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海のまちに暮らす vol.23|役に立つアッシー、何もない僕の生活

〈前回までのあらすじ〉
 初夏の古本市で滝みたいに本を浴びて、風のように帰ってきました。どうして人は古本市へいくのだろう。

 アシダカグモという、サイコホラー映画にでも出てきそうな恐ろしげな格好のクモが我が家にやってきたので、「アッシー」という名前をつけて飼うことにした。飼うといっても、別に餌を与えているわけではないです。一応同じ屋根の下で生活を共にしているし、しょっちゅう顔も合わせます。夜中にトイレなんかで会うとけっこうどきんとする。けれど数日経つと慣れてしまうのと、向こうも僕に驚いて逃げていくので(体長に関していえばこちらの方が数倍大きいし)、その点に関してはちょっと申し訳ないところがある。

 なんとなく興味本位でアッシーの生態について調べてみると、アッシーことアシダカグモに関してインターネットは意外にも豊富な情報をカバーしていた。説明によると「このクモは、家を徘徊してゴキブリなどの衛生害虫を食べて駆除してくれる」ということらしい。優れた捕食能力で、侵入した家に潜む害虫を根絶やしにして去っていくという、まさに仏様みたいな存在。「一家に一台!アシダカグモ!」と書いてある記事もあった。TVショッピングの家電販売じゃないんだから…

 その他どこを読んでも、いわゆる益虫で役に立つ、素晴らしき虫、などの賛辞が連ねられていて、なんというか見かけによらず大したクモなのだった。ここまで人間に支持される虫ケラというのもなかなかいない気がする。それにしても人間のゴキブリ嫌いのほうも大したものである。どうやらこの黒光りする悪魔らしき昆虫に潜在的な恐怖心を植え付けられているようなのだ。それを言うならアッシーだって、けっこうヤバい見た目をしている気がするのに。

 けれどもやっぱり、世の中にはこれほどまでにゴキブリを忌避するマジョリティがいるという事実と、それを退治(捕食)してくれる存在ならば多少容貌がおぞましくても一旦留保して、ありがたがっておこうじゃないかというムーブメントがある。だからアッシーはいわゆる〈エキゾチック生物〉のカースト内(そんなものがあるのかどうかは知らない)ではいささか特例的な扱いを受けている。そういう褒めそやし方ってなんだか人間らしいなと思う。僕からみるとそれは悪霊を悪霊で封じ込めるようなやり方にみえるのだけれど。

 でもアッシーは(慣れれば)比較的かわいらしい悪霊です。机の上で仕事をしていると、部屋の奥のカーテンをアッシーが駆け登っていくのがみえる。こちらに対して何の干渉もしてこないし、基本じっと何かを考えるように壁に張り付いている。「あ、いるな」と思うだけである。6月の長雨のせいで外はだいたい湿っているから、雨風のしのげる人様の家は都合がいいのかもしれない。たぶん餌にも困らないだろうし。一人で暮らすには持て余すくらいの家だから、クモ一匹増えるくらい、特に支障をきたすようなことはないと思う。がんばって生きてほしいし、餌がなくなったらまたどこか他の所へ自由に行けばいいのだ。

 僕もこのところはあちこちに出たり入ったり、西に東に行ったり来たりしているので、アッシーみたいな生活です。僕の場合、どこへ行っても特にありがたがられたりはしないのだけれど、それが気楽でいいんですね。


vol.24につづく



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