映画評 Cloud クラウド🇯🇵
『散歩する侵略者』『蛇の道』の黒沢清監督による、憎悪の連鎖から生まれた集団狂気に狙われる男の恐怖を描いたサスペンススリラー。
町工場で働きながら転売屋として日銭を稼ぐ吉井良介(菅田将暉)は、周囲で不審な出来事が相次ぐようになる。吉井が自覚のないままばらまいた憎悪の種はネット社会の闇を吸って急成長を遂げ、どす黒い集団狂気へとエスカレート。得体の知れない集団による“狩りゲーム”の標的となった吉井の日常は急激に破壊されていく。
筆者は本作が公開されてから1ヶ月弱経ってから鑑賞したのだが、まさしくベストタイミングだと思ってる。2024年10月頃から話題となったインターネットを介して見知らぬ人と知り合い犯罪に加担する闇バイトを連想させられるシーンがあり、鑑賞中恐怖に見舞われたからだ。
元々本作はインターネットを介して見知らぬ人たちがターゲットとなる人を殺害した事件から着想を得たと言う。本企画のプロットが出来上がったのは2018年3月。闇バイト事件から6年の月日が経ってもなお、同様な事件が繰り返される現状に、現代社会に密かに潜む暴力性と隣り合わせであることを描いている。
転売ヤーとして生計を立てている吉井は感情移入できる隙を与えない。転売ヤーとしての悪びれもしない無自覚な態度、人の下にはつきたくないけど上には立ちたいプライドの高さ、調子に乗りやすい器の小ささ、無自覚に相手を刺激する舐めた態度。いけ好かないとはこのことを言う。
『太陽がいっぱい』のリプリーを参考に練られた吉井のキャラは、欲しいものを手に入れ、望まない責任から逃れるために相手の善意と気持ちを踏み躙り遇らう。結果的に行動や発言から顰蹙を買い、相手のプライドを刺激し憎悪を肥大化させるとも知らずに。
吉井は感情移入の隙もない人物と記したが、厳密には観客の責任は取りたくない本音を具現化している。管理職になりたくない人が増えている現状、不祥事が起きた場合の責任の所在がハッキリしない不始末さ。それでも記号的な地位と金銭は大量に欲しい。転売ヤーへの憎悪は綺麗事だけではない。
そして吉井は孤独という訳ではなく、社会や人との繋がりはある。要は彼は社会に溶け込む普通の人。であるからこそ無自覚に出てしまう人となりに焦点が当たり、観客との共通点が見えてしまう。社会に蔓延る憎悪を無意識にも広げているかも知れない現実を突きつける。
吉井が無意識に取ってしまう無責任な行動・発言によって、憎悪が肥大化した無責任な人たちを産み呼び寄せてしまう。一見吉井に対して正当な憎悪があるかと思いきや実際は、責任逃れやブーメラン、道連れの論点ずらしなど無責任なものばかり。中にはこれぞインターネットという者もいる。
一つ例を挙げると、冒頭吉井が転売の対象とした町工場の親父。廃品回収に出せば良いものを吉井が財布から取り出した9万円に手を出した、いわば目の前の人参に食いついた馬だ。吉井に憎悪を剥き出しにする説得力はない。だがそんな彼に取っては論理的な説明などは綺麗事。
終盤、『蛇の道』を放物させる銃撃戦の舞台となった廃墟は、無責任な人たちによって作り上げられた世紀末。繰り広げられる銃撃戦は血で血を洗う行く末と見た。そして衝撃的だった吉井の彼女秋子(古川琴音)の運命。信頼できる人などこの世にはいないと言わんばかりに。
奥平大兼演じる佐野の掴みどころのない役所も素晴らしい。謎の組織にいたことを匂わせる過去、見事過ぎる銃捌き、吉井のアシスタントを情熱持って遂行しようとする真っ直ぐさが逆に恐怖を演出させる。
銃撃戦後、佐野の運転する車の中での吉井の表情は、逃げたくても逃げられず転売を一生するしかない、自分の人生を恐怖でコントロールされる皮肉に満ちている。そして、いつどんな理由で襲われるか分からない恐怖を演出した佐野の正体が雲隠れする後味の悪い終わり方が、本作を上手く締め括ることができた。
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