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#015 『詩の教室』/松下育男 読書ノート〜「言葉以下の世界」の手触りを求めて

『詩の教室』松下育男
この「詩」についての本をどうして読むかというと,今,三島由紀夫の「詩を書く少年」という短編小説を読み考えていて,「詩」とは何かという自問に初めて相対しているからなんです.

「詩」…,奥深いものです.そして幅が広い.「詩」について考えることは言葉の根本について考えることになっちゃうからなんだと,段々気づいてきました.

この『詩の教室』は詩人である松下育男さんが詩を読むことや書くことについて平易に教えてくれる本です.松下さんは子供の頃から詩を書いていたけれど,普通の会社員として就職して43年間過ごした後,会社を辞めて,再び詩に戻っていった.そして詩の教室を始めた,という流れのようです.

本の内容としては,その教室で教えている内容を文字化したのでしょうか.詩を読むことや,書く時の気持ちや姿勢について,本人の実感を込めた立場から色々と書いてくださっている.エッセイのような本でもあります.

僕は詩を体系的に学ぶというより,この本をサラッと読んで,気になるところを立ち止まったり,自分の感覚と松下さんの感覚との違いみたいなのを味わいながら,「なるほど,なるほど」と読んだ,という印象です.

全くの「詩」の素人の僕ですが,何となく,松下さんの解説を読むことで,逆に自分の「詩」に対する好みや求めていることが,分かってきました.それは松下さんの感覚とはちょっと違うのだと分かりました.つまりは,微かな「詩」に対する自分の好みの手触りを知れたということです.「ああ,自分は,こういう感じなのね」という発見です.

モヤモヤしたことばかり書いてすみません.大したことじゃ無いのです.ただ「詩」の好みや,「詩」の価値について語ることって,まるで「好きな人」や何故その人が素敵なのか,について語ることと似てるなと思いました.すっごおおく,個人的な嗜好です.当たり前なんだけれど.そういうことがシンプルに分かってよかった.

本書で紹介されている詩で好きなのを少し引用します.
まず,谷川俊太郎さんの「言葉を覚えたせいで」という詩です.冒頭がこんな感じです.

 言葉を覚えたせいで,言葉では捕まえるの
が不可能なものをどうしたら良いかわから
ない。僕ら人間は言葉で出来ているのだから、
言葉以上の、あるいは言葉以下の世界を言葉
で知ろうとするのは無理だろう、と誰もが言
うけれども、好きな音楽を聴いていると、音
楽には言葉の能力を超えた何かがあると思う。

「言葉を覚えたせいで」谷川俊太郎 より一部抜粋引用

こんなふうに始まる詩です.
松下さんも「解説する必要がない詩」とおっしゃってますが,全体を読んだ後もまさにそんな感じがしました.「言葉ってそうだよな〜」って思う.必要十分な感じで言葉にしている,そんな詩です.

僕は詩の中にある「言葉以下の世界」とか「意識下の混沌」という表現で捉えようとしていることに,興味があります.名付ける前のもの.意味づけられる前のもの.

多分,僕の好みもそこにあって,「詩」に期待するのは感情ではなくて,「言葉以下の世界」の手触りを感じたい,のだなと思ったわけです.

もう一つ好きな詩を見つけました.寺山修司さんの「海の消えた日」という詩です.冒頭と最後の連だけ引用します.こんな感じです.

海の消えた日

ある日、突然、世界中の海が消えてしまった。
そして、人々は誰もそのことを口にしなくなってしまった。
一体、海はどんなものだったか。
思い出そうとして書物をひらくと、どの書物の中からも
海という字が失くなってしまっているのだった。

(中略)

私は、たった一人のときだけ海を夢見
独占し、そのことを口に出す
というはかない現実を生きながら
ときどき大きな声で
呼びかけてみるのだった。

かもめ!

「海の消えた日」寺山修司 より一部抜粋引用

素敵な詩だなと思います.
谷川俊太郎さんの「言葉を覚えたせいで」と関連させて読むと,さらに味わい深い.
寺山修司さんのこの詩は,「海」という言葉が失われてしまった状況を書いています.「言葉を覚えたせいで」の逆です.その言葉が失われたしまったせいで,何が起きてしまうのかということです.

「海」という言葉が社会の中から失われている状況で,一人「海」を夢見る私とは,とても孤独であるものの,僕はその寂しさよりも,強力に内部に存在している「海」の生々しい存在感を感じます.

それは「海」という言葉を使って社会的に共有していた観念としての「海」より,もっと原初的で荒々しく無限に広がる「海」だ,という気がします.最後の「かもめ!」という叫びは,ある意味,「海!」と叫んでいるのと同義なんだと直感します.「かもめ!」は「海」という存在の外面なんだなと思うわけです.まるで「風姿花伝」の「海」バージョンですね.僕はこの詩に「美」を感じます.


さて,余談ですが,この「海の消えた日」の「海」を,試しに「文学」という言葉に置き換えて,一人でニヤニヤしました.僕なら最後に「漱石!」と叫ぶでしょう.

では,また!


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