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軽くて、暖かくて、リーズナブル。しかも「地球に優しい」ってどういうこと? 万能アウターを生んだ“魔法の素材“に迫る。

薄く、軽いのに、ダウンと同じように暖かい。しかも価格はリーズナブルーー。これまでの常識からすればありえない、魔法のようなアウターが存在する。

高機能かつリーズナブルなアウターの秘密は、その素材にある。使用しているのは「木に実るダウン」とも呼ばれるカポックだ。カカオに似たカポックの実の中には、コットンに比べると短いカポックの繊維がぎっしり詰まっている。

カポックの実と、中に詰まった繊維

インドネシアでは古くから寝具のマットレスなどに用いられてきたカポック。収穫時に木を伐採する必要がないため環境負荷が低い。従来の羽毛を使うダウンと違い、アニマルフリーな素材であることも注目を集めるポイントだ。

良いこと尽くめに思えるカポックだが、これまでは加工の難しさから十分に活用されてこなかった。そんな中、独自の技術でカポックを加工し、万能なファッションアイテムに仕立てているのが「KAPOK KNOT」(カポックノット)というブランドだ。

サステナビリティへの関心・コミットメントの高さで知られる俳優の二階堂ふみさんと製品を共同制作したことでも大きな話題を呼んだ。

SIIFの連載「インパクトエコノミーの扉」第2回では、高機能アウターの秘密、その扉を“ノック”する。

「KAPOK KNOT」製品を販売する渋谷「MIYASHITA PARK」の直営店

連載「インパクトエコノミーの扉」について】
社会課題の解決と、経済的な利益の追求を同時に志す人々がつくる新しい経済圏(=インパクトエコノミー)の啓発や事例づくりに取り組むSIIF(社会変革推進財団)による連載企画。効率・経済性の追求から離れ、社会をより良くする手段の一つとしての消費・生産のあり方を考えます。
日々の買い物を通じて、少しだけ社会を良くできるとしたら、あなたはどんな未来を選びますか?

偶然出会った「カポック」は、「地球に優しく、価格でも勝負できる」

カポックとの出会いは偶然だった。

KAPOK KNOTを展開する「KAPOK JAPAN」代表の深井喜翔さんは、繊維に関する資格を取得するための勉強をしていたある日、参考書の中でカポックに目を止めた。

創業前、大手繊維メーカーに勤務し、繊維に関する資格を取得しようとしていた時のことだ。非常に扱いにくくマイナーなため、試験勉強の中では、覚える必要のない素材の一つとされていたカポックに、深井さんは「めちゃくちゃ面白いと直感した」。

「KAPOK JAPAN」代表の深井喜翔さん

大学時代は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)でソーシャルビジネスを学んだ深井さん。SFCから巣立ったマザーハウスやフローレンスなど社会起業家の後ろ姿に憧れ、同じソーシャルビジネスの世界で成功を収めることを目指すようになった。

そんな大学時代を送っていたからこそ、カポックという素材が持つ可能性に惹かれたのだ。

ダウンコートは生きた水鳥から手で羽毛をむしる「ライブハンドプラッキング」という手法で作られることもあり、近年では動物愛護の観点から問題視されている。しかし、木に実るカポックはアニマルフリーだ。さらに木を伐採せずに収穫可能であることからサステイナブルで、地球環境にも優しい。

さらに原材料の価格はダウンの20分の1程度。当時、アパレル業界でごく一部の高級ブランドのみが活用していた「ダウンをシート状にする技術」をカポックに転用できれば、シートの価格をダウンの4分の1にできる。

“地球に優しく、価格でも勝負できる”ーーー。

深井さんはカポックに賭けてみることに決めた。

掴んだ藁の先、飛び込んだ異国の地で

ふとしたきっかけで、カポックの可能性に気付いた深井さん。しかし、アパレルブランドを立ち上げようとすると、すぐさま壁にぶつかった。

素材として使いたいと思っても、当時、カポックは日本国内ではそもそも流通すらしていなかった。リサーチを重ねても、どこに連絡を取ればカポックを仕入れることができるのかも分からない。

それでも直感を信じ、藁にもすがる思いで頼ったのは、大阪にあるインドネシア共和国総領事館だ。総領事館から複数のカポック農園の連絡先を手に入れると、手当たり次第にアタックを開始。返事が唯一返ってきた農園へ友人と一緒に直接足を運んだのは2019年7月のことだった。

現地の農園スタッフが運転する車に揺られること数時間、「本当に辿り着くのか?」と半信半疑の深井さんを乗せた車は、山奥にあるカポック農園に辿り着いた。

現地農園のカポックの実

車を降りると、そこには一面のカポック農園が広がっていた。

インドネシア国内におけるカポックの需要が年々低下する中で、農園側もカポックを新しい形で活用するビジネスを必要としていた。カポック農園にとっても深井さんの挑戦は、まさに渡りに船だった。

しかし、農園で素材を無事調達できた後も深井さんの試練は続く。

コットンに比べて8分の1の軽さのカポックは非常に舞いやすい。また、毛足が短く油分も多いため、通常のコットンなどと比べて糸状に加工するのがとても難しい。こうした課題だらけのカポックを、どのような素材と、どのようなバランスで配合すれば使えるものにできるのか。開発はまさに手探りの状態から始まった。

独自の開発の末に誕生した「エシカルダウンカポック」

試行錯誤の末にようやく開発されたのが、「エシカルダウンカポック」のシートだ。カポックの繊維をポリエステルなど他の素材と独自の配合で混ぜ合わせた上でシート状に加工し、衣服の中綿として利用することに。「ダウンよりも薄く、軽く、暖かい」という抜群の機能性を実現した。

「エシカルダウンカポック」はその機能性の高さが評価され、自社製品への使用だけにとどまらず、デサントはじめ他のブランドのOEM商品にも活用されている。

「自分は恵まれた環境に生まれた。だからこそ…」

社会起業の道をゆく先輩たちへの憧れだけでは、到底乗り越えることのできない試練を次々に乗り越えてきた深井さん。

決して諦めない姿勢には、彼自身の生い立ちが深く関わっている。

実は、深井さんの実家は老舗アパレルメーカーの双葉商事を経営している。親戚の多くもアパレルや繊維関係の事業を営んでおり、まさに「アパレルの申し子」ともいうべき存在だ。

家族や親戚で集まれば、「いつも仕事の話ばかり飛び交っていた」。このような生い立ちだからこそ、「それなりに品質が良いものを大量に生産し、安い値段で販売する」というアパレル業界の構造やビジネスモデルの「隙のなさ」については誰よりも深く理解している自負がある。

カポックは、そんな産業構造に風穴を開けたいと願う深井さんが模索した末に見出した“とっておきの秘策”だったのだ。

「自分は本当に恵まれているという自覚があります。だからこそ、絶対にこのKAPOK KNOTの事業を通じて、社会のために何かをしなければいけない。ちょっとした成功じゃなくて、世界を変える変化を起こさなければならない

「ブランドとしてはこの上ないスタート」でも…

KAPOK KNOTの製品(左からエアーライトジャケット、キルティングジャケット、ワークジャケット)

2019年にリリースしたKAPOK KNOTの自社製品第1弾は、カポックの機能性を活かした「薄く、軽く、暖かい」アウターだ。当初、目標金額を50万円に設定してスタートしたクラウドファンディングは最終的に1700万円以上を集め、大成功を収めた。

クラウドファンディングの成功や地球環境や動物にも優しいサステイナブルかつエシカルな商品にはメディアからの注目も集まり、気付けば想像を超えた反響が集まり始めた。

コラボ商品を着用した二階堂ふみさん

2022年には俳優・二階堂ふみさんとコラボした商品を販売。アニマルフリーなアウターを探していた二階堂さんとの出会いから生まれた商品は人気を博し、即完売した。

アパレル産業は世界全体で12億トンの二酸化炭素(2015年時点)を排出しているとされており、UNCTAD(国連貿易開発会議)では、世界第2位の「汚染産業」とみなされている。実はアパレル産業が排出する二酸化炭素は、航空業界と海運業界の合計よりも多い。

そんな中、KAPOK KNOTが2021年7月から2022年6月にかけて、製品を製造する過程で削減した二酸化炭素の総量は1.41トン。翌年の2022年7月から2023年6月にかけては4.04トンにまで倍増した。

また、インドネシアの研究機関「Balittas」と連携し、農園の労働者へのアンケート調査を実施。保険制度や勤務時間、収入・仕事環境への納得度などを調べ、アニュアルレポートで報告している。

売り上げ増加には直結しないこうした取り組みを通じて、着実な社会的インパクトを生み出している。

創業からここまでの歩みは、まさに順風満帆。考えうる中で最高のシナリオを突き進んでいるようにも思える。深井さん自身も「ブランドとしてこの上ないスタートを切ることができた」と振り返る。

だが、取材中に深井さんは「実はいま、自分は大きな悩みの渦中にいる」と率直な現在地を明かしてくれた。

KAPOK KNOTが掲げるミッションは「世界中にサステナブルで機能的な素材を届ける」。あまりに大きい目標から逆算すると、創業3年目の現在地は決して満足のいくものではないという。

「サプライチェーン全体に関わる皆さんが持続的にビジネスをしていくためには、それなりに大きな売上高が必要になる。そうしたゴールから逆算すると、現在の売上や事業が生み出すインパクトはまだまだ十分ではありません」

「誰かのために」「地球のために」は限界がある

高機能かつサステイナブルでありながら、低価格というカポックが持つストーリーは間違いなくユーザーの心に訴えかけるものだ。だが、それだけを売りにしていては、ダウンなど多種多様なアウターが並ぶ中で、あえてKAPOK KNOTの製品を選んでもらうことは難しいことを痛感した。

「まずは機能性とデザインを重視し、ストーリーを抜きに買ってもらえるようなプロダクトを作る必要がある」というのが、創業当初からの深井さんなりの仮説だ。

「僕は性格が悪いので(笑)、僕自身が『誰かのために』という思いだけで何かを買うことがないんですよね。サステイナブルなものを買うという行為は、社会にとっても良いものであると頭で理解していても、やっぱり参加コストが高いなと思うんです」

純粋な利他的な気持ちから行動できること自体は素晴らしい。しかし、「綺麗事だけ」ではより多くの人の心を動かせないことは、自分自身が一番良く知っている。

「『社会に良いから買う』というユーザーの気持ちだけに頼っていてはダメで、誰かに何かを買ってもらうためには、利己的な動機が利他的な結果につながるような仕組みや製品づくりが必要だと思うんです」

「世の中を変える服作りがしたい」。KAPOK KNOTはどこへ向かうのか
ユーザーが本当に求めているのは、現在販売しているような商品なのか。今の事業の延長線上で、社会により大きなインパクトを生み出すことができるのかーー。

購入してくれるユーザーの声に耳を澄まし、自問自答した末に導き出した答えは「NO」だ。

「現在までに販売してきたKAPOK KNOTのアウターは累計3万5000着ほど。社会を構成する3%の人々の選択が変われば、社会が変わるという定説がありますが、それを思えば先はあまりにも長い。まずは原点へと立ち帰り、ユーザーのニーズにもっと寄り添ったものづくりをした上で、日本で300万人を超える人々に手に取ってもらえるような、新しいアウターの選択肢を作りたい」

現在、さらなる新素材の開発を進めているという。世に送り出したいのは、ただ単に高機能でおしゃれなアウターではない。ゴールは「世の中を変える服作り」だ。

でも、どうやって?正解は、まだない。答えはもしかすると、私たち消費者の中にあるのかもしれない。ただ確かなことは、深井さん自身がKAPOK KNOTの事業が持つパワーと可能性を、誰よりも信じているということだ。


SIIFの編集後記 (インパクト・カタリスト 古市奏文)

〜KAPOK KNOTが開く、インパクトエコノミーの扉とは?〜

KAPOK KNOTを読み解くキーポイントとして、今回は2つのポイントに触れたいと思います。

一つは「代替素材(Alternative Material)」という文脈です。資源枯渇や食糧難が問題視されている現代で、将来的なサステナビリティを実現するために、環境負荷の少なく、生産しやすい素材や食材を開発することは大きなテーマとなっています。インパクト投資においてもCO2を排出しない「脱プラ素材」や植物由来のタンパク質を用いた「代替肉」の開発などには、これまでにも世界中で巨額の投資が行われてきています。KAPOK KNOTにおけるカポックの活用は直接的にはダウン(羽毛)の代替素材の一つとしての提案であり、アニマルウェルフェアの観点にまずは焦点がいきますが、化繊綿などの他の代替素材に比べて、①植物由来かつ伐採を必要としないため、CO2を排出しないどころか吸収にまでつながる、②アフリカなどの原産地において、個人農家が作りやすく雇用創出につながる、などの他にないインパクトが期待できる、ユニークな特徴を持つ素材です。

KAPOK KNOTのビジネスに強い個性を感じることができるのは、単なる「代替」を超えた独自の部分があるからでしょう。

もう一つは「D2C」であるということ。D2Cとは「Direct to Consumer」の略で、主にメーカーが中間業者を挟まず顧客に対して直接的に商品を提供することを意味します。D2CはEC等の新しいビジネスモデルとして昨今かなり流行した言葉であるため、知っている方も多いかも知れませんが、社会的企業においては実はビジネス的なメリット以上に、トレーサビリティやフェアトレードの観点からことさら重要です。

D2Cであることで、企業は創出されるインパクトを直接コントロールすることができるようになり、ポジティブなインパクトの追求や、逆に生産者に対する不当な搾取や望ましくない環境負荷などの負の要素も避けることができます。KAPOK KNOTでは実際に自分たちのD2Cのあり方を「Farm to Fashion」(注1)というコンセプトで表現し、原材料のカポックを育てる農家、縫製工場、デザイナーなど、KAPOK KNOTの洋服づくりにどんな人が関わり、どのような流れで作られているのかを積極的に伝えていくことを自分たちの強みにしています。社会的企業においては、D2Cは単なるマーケティング手法ではなく、むしろ企業やビジネス自体のあり方を示す「パーパス」として本質的に重要なのです。

(注1)このようなコンセプト表現は、農業や飲食業でサステナビリティを示す際によく見られ、野菜を食卓に直接届けることを表す「Farm to Table」やチョコレート加工の全工程を直接コントロールすることを示す「Bean to Bar」などがあります。

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