山を越えたつもりなんてないんです」
「ん~、まぁそりゃそうやろ、あっこの霊園からひと山越えるなんて、素人が無暗に入って日中だけで出来ることやないで。富士山のちゃんと人の手が入った道があって、んで登山から下山に十四時間ぐらいかかるんよ?大自然じゃ方向も視認できずに迷うことこそ当たり前じゃけの。遭難する確率のが高い程や。補正された道なんて山沿いの迂回経路の車道や、山々の間、谷に沿って作られた道ぐらいしかないしなぁ、あの辺は」
「あの・・・あそこって、なにか変な噂や話って、本当にないんですか?」
「ん~?・・・いや、ない、こともないけど・・・・・・」
「どんな話ですか?」
「・・・お墓へはなにで行ったん?バスけ?」
「あ・・・じぶんの車です。霊園の駐車場に停めてます。そこに、車が停まったままだったら、信じてもらいますか?」
「ま、まぁ待ちいや、別に疑ってるわけじゃないけぇの、最悪、誰かに攫われて連れてかれたってのもあるわけやし・・・・・・」
「何のために?」
「知らんけど・・・・・・」
「一応、なにも盗られていないし、怪我もこの”たんこぶ”だけなんですよね・・・殺そうとして、これだけで踏みとどまったとか?」
「まぁ、ありえなくはないけど、なぁ・・・・・・」
「フッと、意識を失った・・・そんな感じなんです。映画のような、頭を殴られて気を失ったような感じではないんですよ。あ、もちろんそんな経験なんてないから分んないけど・・・・・・」
「そりゃ、そうやろな・・・まぁ、とりあえず今日はまだ運転とかはやめとき。フラフラしたりしたらそれこそ危ないやん?明後日、ぼく仕事休みやしそのときまた送ったるわ。車あるかどうか見に行って、あったら拾いに行こ。あそこの管理人の隠坊さんはぼくとは顔なじみやし、事情説明してちょっとそれまで停めてもらっとくよう連絡入れとくし。な?」
「はい・・・そうですね。でも、なんで・・・自分でも不思議です。まるで”神隠し”みたい・・・・・・」
「・・・まぁ、頭の打撲以外の外傷もなんもないて医者は言うてたんやろ?今日、明日はうちで安静にしとき」
「はい。なんか・・・本当にすいません・・・・・・」
「あ、ええよええよ、なんかよう分からんけど、道端で倒れてたなんてただ事やないからなぁ」
叔父は元気づけようと、頑張った笑顔でその後も会話を続けてくれました。あなたも叔父も、なんだかいまは深く詮索するのは怖い・・・というか、気持ち悪いような気がして、叔父の何気ない別の会話でその場を”二人ともが”濁しました。
廃忘
三日目の深夜
「・・・おい・・・で」
《??》
「また・・・おい・・・で」
夢でしょうか。あなたにはなんだか懐かしい声が聞こえてきます。
《だれ?○○ちゃん?》
あれ?声が出ていません。一瞬、姪っ子が呼んでいるのかな?と思いましたが、声が全く違います。そんなに若い声ではありません。
「また・・・おいで」
《おばあちゃん?!》
声を上げている意識はありますが、出ていない気もします。なぜなら反響がまったく無く、まるで真空で叫んでいるかのように声が一方通行に突き抜けている感覚で、自分に声が全く聞こえてこない。
しかしなんだか懐かしいような声です。あなたはおばあさんだと確信しました。
《おばあちゃん!うん、また行くからね》
なんだか悲しくなり涙が溢れてきました。
ばあちゃんっ子だったあなたは、大好きだったおばあさんの声が聞けて繋がりを感じたことへの感動と、現状の不安感とで冷静にはいられませんでした。
気が付くと、布団の上で上体を起こしたまま、目を瞑り泣いている自分を俯瞰で認識して目を開きました。
部屋の周囲を見渡すがおばあさんの姿は当然のようにありません。しかし、頬から口元へと流れている水滴は事実としての実感を、口の中に広がる塩味が訴えかけます。
《夢?》
理性では夢だと言っています。が、感性はおばあさんに会えた、よかったと言っています。そう自分に、二つの意見をぶつけ言い合いながらも、安心して再度、またおばあさんに会えるかもという期待を乗せて眠りにつきます。横になったあなたの目線にはデジタル時計が。
時刻は2時14分。
再会
四日目
叔父が帰宅するまで、安静にしながら叔母と他愛もない会話をしていました。ちなみにあの後、おばあさんの夢?を見ることは叶いませんでいた。
「それにしても、ほんまに軽い怪我でよかったねぇ」
「はい、ご心配をおかけしてごめんなさい」
「いや、それはいいんよ~。夜になっても帰ってこないから、あたしらはもう帰ったんかなぁとか思っててさぁ。旦那から話聞いたときはほんまビックリしたわぁ」
「貧血か、熱中症かなにかで倒れて頭を打っただけだと思いますので、本当に大丈夫です」
「そっか。どう?頭は、まだ痛む?」
「ええ、なんだか、少し痛みますが・・・痛いのは身体が治している証拠、ですよね」
「まぁそうやねぇ」
ニコッと微笑みながら、アイシング用の塗り薬と包帯を交換してくれた。
「あ、あと、さっき警察の方から電話があって、昼過ぎにこっちにこられるそうなんですが、よかったですか?」
「ああ、ええよ、とりあえずの事情聴取やろ?」
「そうですね。・・・あ、そういえば、叔母さんはあの山、禁足地についてなにか聞いてますか?」
「ああ・・・え?もしかしてあそこ調べてたん?あたしも『行くな』としか聞いてへんなぁ・・・中には、小さな祠と鳥居がある、とまでは聞いたことあるよ」
「だれか、あそこに入ったことあるんですか?!」
「いや、詳しくは知らんけど、森下さんが一応、いまでも管理してるって聞いてるよ」
「森下さん、ですか」
「ええ、『森下』って昔は社『やしろ』の下って書いて『杜下』っていう意味やったとかなんとか・・・森や山を守っていた、守衛みたいな人やったみたいな話を聞いた事あってね。その昔、宗教関連の兼ね合いとかなんかで『森』っていう字に変えたんやって。わたし学生の時、歴史専攻してたから。人文学とかね。だから、へぇ~って思ってまあまあ名前、苗字の由来とか調べてたことあるんよ」
「そうなんですか・・・その方とお話ができればいいんですけど・・・・・・」
「そんなに気になるんなら、うちの人に聞いてみるといいんちゃう?あそこの息子さん、旦那と年が近いはずやから同じ学校とかやろうし、お互いに顔なじみなはずやで、たぶん」
「わかりました。ありがとうございます!」
「はな、ゆっくり休んどきや」
叔母は満面の笑顔で、替えた包帯とハサミをもってリビングへと去っていった。あなたはスマホで検索したり調べものをしながらこの日は過ごします。
再会
四日目の深夜
あなたは気が付くと、もうすっかり夜も更けた時間でした。
警察の人とも聴取が終わった後、なにもやることもなく調べものを続けているうちにまた眠ってしまったようです。
時刻は、2時5分。
叔父に聞きたいことが沢山あったのに、残念です。もうさすがに眠っているでしょう。
明日、聞きたいことを頭の中で整理し出しました。
《祠、鳥居、杜下さん、おばあちゃんの話、自分に起きた神隠し・・・・・・》
ビクッ!!・・・・・・
突然、例の『モノ』の視線を感じました。
全身が強張る。引いていたはずの頭痛が激しく痛みだす。いつもよりも存在を感じるのが強く、まるで真後ろや真横、真上のすぐそばの全方向から見られているみたいだった。
ズキズキと、鼓動するように痛む頭に共鳴し、心臓も痛いほど緊張しだす。ゆっくりと周囲を見渡そうとするがなかなか勇気が出ません。チラチラと少し眼球を動かすのが精いっぱいです。声を出そうとしますが、返事があってもなくても恐怖しか感じないと思いまったく声が出せません。あなたは何だかとても嫌な感じがしました。
《やだ!いやだ!おばあちゃん!助けておばあちゃん!!》
目を瞑りながら必死に助けを求めました。
フー・・・フー・・・フー・・・・・・
耳元で、誰かが鼻息を吹きかけられているように生ぬるい風が背後から感じる。両手をバタバタとふりまわしてみますが、なにも手に当たることはなく、間もなくして気配も消えていきます。
あなたは動機が止まらず、息が荒くなり、頭痛と眩暈でまた気を失いました。
談話
五日目
窓から差し込む外が明らむ黎明で、あなたは目が覚めました。夜中のできごとはまるで何も無かったかのように、室内と窓から見える外野の空気感は爽やかな朝を小鳥たちが合唱しながら演出してくれています。そんな雰囲気に呑まれてか、あなた自身も清々しく感じながら昨日の恐怖を和らげてくれています。
時間は5時24分。
《叔父さんは、流石にまだ寝ているよね》
あなたはこの、謎の『モノ』について、この2日間のできごとも叔父に相談しようかどうかをずっと悩んでいました。頭がおかしいとしか思われるだろうし、今までも誰にも言ったことはありませんでした。でも、そんなことも言ってられないような危機感もあり、早々に1階のリビングへと降りて行きました。すると
「・・・ああ、起きたかい、大丈夫?」
叔父はもう起きていて、リビングから庭を眺めていました。
「あ、おはようございます、お早いですね」
「いつも仕事の時間が早いからね。それに、少し考えごともあって・・・・・・」
「・・・あの、少しお話いいですか?」
「ああ、いいよ。何か飲むかい?」
そう言って、ミルクティーをいれてくれました。叔父はコーヒーを飲むようです。
「・・・僕も、話があるんや。君が言っていた、”神隠し”についてね」
「なにか知っているんですか?」
「・・・何年も前のことやったから・・・いや、なぜか忘れていたんやけど、上の子、娘がな、幼稚園ぐらいのころに今回の君が言っていたような、似たようなことがあったんだよ」
「え?!」
「なんでこんなこと忘れてたんやろなぁ・・・ちょっと自分でも怖くなってきてな。なおさら、なんか誰かに聞いて欲しいって思ってきて・・・あと、今回の件で、少しでもヒントというか・・・あ、なんも答えなんてないんやけどな、なんらかの”落としどころ”になればなあ・・・って」
「・・・・・・」
「ばあちゃんのお墓まで行かんねんけど、その手前で少し山の上の方に行った所で、今はもう遊泳禁止になってんねんけどな、当時はまだ上流なら泳げるところがあって、そこに子供ら連れて行った時やねんけど」
「はい」
「息子の、下の子はまだ小さかったから目ぇは一切離せれへんくてな。上の子は川っぺりでパシャパシャ水遊びやっちゅうてて、ふと気づいたら娘がおらんくなってたんよ。十メートルぐらい上流でなんか石探したりしてただけやったはずやったんや。見晴らしが悪いようなところでもなかったのにな」
「叔母さんは一緒じゃなかったんですか?」
「ああ、妻はそのとき自分の実家に、ばあちゃんの世話しに行ってての。慣れない父親が一人でこんなことするもんではないよなぁ」
「いなくなって、本当にびっくりしたでしょう」
「もう、そりゃ血の気が引いて死にそうやったわ。息子抱えて探しまくったけど全然おらへん。携帯の電波も当然、少し山奥やから入らんくて援助要請できひんし、息子抱えながらは山の険しい道とか水の中も探されへんしな。猛ダッシュで、交番まで行って息子預かってもらいつつ、一緒に探してもらう人を依頼しに行こうと。その方が早いって判断してん」
「・・・そして?」
「したら、山を下った山沿いの道中にな、娘が泣きながら道沿い歩いてるところを発見したんじゃ」
「よかったですね!」
「ああ、でもな、そこまでどうやっても子供の足で行けるような距離ちゃうねん・・・・・・」
「・・・同じですね」
「うん。そやねん。川で三十分ぐらいは叫びながら探してたけどな。そこからは”車で”三十分ぐらいはかかるところで見つけたけぇ」
「娘さんは、なにか見たりして覚えていたりしていなかったんですか?」
「ああ、聞いたよもちろん。どうした?!なにがあった?!てな」
「なんて言ってました?」
「その時は泣きじゃくってたから話にならんかったけどな、後日落ち着いたころに聞いたら『裸の人に連れられた』って」
「え?!事件じゃないですか」
「一応、変質者がいる、って通報はしたけどな。それ以外はなんて言えばいいか、分からんやろ」
「そうですね・・・昨日、警察から事情聞かれましたけど、じぶんもなんて言えばいいかわかりませんでした」
「せやろ。瞬間移動したぁ、なんてだれが信じるねんって感じやろ。だけん、君の話、疑う気持ちは全くないねん」
「あ、ありがとうございます」
「んでな、この辺に昔からおってそんなんに詳しい奴にだけは話をしたんよ。その話はな・・・・・・」
「あ、そのお友達って、もしかして森下(杜下)さん?」
「おお、そうや・・・え?!なんで知ってるん?」
「昨日、叔母さんにも聞いてみたんです。あ、あの倒れていた場所があそこだったんで、その流れでです。そしたら、杜下さんに聞いてみるといいって。あ・・・神隠しについては叔母さんにも、何も話してはいませんよ」
「ああ、そうか・・・そう、杜下に聞いた話と、あと、ばあちゃんから聞いた話があるねん」
「お願いします!ぜひ聞かせて下さい」
「うん。僕も、いままで誰にも言えんかったんよ。妻にさえね。だからかな、忘れるように、自分で認知バイアス曲げていたのもあるかもやな・・・・・・」
『おもどりさん』
杜下ん家は代々、ずっとあの山の麓で暮らしていて、山をずっと守っていたらしい。と言っても、神主や神職のような大それた立場ってわけでなく、あ、大昔はそうやったかもしれんけど、どっらちかと言えば山岳信仰の人って感じかな。
いまはまだ杜下の親父さんが管理しているらしく、本人もまだ僕と話してくれた時はそんなに詳しく聞かされてはいないらしいんやけんど、教えてくれたことを全部言うね。一応、他言はしないで欲しい。
こっちに来るとき、けっこう長いトンネルをくぐってきたやろ?その山脈のこちら側と、あちら側で『区切り』があるらしく、僕自身はあちら側の住人やったんや。
杜下もうちの妻もこちら側出身で・・・あ、君も、要するにこっち側の人の血ってことになる。
で、こっち側の人たちはみんな、あの山についてはとにかく「近づくな」とだけ言われていて、杜下ん家だけは、近づくな以外に「近づけさせるな」という守衛としての役割を伝統的に守るように言われているんだって。あいつのニュアンスとしては、山を守るというより『村人を何かから守っている』という風に聞こえるらしく、山には山神様がいてだれも見ることも許されていないんやって。
杜下ん家の庭から少し山の方へと昇ったところに鳥居があって、その先に小さな祠があり、お地蔵さんも点在していて不気味だって言ってたな。
で、娘が”神隠し”に合って相談してみたときに言っていたのは
要約するとこんな感じやったかなぁ。だから、娘のときも、神山が助けてくれたんじゃないかって。だから、君の場合もその可能性があったんじゃないかな?
杜下の話はこんな感じで、悪いイメージは全くない。こちら側の人たちは、山をみんなそういった印象やそうや。本当に守り神のような存在だったんやな。もしかしたら、混乱していた僕を安心させるために言ってくれたのかもしれんけどな。
ただ気になるのは・・・ばあちゃんの話・・・・・・
僕からみたお婆さん、君から見たら、ひい御婆さん、曾祖母にあたる人やね。僕が結婚して、妻がばあちゃんの世話をしていたから色んな話を"聞かされた”んよ。僕も色々と忙しくしていたからちゃんと聞いてあげれんかったんやけど、いま思えば聞いてあげとけばよかったなぁ。君の話を聞いて、娘の件を思い出して、ばあちゃんの話と線がつながった気もする。
そのばあちゃんの話だと『おもどりさん』っていうねんて。
あ、僕もうろ覚えやし、ばあちゃんもほぼボケてたから鵜呑みにはせんとってな。いま思えば・・・って話やから。
大昔から、とくに戦国時代なんかはここらのような『境』は戦場になりやすいんや。だから、どっちらかあっちだかの藩や家、国に占拠されたり、兵糧として作物なんかもどんどん奪われたり。とにかく大変な災難に見舞われることが多かったんやて。
で、自分やったらって考えてみて。戦で明らかに戦況が、自分側が負けるってわかったら、どうする?
・・・って、ばあちゃんにも当時、そう聞かれたような気がするな。
僕も、死にたくないし、逃げるよなって。覚えてないけど、いまでもそう思うから、当時もそう言ってたやろなぁ。
昔の人は、イメージだけやけどそんな卑怯というか、自分で自分の名誉を汚すような考え方はしないんやろうなとも思うけど、僕みたいな臆病者みたいな人が全くいないか、と言われればなんとなくそんなんもありえへんわな。
もしそんな人が一定数いたとして、敵に見つかりゃその場で殺されるやろうし、自分の国、里に戻ったとしても売国奴やら卑怯者扱いされて、地獄のような日々かもしらん。なんとかなったとしても、次の戦では確実に最前線やろ。
ってなったら、もうその場とかどこでも隠れ潜めるようなとこでひっそりと暮らすようになるんちゃう。そう、だれにも見つからないような山や森のずっと奥に・・・・・・
そして、争いの飛び火、まさに読んで字のごとく火攻めにより村ごと焼野原になったり、年貢などで兵士や武士だけでなく当然のように村々の中でも生き抜くこと事態が難しゅうて『姨捨』や口減らしとして『忌み子』や『蛭子』なんかも日常だった。
ここからは僕の推測や考察になるんやけど、『蛭子』という『恵比寿様』の話は知ってる?イザナギとイザナミとの第一子やったけど、その子が三歳になっても立って歩くことも出来ずに海に舟に乗せて流すが、立派な恵比寿天となって帰ってきたという話ね。
大昔の伝説、神話のような時代からこんな設定があるように、最近に至っても大変シビアで現実的なことは頻繁にあったようだ。『座敷牢』で検索してみるといい。
そんな、逃げた武士、口減らされた人たちや追いやられた人々が山や森の奥深くに潜み、静かに暮らしているかもしれない。
そうして、行き場を失った人たちが、自分以外の全ての人から逃げ隠れながら暮らしているうちに”戻っちゃう”んだって。
人じゃない、別の・・・『モノ』に。
だれとも会話することもなく、その日の食うことだけを毎日考えながら暮らしていると、言葉も忘れていくって。当然、理性や人間性もどんどん失っていくんだって。
ばあちゃんは、最後に言っていた。そうやって、私たちは『おもどりさん』と付き合いながらなんとか”協力し合って”生きてきたと。お互いに、守り合って成り立っていたんだと。
「生け贄」って言い方を最近の人は言うけどそれは違う。血が濃くなりすぎないように、”選ばれた子”のことも選定された時点で『おもどりさん』って呼んでたって・・・・・・
喪失
五日目
「・・・なんだか、すごく怖い話ですね」
「僕のその後の解釈も多少はいっているから、どこまでがどうかなんてわからんけどね。とにかく、禁句な感じがして誰にも言えないなという気持ちで、強制的に僕の中で忘れるようにしてたんやな・・・きっと」
「今でも居るんでしょうか・・・・・・」
「・・・いや、流石にそれはないやろう」
叔父は焦りながら、冗談のように笑いながら返事をする。
「まぁ、なんの答えにもならんかったねやっぱり。ごめんね。話せば、それなりの答えが出るかとも思ってね」
「いえ、こちらこそ、教えてくれて、ありがとうございます」
「・・・ほな、車、とりにいこか」
そう言って、あなたは叔父の車の助手席に乗って自分の車を取りに行きました。
「ほら、やっぱりありますよ!」
そういって、あなたは少しだけテンションが上がりました。
「ほんまやね・・・・・・」
叔父はあなたの車のそばで停車する。
ピピッ・・・・・・
車のキーでロック解除を音を示し、ドアを開けて見せました。
「まちがいないなぁ。ほな、思い出すかもしれんから、当時のこと覚えている範囲で同じ行動をしてみたら?」
「はい、そうですね・・・おばあちゃんのお墓参りをしたあと、これを拾って・・・・・・」
そう言って一つ、ポケットに入っていた松毬を取り出し叔父へ渡した。
「松ぼっくりかぁ。・・・ん?変だな、この辺に松ぼっくりが生る木なんてないで」
「そうなんですよ。だから不思議だなって思って。そして、ほら、あそこにも・・・・・・」
二つ目の松毬が、前回と同じように坂の上部で引っ掛かって止まっている。あなたはそれを取りに向かった。
「不思議だねぇ。こんなところに・・・なにか小動物かなんかがどっかから持ってきたんやろか」
「その後の記憶は、まだなにも思い出せません・・・・・・」
「もう少し、登ってみようか。当時も上へと行こうとしたんやんな?」
「はいそうです。行ってみましょう」
それぞれ”一つづつ”松毬を握りしめて坂を上っていく。
あなたは周辺の景色を眺めながら、必死に思い出そうとしますが何も思い出せませんでした。地面は舗装された道から、気が付くとけもの道へと変わり少しづつ不安になってきます。
「・・・叔父さん、そろそろ引き返しましょう」
不安を抑えきれずに帰りたくなりました。
「どう?なにか思い出せそう?」
「いえ、全然・・・・・・」
返事の途中で叔父の向こう側で人影が見えたと思った瞬間、叔父がバタリと倒れこみました。
ゾゾゾッ・・・・・・
っと猛烈な寒気と恐怖があなたを襲ったあとにすぐ、右腕にチクりとした痛みと共にあなたも気を失いました。
消失
あなたは気がつくと、また、どこかは分からない道路沿いで寝かされていました。周囲を見渡すが、叔父の姿はありません。
叔父を探しながら道路に沿って進みます。すると、一軒の古い民家が見えてきました。
【森下】
家の看板に書かれた名前をみて、あなたは駆け込むようにインターホンを押します。
≪・・・はい≫
「すいません!杜下さんはいらっしゃいますか?!叔父さんが!叔父さんが!・・・・・・」
ただ事ではないという雰囲気が伝わったのか、玄関から叔父と同じ年ぐらいの人が出てきてくれました。
あなたは一部始終を見ず知らずの人へ、”杜下さん”だと思われる人に説明しました。
「・・・そうか。とりあえず、君はここで隠れていなさい。君は『ここの者』だね。だから”助かった”んだ・・・警察と、奥さんにも私から連絡を入れておくよ。君には説明は難しいだろうし。念のため、今夜は外には出ないでくれ」
そう言われ、後に温かいお茶のようなものを出されました。お世辞にも美味しいと言えない飲み物でした。
警察の人がきて、杜下さんらしき人と長く話をしていると、叔母もかけつけました。叔母は泣き崩れるように杜下さんにすがりつく。なにがなんだか分からないあなたですが、罪悪感と申し訳なさで叔母の顔を直視できませんでした。
《自分のせいで、叔父さんは・・・・・・》
その後、あなたは半強制的に帰されました。警察の聴取もなく、叔母に会って話す間も与えられることもなく。
杜下に言われたのは
「君の叔父さんは村の者みんな総出できっと探し出す。君は、もうこのことを忘れるんだ」
と言われました。
なぜ、杜下も叔母も、まるでもう既に死んでいるというような反応と対応だったのだろう。あなたは不思議でしかたありません。
それからずっと、あなたは忘れることなんて出来ませんでした。
数か月後。
あなたは荷物をまとめています。引っ越しの準備です。田舎へ引っ越し、絶対に叔父を見つけ出す決意を込めて。
あなたのやるべきこととは、叔父を探し出すことです。
しかし、それから『モノ』の気配が広がったような・・・増えたような視線をずっと感じます。そして、毎晩夜二時過ぎに決まって
「また・・・おいで・・・おいで・・・・・・」
という声を聴いたり、不気味な夢を見ない日はありませんでした・・・・・・
続く・・・・・・⇩
べつのお話⇩
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