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「わかりやすい言葉」に抗いたい。社会課題と向き合う人たちのために、伝える側も試行錯誤が必要だ。

〜連載「インパクトエコノミーの扉」の舞台裏を語り尽くす〜

徐々に認知が広がってきたインパクトスタートアップ、インパクト投資という言葉。

経済的価値のみならず社会課題の解決を同時に志向する金融・ビジネスのあり方を指すが、日々の買い物の担い手である消費者にとってまだまだ身近な存在とは言えない。

何とか距離を縮められないだろうかーー

そんな課題意識のもと始まった企画が、「インパクトエコノミーの扉」だ。これまでに7社の取り組みを取り上げた。

「SIIFがこれまでやってきたことは、いわば『インパクト村』の領域には確かに届いているという手応えがある一方で、それ以外にはあまりリーチできていない感覚がありました」

と語るのは、SIIFのインパクト・カタリスト古市奏文。『インパクト村』の価値観を、どう外に広げていくか? 記事やInstagram発信の企画・制作を担当した株式会社湯気の南麻理江、千葉雄登は、さまざまな起業家たちの話を聞く中で、「どうやったらもっと伝わるか?」と頭を悩ませてきた。

7社との出会い、そこからの学び、意味のある記事を届けたいと試行錯誤したプロセスを、3人が振り返る。

(左から)株式会社湯気の千葉雄登、南麻理江、SIIFインパクトカタリストの古市奏文

「起業家ストーリーの紋切り型のテンプレ」じゃダメだった

南麻理江、以下「南」:この企画の一番大きなねらいは、「消費者」に向けて発信したい、ということでした。今まで、SIIFでは「インパクト志向金融宣言」の事務局や、インパクトスタートアップ協会への支援など、金融機関や起業家へのアプローチは多々されてきたわけですが、世の中全体でもっと「社会のためにより良い消費がしたい」という機運が醸成される必要がある。

くらしの中で、インパクト消費をより身近なものだと思ってもらえる工夫が必要でした。

千葉雄登、以下「千葉」:よくビジネス誌で見かけるような、起業家ストーリーのテンプレだと、インパクト企業の方たちがやろうとしていることの本質が伝わらないだろう、という思いもありましたね。

南:そうなんです。最初のユートピアアグリカルチャーの記事では、こんなに美味しいチーズケーキが実はCO2を相殺!? という点がユニークなわけなんですが、いきなりそこを語っても分かりづらい。

チーズケーキの美味しさを語ったところで、「コンビニスイーツのチーズケーキも十分美味しい」という方もいるし、放牧という形態がすごいと言っても、何がすごいの? と。

千葉:読者へのとっかかりとして、環境の話から入るといいのか、商品の説明から入るのがいいのか、記事の導入は毎回もっとも頭を使ったところでしたね。「MISOVATION」の斉藤悠斗さんのように、おじいさんの介護の話から入ったこともありました。

さっき「起業家ストーリーの紋切り型のテンプレ」って言いましたけど、僕自身、執筆者として「いかにテンプレに当てはめるか」というマインドで今までやってきたふしがあります。でも、今回の連載で、その考え方じゃダメなんだと気付かされました。

わかりやすい言葉に「まとめがち」な今

古市奏文、以下「古市」:おっしゃる通りで、そういう予定調和では表現できない事例をどんどん紹介したい、という意図があったかもしれません。

例えば、3本目の記事でご紹介したジョサンシーズの渡邊愛子さんは、「子育て支援」「産後うつ対策」といった大きな社会課題に対して、「助産師のポテンシャルを生かす」という見立てをしているところに独自性があります。これは見過ごされてきたマーケットであると同時にインパクトでもあると思います。渡邉さんのキャリアがあればこそ見いだせたことでもあります。

そういう独自性がたくさんあることで、社会課題を見る時の単位がより細かくなっていきますよね。今、やっぱり「まとめがち」だと思うんですよ。地域活性化とか、ヘルスケアとか、どんどんそういうわかりやすい言葉になってしまう。

南:ああ、まとめがち……! 文章で伝える人間としては、耳が痛いです。

行政や大資本は、どうしても最大公約数を弾き出して最大の効果を狙っていく部分があるのかなと思うんですが、ピンポイントだけれども大事な課題に入り込んでいくという点で、スタートアップの可能性を感じます。

資本主義の暴走に対して呆然としたり無力感を感じる瞬間もある中で、オルタナティブなやり方の積み上げで新しい世界線が描き得るんだ、という希望が見えますよね。

人間味があって個性的。多様で、新しい起業家像

千葉:「わかりやすさ」を狙わないからこそ、今回ご紹介した企業は、どこも従来の経済合理性で考えると王道ではないやり方を選んでいる印象がありました。

南:そう、本当に皆さんご苦労されているんですよね。KAPOK KNOTの取材では、代表の深井(喜翔)さんが、とても正直に現在進行形の悩みを話してくださって驚いたほどでした。嘘をつきたくない、という感じがすごく伝わってきました。

千葉:ON THE TRIPも、発注を受けて納品して終わり、の方が絶対に楽なのに、その道は選ばずにレベニューシェアモデルでクライアントと関わり続ける道を選ばれている。起業家の姿勢がサービスやビジネスモデルにしっかり現れていますよね。

それこそ代表の成瀬さんは日々、日本各地を移動しながら仕事をしています。取材の朝も滞在先の銭湯でお風呂に入ってからインタビューに臨まれたのが印象的でしたが、時には仕事のアイデアもサウナで考えるほどお風呂やサウナが好きとおっしゃっていて。

今では「Thermal Climb Studio Fuji」という温浴施設のリブランディングを手がけるなど成瀬さん自身の生き方が事業とリンクしているのが印象的です。

会社の利益最大化に人生のすべてを費やすのではない、色んな起業家像が見えてきたんです。

古市:皆さん人間味があって個性的、いい意味でこれまでの起業家像と違う感じがします。やっぱり、起業家ってときに無理をしなければいけない存在なので、ベンチャー起業家は会社がうまくいけばいくほど、私生活も犠牲にして健康を失う人も多かったり……

南:市場の力学がそんなふうに働いちゃうんですね。

古市:そうじゃない道もあるんだよ、と、インパクト企業が提示しているんじゃないかと思います。

外側から解説する批評家やキュレーターが必要

南:古市さんには今回、湯気が執筆した記事の最後に「編集後記」という形で解説を書いていただきました。私たちが取材した企業が、インパクトの文脈でどう位置付けられるのか、どんな存在と呼び得るのか、理解が深まりました。

連載を振り返ってみて、いかがですか?

古市:昨年度、「“インパクト”を実現するためのアイデアスケッチ」という連載で発信をしましたが、今回はその発展系のような形でチャレンジできたのが良かったですね。

消費者に訴えかけていくためには、私は二つの方法があると思っています。一つは、インパクト企業が従来型の企業とどう違うのか、という差別化された部分に魅力を感じ、消費者に能動的に選んでもらうこと。もう一つは、社会全体の消費行動がシフトしていく中で自然と手にとっていた、という受動的なもの。

これは両方同時に意識しながら狙いにいかないとダメで、今回の連載ではそこを意識できたと思います。私の視点は常に実験材料を冷静に観察するような温度なので、そこに湯気さんの力で読者に寄り添う温度が加わったな、と。

私の役割はある種のキュレーションかもしれないですね。今回紹介した起業家の方々は、ご自身がサービスドミナントロジック(1)の担い手だとか、カルチャープレナー(2)だとか思ってるわけではないかもしれない。それは承知の上で、「インパクトの文脈から解釈すると……」と整理する作業をさせてもらっていると思います。

注1)企業が顧客に対してモノやサービスを一方的に提供し、対価を得るというこれまでの関係性を超えて、企業と顧客が一緒になって価値を創出し、共有することで相互に利益を得るという考え方。

注2)文化起業家。日本が歴史的に培ってきた工芸品や伝統技術における文化資本の価値に着目し、文化に根差した事業を展開している起業家のこと。

南:なるほど。キュレーターや批評家の存在ってすごく大事ですよね。だって皆さん、一生懸命自分を信じてビジネスをしていて、例えば「MISOVATION」は日本全国の味噌蔵を、「るうふ」は日本家屋の伝統を残していくという壮大なミッションまで背負っているのに……。

ビジネスの大河の中で自分がどういう存在か、という説明まで起業家自身に求めるのって酷というか、“too much”かもしれないですよね。アートやファッションと同じで、外側から言語化する役割が重要なんだなと。

新しい世界に、新しい言葉を

千葉:あと、僕は「記事で戦争用語を使うのをやめませんか」という皆さんとの議論が印象に残っています。タイトルに「起爆剤」という言葉を使った時のことです。

南:ありましたね。勝者、敗者という言葉や、戦略、一点突破……ビジネスで戦争由来の言葉を使うことって、意外とあるんですよね。

古市:これは、ただ「戦争用語を使うのをやめよう」というだけの話ではなく、資本主義の限界が見えてきている中で、新しい言葉を持ち込みたかった、ということなんです。勝ち負けみたいな言葉は、構造をわかりやすくし過ぎてしまうと思っていて。そうじゃないところに向かおう、という話なので。

南:この連載ではずっと、色んな「わかりやすさ」に抗ってきましたね。SIIF広報の山本(志帆)さんも、「そもそも今、ただの消費者っていないんじゃないでしょうか?」とおっしゃっていましたよね。消費者って簡単に言うけれど、その人は働き、子育ても家事もしていて、趣味もあって、勉強もしたがっている。

これまでマーケターがわかりやすい「消費者像」を作ってきたのと同じで、私や千葉さんも書き手としてある種の「読者像」を作ってショートカットしようとする手癖がついていたと思います。でも、なぜショートカットしたいか考えてみると、誰よりも早く自分がゴールテープを切りたいから。もうそういう世界じゃなくない? ということですもんね。

今回、取材で出会った皆さんが、今の市場原理に乗っかれば最短距離で「稼げる」のに、それはするまいと踏ん張って、難しい複層的な課題に取り組んでいる様子を見て、私たちも頑張らないと、と思いました。伝える側も試行錯誤が必要だと思います。

古市さんは今後、この連載の延長線上にどんな発信をしたいか、ビジョンはありますか?

古市:冒頭で、予定調和ではないものを、という話をしましたが、それは引き続きチャレンジしていきたいですね。多様な起業家像をどんどん見せていきたいですし、そもそも「会社」という括り方の紹介がもう時代にあっていないのかもしれないですよね。

社会がこちらに向かっていくんだ、という”うねり”を感じるムーブメントのような、「動的」なものをいろいろを取り上げて紹介する方法を考えてみたいな、と思っています。

◆連載「インパクトエコノミーの扉」はこちらから。

【撮影:杉山暦/デザイン:赤井田紗希/文:清藤千秋(湯気)】


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