古民家宿のあかりで照らす、伝統が息づく街の未来
都会の喧騒を離れた山里の古民家。懐かしさと温かさに包まれるこの場所は、1日1組限定・一棟貸しの宿「るうふ」だ。
その土地で住み継がれてきた日本の伝統的な木造家屋をリノベーションした宿は現在、山梨県内に8カ所、千葉県内に5カ所にある。特別な宿泊体験をしたい人たちによる予約は常にいっぱいだ。
SNS映えもするオシャレな古民家宿は、単に思い出深い時間を過ごせる施設というだけではない。さまざまな地方で深刻な状況にある「限界集落」の問題や、伝統ある木造建築文化の消滅危機に一石を投じる存在でもあるのだ。
“待ったなし”の地方の課題に、一体どんなアプローチがなされているだろうか。
SIIFの連載「インパクトエコノミーの扉」第6回では、“唯一無二”の宿泊体験の先にある、地域の課題と、そこに挑む2人の経営者に迫った。
「どこもかしこも同じ顔をした街」でいいのか?
古民家宿「るうふ」を企画・設計・施工し、運営も行うのは創業10年を迎えた株式会社LOOOF。
社長の保要佳江さんが「るうふの事業を通じて、狭い範囲でも良いから目の前の人々が幸せになっていくための術を考えたい」とよりミクロな視点で語れば、副社長の丸谷篤史さんは「現在20棟ある古民家宿を、2026年中には78棟まで増やすことを目指す」と大風呂敷を広げる。2人は公私を共にするパートナーだ。
2人は口を開けば正反対のことを話すようでありながら、「とにかく宿泊客に唯一無二な体験を届けなければならない」という強烈なこだわりで完全一致している。
「古民家宿るうふ」の限界集落など過疎に直面する地域にあり、一棟貸しの業態を取っている。
その地で100年以上続く酒蔵の日本酒を楽しむことができる宿、愛犬と一緒にワインが飲める宿、薬草サウナ付きの宿など、地域の特性を活かす設計が特徴だ。
さらに食事も、その土地ならではの食材や旬の味覚を囲炉裏焼きで楽しむというこだわりよう。それぞれの宿には専属スタッフが付いており、宿泊客への行き届いたおもてなしを提供する。
まさに「地域文化を伝え、繋ぐ」宿泊体験だ。
交通の便も決して良いとはいえない人口数百人レベルの土地での宿づくりにこだわるのは、ともに海外に目を向けていた学生時代に原体験がある。
後に「るうふ」の一号宿をつくることになる山梨県芦川町で育ち、幼い頃から外の世界に憧れ、海外での就職を考えていたという保要さん。大学時代、将来を見据えて有機農業を学びながらボランティア活動をしていた時に先輩からかけられた一言が大きなターニングポイントになった。
「海外、海外って言うけどさ、身近な問題を解決できない人が世界を変えることなんてできないよね」
スキルも経験もない自分が、いきなり海外に飛び出したところで本当に「違い」を生み出すことができるのかーー。自問自答し、自分にとって身近な問題とは何かを見つめ直す中で頭をよぎったのは、限界集落となっていた故郷の芦川町だった。
町は人口が10年で約350人から約250人に減っており、急速な人口減少が続いている。難しい問題を抱える故郷で、自分にできることから着実に取り組みたい。その思いが、「古民家宿るうふ」の出発点だ。
「木造日本家屋の大家さんや古民家宿のご近所に住む方々に、『るうふの宿があって良かったね』と言ってもらうために何ができるだろうかと常日頃考えています」と語る保要さん。大事にしていることは、創業当初から現在に至るまで変わっていない。
一方の丸谷さんはバックパッカーとして20カ国以上を旅する中で、その土地独特の「顔つき」や地域色を大事にしながら、幸せそうに暮らす人々に惹かれた。比べて日本はどうか。
「経済発展を最優先しようとすると、どこもかしこも同じ顔をした街になっていく。その証拠に、日本の地方は『東京の劣化版』で溢れています。多くの地域が、自分たちの手で自分たちの個性を消してしまっている。そうではなく、その地域独特の文化や風習を残していく。その土地独自の原風景を取り戻していくことが今の日本には必要だと考えています」(丸谷さん)
「古民家宿るうふ」はこんな保要さん、丸谷さん2人の思いが交差した末に始まった事業だ。
経済合理的な「暖簾分け」で拡大、お金の流れを変える挑戦
それぞれの胸に高い志を持って始まった「古民家宿るうふ」の事業だが、顧客に喜んでもらうことと、社会全体が抱える課題解決へのアプローチを同時に志すのは簡単ではない。
助成金などに依存するのでなく「自分たちの力だけで継続できるビジネスモデルを確立することが、本気でその土地に向き合う上で不可欠」(丸谷さん)と考える「るうふ」では、「暖簾分け独立モデル」と称する独自のスタイルで事業を広げているのだという。
それは、古い木造日本家屋を古民家宿として再生し、運用していくための初期費用を投資するオーナーを募り(暖簾分け)、LOOOFが建設から運用までを一手に担うというスキームだ。
オーナーは、宿の営業を通じた利回りを得るが、これまでの実績では、平均4.5年ほどで初期投資を回収することが可能で、通常の不動産投資よりも利回りが良いケースも少なくない。
オーナーにとっては経済メリットもあると同時に、地域経済への貢献や文化の保存・継承というLOOOFの挑戦を支援することができる優れた仕組みだ。
綺麗なビジョンを描くだけでなく、「社会の仕組みごと変える」ことで、お金の流れも変える。
「事業を通じて仕組みを変え、社会に本質的なインパクトを与えなければ限界集落で挑戦する意味はない」と丸谷さんは強調する。
2026年に向けてアクセルを踏み込む、「今がまさに過渡期」
創業から10年。一定以上の成果を出してきたLOOOFはいま、一段ギアを上げてさらに成長スピードを加速させようと模索している。
日本の不動産市場では一般的に一定の年数が経過した家屋については、建物そのものの価値はゼロになる。価値として算定されるのは土地代のみ。となれば、管理も難しい木造日本家屋を取り壊すことを決めるケースも少なくないのだ。
「このままの状態で残せるなら残したい。でも…」
「手付かずの状態で木造家屋を残していても、どうしようもないから…」
そんな正直な現場の声に誰よりも多く向き合ってきた保要さんは「私たちがここで『NO』と言ったら、きっとこの家はなくなる…そんなギリギリの状況に何度も遭遇してきた」と明かす。
「今がまさに過渡期です。私たちの世代がこの先数年で何をするかで、木造日本家屋の文化や伝統を残していくことができるのかが決まってくる。LOOOFが何とかしないといけないという勝手な使命感を抱いています」(保要さん)
実際のところ、LOOOFに蓄積されている木造日本家屋の企画・設計・施工までをやり切るノウハウは日本随一。個人・団体を問わず、古民家活用の依頼が舞い込むケースが増加しているという。
丸谷さんは「ここまで古民家再生を軸にビジネスモデルを作り切るチームを醸成できているのは我々だけ」と自信を覗かせる。
さらに文化の保存・継承に踏み込むために…
目の前の人たちの困りごとから、社会課題に立ち向かう保要さん。対して、同じ目標に向かいながらも独自の視点をもつ丸谷さんは、さらなる壮大な秘策を計画している。
「現在20棟ある古民家宿を、2026年中には78棟まで増やすことを目指しています」
プランによれば、日本全国の6つの地域にそれぞれ5〜10棟ほどの一棟貸しの宿を作ることになる。鍵は、新築の木造日本家屋の建設だ。宿の多くを、これまでのような古い木造日本家屋の再生ではなく、新しく建設する形で行うという。
参考にしているのは、中国の上海から1時間くらいの場所にある、とある古い街並みが広がるエリア。
「古風な街並みが人気で今では一大観光地となっていますが、実は建物の半分以上は新築で建てられています。とある企業のトップが、その土地に昔あった風景を思い起こしながら街全体を設計し、職人の高い工芸力を活かして、伝統的な原風景を再現しているんです。これこそ、るうふが日本でやるべきことだと構想しています」(丸谷さん)
現在、日本全国の住居のうち木造日本家屋が占める割合は3.18%とごく少数だ。さらにこうした木造日本家屋を作る職人の数は過去30年で半減している。
職人の伝統の技を未来に残していくためには、「古い木造日本家屋を残していくだけでなく、木造日本家屋を新しく建てるという選択肢も増やしていく必要がある。そこにチャレンジしていきたいです」(丸谷さん)。
保要さんと丸谷さんの思いが交差して生まれた古民家宿「るうふ」は、さまざまな地域の原風景を守るだけでなく、失われた風景すら取り戻し、さらには木造日本家屋を作る職人たちの技術を未来へ繋いでいくーー。
忘れ去られようとしている限界集落から、東京への一極集中が続き、効率性ばかりを求めてきた日本経済への反撃の狼煙が次々に上がっている。
SIIFの編集後記 (インパクト・カタリスト 古市奏文)
〜るうふ が開く、インパクトエコノミーの扉とは?〜
るうふを取材して印象的だったのは、経営陣のお二人がプライベートではご夫婦でありつつも、【それぞれ代表権を持つ】代表取締役と取締役副社長として役員を務めていることです。
今回は社会的企業において、最近みられることが増えている「共同代表制」(※1)について触れたいと思います。
社会的企業の世界では、従来の経営モデルに変わる様々な変化が起きていますが、経営権に関わるところの設計は、いうまでもなく非常に重要なトピックです。そのような前提の中で、最近私の周りでは「共同代表制」を表明する企業が複数増えてきた印象を持っています。(※2)
社会的企業は、利益の追求だけでなく、社会課題の解決を目指しています。このような多元的な目標に向かって動く企業には、多様な視点とスキルを持つリーダーによる統合的なアプローチが必要です。共同代表制は、このニーズに対して具体的に応える一つの形と言えるのではと考えています。
では、社会的企業における「共同代表制」には、どのようなポイントや目的があるのでしょうか?
一つには、リーダーシップに多様性やスピードを持ち込み、意思決定の質を向上させることがあると考えられます。
共同代表制の最大の特徴は、異なるバックグラウンドを持つ複数の個人がトップリーダーシップを分担することです。これにより、組織はより広範な視野を持ち、多様なステークホルダーとのやり取りを効率化できます。
例えば社会的な企業の場合、事業開発と同時に世の中に対するPRやマーケティングが重要になることなども多いですが、ある代表が自身での強みであるビジネス開発側面をより担当し、別の共同代表が経験豊富なコミュニケーションやロビーイング担当することで、組織としてスピードやパフォーマンスを最適化することができます。
また共同代表制は、意思決定の質を高めます。複数のリーダーが議論を深めることで、単一の視点では見過ごされがちなリスクや機会を捉えることが可能になります。これは、社会的企業が直面する複雑な課題に対処する上で欠かせない要素です。
今回のるうふにおいても、代表の保要さんが深い顧客の体験開発に注力する一方で、副社長である丸谷さんがスピーディーでスケーラビリティのある戦略づくりを行うなど、それぞれのポテンシャルを活かして事業を推進している様子が取材の中で幾度も垣間見えました。
インパクト投資や企業の領域においても、まだまだ業界全体としての経験値や知見が積み上がっていない状況であり、全てを完璧にこなすことができる人材の登場を待つことは経営的に非現実的です。それぞれの人材が持つ強みを重ね合わせて効果的なマネジメントができるかが常に重要になるでしょう。
もう一つには経営におけるサステナビリティの観点があげられます。
社会的企業にとって、ステークホルダーとの信頼関係は極めて重要ですが、共同代表制は、組織の透明性を高め、外部からの信頼を築きやすくします。共同代表が各々の分野で責任を持つことで、ステークホルダーは組織の活動をより明確に理解し、サポートしやすくなります。
同時に共同代表制は、リスクの分散にも寄与します。一人のリーダーに依存することなく、複数のリーダーが組織の方向性を決定するため、個々の判断ミスが組織全体に与える影響を軽減できます。これにより、社会的企業の持続可能性が強化されます。
中長期的に社会に変革をもたらすことを考える社会的企業の場合、インパクトの実現までに求められる時間も長いわけですが、共同代表制をうまく活かしつつ企業のステージに合わせて適した人材を代表者にしたり、中長期的に後継者を育てて経営を次世代にスライドさせていくなども、今後さらに可能になっていくと考えられます。(※3)
(※1)一般的に「共同代表制」とは、会社の経営において代表権を持つ人物を複数置くことを意味します。が、今回は必ずしも「代表権」のみに囚われず、もう少し幅広く、実態含めて複数人が共同で経営にあたる経営モデルを「共同代表制」と広義に捉えています。また「共同代表制」自体は、社会的企業に限らず一般的な企業においても活用されているものですが、今回はそれを社会的企業に当てはめたとき特有のトレンドに焦点を当てています。
(※2)例えば少し記憶を辿っただけでも事業会社でリタワークス株式会社、GOODGOOD株式会社、株式会社はたらくリエイト、フィランソロピー・アドバイザーズ株式会社、などが共同代表制を取っている会社としてあげられます。
(※3)裏返すと、会社経営者も含めて個々人の生き方やライフステージが多様化する中で、一つの会社の中で様々な経営人材がシフトしていくことが増え、同じ経営者が常に事業を継続的に邁進しつづけるということが常識ではなくなってきていることを意味している用に感じます。
◆連載「インパクトエコノミーの扉」はこちらから。
【撮影:杉山暦/デザイン:赤井田紗希/取材・編集:湯気】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?